科学と政策の更なる連携で 高水準のイノベーションへ

マルチ・ステークホルダーの参加を掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」は各国政府や学術界のみならず、企業や地域を開発目標スキームの中に含めており、これまでの科学と政策、ビジネスの関係をも変えることが期待される。

国際的な科学技術イノベーションはSDGsの達成にどのような役割を果たすのか。SDGsが「周知」から「具体的実施」へと移るなかで、日本には、グローバルな課題と地域特性を踏まえた特色ある開発目標の推進が求められている。

中村 道治(科学技術振興機構(JST)顧問)

 

 

SDGsの周知から
「社会変革」実現の段階へ

――国連「科学技術とイノベーションに関するフォーラム」(STIフォーラム)では、どの分野が重点的に位置づけられているでしょうか。

STIフォーラムは年に1回開催され、今年第3回が終わりました。後で詳しく触れますが、私は国連事務総長より、「10人委員会」のメンバーに2018年から2年間任命され、STIフォーラムに見解・指導・助言を行う業務に従事しています。私は、長く産業界で研究開発に携わってきましたが、SDGsの目指す「持続可能な開発を実現し、誰一人取り残さない」社会の実現は、日本人として強く共感を覚えます。また、人類が過去に経験したことのない壮大な試みに感動します。自然と人間が共生しつつ、全ての人にとって平等かつ包摂的(インクルーシブ)で豊かな未来社会を実現するよう構想されています。

これまでの延長では決して達成できず、思い切った科学技術イノベーションが必要とされるなかで、考えを突き詰めていくと人材育成と投資に行き着きます。本年はSDGsの一般論や周知から実行の段階へと移っていることが、国連でも強調されています。SDGsが狙うのは大いなる社会変革(ソーシャル・トランスフォーメーション)です。

現下、世界人口70数億人のうち11%、7億人超は極貧の状況にあり、まだ8億人強が衛生的な水にアクセスできず、下水処理ができない生活環境下にあります。初等教育を受けられない子どもも6億2000万人います。この3年で多少進展していますが、変革の速度は遅く、あと12年で目標達成まで行くのか、という切迫した状況にあるのが世界の認識です。特に気候変動は更に悪くなっており、また社会格差も明らかに広がりつつあります。進展を把握するためには客観的な統計データが不足していることも課題です。

他方でSDGsは、全ての人に与えられたチャンスであり贈り物だとも言えます。トップダウンでなく、企業・行政・学術界・NPO・市民が知恵を出し合って実行する枠組です。70数億人全ての人たちが、21世紀の前半に「自分はかく存在し貢献した」という子孫代々まで受け継がれる証になります。

――社会変革に果たす科学技術イノベーションの役割は何でしょうか。

イノベーションには必ず光の部分と影の部分が存在し、利益最大化と負のインパクトを極力抑えるというバランスが必要です。科学技術イノベーションをファシリテートするために、2015年、国連の経済社会機構(DESA)と貿易振興機関(UNCTAD)が幹事となり36機関が集まってタスクチーム(Inter-Agency Task Team , 以下IATT)が設置されました。このIATTに対して助言するために世界中から10人のメンバーが選ばれています。私は現在2期生として指名され、活動しています。

STIフォーラムは、現在、国連日本政府代表部大使・次席常駐代表の星野俊也氏とメキシコのサンドバル国連次席大使が共同議長を務めています。今年は、SDGsの実現に向けて科学技術イノベーションを推進するために、多くの関係者が位相を揃えて取り組み、進捗を把握するための「STI for SDGsロードマップ」を作成しツールとして活用することを議論しました。また「急速に進歩する技術」を使うことによって「一気に前進する(leap frog)」革新を推進しつつ、デジタル・ギャップや失業など、社会への影響を最小化するための議論が行われました。

「急速に進歩する技術」の中核はビッグデータと人工知能(AI)です。現状のままでは技術を使いこなせる人とそうでない人の間に「デジタル・ギャップ(ディバイド)」が増進し、ロボットが増えると失業するといった社会問題が生じると懸念されています。そこで新たに生まれる労働市場のニーズに移れるよう、人材育成を行い、先端教育を受けさせていかねばなりません。日本でも2020年から始まる新学習指導要領で小学校でのプログラミング教育導入が予定されています。

