カキがつくるサステナブルな未来 世界最大のカキ礁再生プロジェクト
(※本記事は『reasons to be cheerful』に2025年7月7日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

世界で最も野心的とされるカキ礁再生プロジェクトが完成に近づくなか、数千万の小さな二枚貝が、アメリカ最大の汽水域であるチェサピーク湾の再生を支えている。
メリーランド州ケンブリッジ、チョプタンク川の河口。本来なら、静かで穏やかな朝を迎えていたはずだった。だが、桟橋ではフォークリフトが何台も行き交い、地面を擦るようにして高さ約1.5メートルの金属製ケージを運んでいる。5月上旬、朝のもやが晴れ始めるころだが、作業員たちはすでに夜明けから動き始めている。早朝にもかかわらず、全員が活気にあふれているのも無理はない。これらのケージは、新たな居場所へと旅立つカキでいっぱいなのだ。今日という日は、チェサピーク湾史上、最大規模のカキ礁再生活動の日なのである。

クレーンが、川に沈められた8つの水槽からケージを次々に引き上げていく。その中には、「スパット(spat)」と呼ばれる数百万匹の稚貝が入っており、過去1週間にわたり自分に適した貝殻を探して過ごしていた。全部で200個のケージが、1つずつコンベヤーの上に移されると、ガシャガシャという音を立てながら中身が一気に空けられる。ベルトコンベヤーを稚貝たちが流れていき、最終的に「J・ミラード・タウズ号」へと積み込まれる。この船はかつて氷砕船や航路標識船として使われていたが、今日はこの二枚貝たちを南へ70海里運び、マノキン川へと届ける役目を担う。そこから、湾の生態系を再生する大仕事が始まるのだ。
20世紀初頭、この地域の殻むき場には使用済みのカキ殻が山のように積まれていた。それぞれが1つのカキ礁が取り除かれたことを示しており、同時に水中環境が急速に劣化していた証でもある。メリーランド州域の湾内だけでも、当時は年間1,500万ブッシェル(約53万トン)のカキが水揚げされていた。さらに栄養塩による水質汚染と、20世紀中ごろに猛威をふるった2種の病害の影響も加わり、乱獲はカキの個体数と、それによって形成されていた自然の生息地を壊滅的なまでに減少させた。2011年には、湾内のカキ個体数はピーク時の1%未満にまで落ち込んでいたと推定されている。

今日、J・ミラード・タウズ号の甲板に積まれていくカキ殻の山は、100年前にカキバーの裏で廃棄された殻の山を思わせる。しかし、その目的は真逆だ。過去10年にわたって進められてきた1億ドル規模のプロジェクトは、米国海洋大気庁(NOAA)が主導し、今年ついに完了予定である。これは世界最大のカキ礁再生プロジェクトであり、世界的な模範――すなわち「ゴールドスタンダード」と評されている。そう語るのは、チェサピーク湾の在来カキ保護に取り組む非営利団体「Oyster Recovery Partnership」の沿岸再生プログラム・マネージャー、オリビア・カレッティ氏だ。
この日、カレッティ氏はすべてのカキが無事に旅を終えるよう見届けている。彼らの旅は3月、近隣のホーン・ポイント・カキ孵化場で産卵されたところから始まり、マノキン川の水中に構築されたカキ礁に定着することで完結する。
今回の再生活動の対象であるマノキン川は、チェサピーク湾に流入する10の支流のうちの一つであり、再生されるカキ礁の面積は450エーカー(約1.8平方キロメートル)にも及ぶ。これは他のどのプロジェクトをも上回る規模である。この日だけで、2,300万匹のスパットが川へと放流される予定であり、その重みで船は一時的に沈んだように感じられ、船長が座礁を疑うほどだった。チームにとっても過去最大の放流作業となり、祝福の一環としてドーナツが配られた。
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