他方、既存技術(伝統技術)の活用も注目しています。何もかもがシリコンバレーのようになるのではなく、今我々が持っている技術をいかに上手くローカライズして地域創成に活かすか、あるいは伝統技術で長年蓄積した知恵を活用するか、という「伝統と革新の融合」の視点が重要です。その文脈では、決して世界が斉一的に発展することはあり得ませんし、各地域がこれまでの文化や歴史を尊重した上で発展していくことが望ましいのです。このように、技術については先端技術と伝統技術の両面で議論を進めています。

技術開発にまつわる幅広い国際的経験を基に、持続可能な社会の未来を語った。

――先進国と途上国といった区別も意味が薄れつつあります。

例えばケニアでは、スマートフォンで電子決済され現金を取り扱わない社会ができつつあります。画然とした電力グリッドを持たない地域では再生可能エネルギーをオフグリッドで導入することに抵抗感はありません。つまり、既存の成熟したシステムがない国には先端技術を一気に導入しやすいわけです。この意味では、日本が「開発途上国」とされる地域からも学ぶことが大きいのです。

――学術界の役割は何でしょうか。

第2次世界大戦のあと、科学技術をどのように進めるかという議論が興りました。基礎研究の蓄積が社会の繁栄に繋がるとするリニア・モデルは当時画期的で、フロンティアの開拓が社会の繁栄に繋がりました。しかし、21世紀の社会には以前にないほどの課題が頻発してきました。

ユネスコ(UNESCO)と国際学術連合会議(ICSU)の主催で、「世界科学会議」が1999年に、ハンガリーの首都ブダペストで開催されました。この会議で発表されたのが、「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」いわゆるブダペスト宣言です。知識を獲得するそれまでの科学だけではなく、平和のための科学、開発のための科学、そして社会のための科学でなければなりません。これらが従来の研究スタイルとは違う、学術界に求められる変革なのです。

SDGsの背景にあるのは、技術が社会を牽引するリニア・モデルに対して、望ましい社会像が技術の革新を牽引するバックキャストです。研究のあり方を決めるに際して外部から指示を受けるのはどうかという声もあります。しかし、それぞれの見識に基づいて、共通の目標に向かって努力することに後悔はないと思います。

地域色にローカライズし
独自の開発目標を掲げよ

SDGsの実現には、それぞれの地域が抱える重要課題に翻訳して進める「ローカリゼーション」が重要です。日本の場合、17の目標には明示的に現れていませんが、「少子高齢化」という社会課題が伏在しており、教育・働き方などに間接的な影響を及ぼすわけです。少子高齢化は、日本だけでなく、韓国・中国・イタリアなど共鳴する国も多いです。

今年の国連ハイレベル政治フォーラム(HLPF)は「持続可能でしなやかな社会にむけた変革(Transformation towards sustainable and resilient societies)」をテーマに、17のゴールのうち今年は6「水と衛生」7「エネルギー」11「都市」12「消費と生産」15「森林と土壌」17「パートナーシップ」の6つについて動向をフォローしました。多様な人種・ジェンダー・国籍から成る2200名以上参加者がおり、世界の大手グローバル企業や最先端のスタートアップも参加しました。

特に今年は都市や市町村など地域の参加が目立ちました。日本からは北九州市・北橋健治市長が登壇して、「2018年日本SDGsアワード」を受賞した事例を中心に活動内容を報告し参加者から高く評価されました。また、都市や地域の首長たちから「SDGsの実践の最終的な引き受け手は市町村であり、その声をもっと聞くべきだ」との発言もありました。

日本も、地域発の貢献を大いに打ち出すとよいと思います。内閣府が2018年に入りSDGs未来都市を認定していますが、我が国のSDGs推進の目標として「地方創生」を実行目標掲げるのは、特徴を出した非常によい取組だと思います。

各分野の優良事例をダイジェストした冊子「SDGsの達成に向けた産学官NGO等の取組事例」表紙(JSTウェブサイトにてPDFで公開)

2018年の国連ハイレベル政治フォーラム(HLPF)から「地方・地域政府フォーラム」の模様。(2018年7月16日撮影)
© UN Photo/Eskinder Debebe

Society 5.0との連動で
開発目標を特徴的に推進

――SDGsの推進に際し、日本は世界でどの位置にあるでしょうか。

現在、日本はSDG Indexランキングで15位に位置しており、資源循環・ジェンダー・海洋資源など、それなりに多様な課題を抱えています。先に申したとおり、SDGsは開発途上国のためではなく各国それぞれの立場で実現していく必要があります。

日本は世界的に見て企業の方が頑張っていると思います。今回のHLPFでも、日本からは日本経済団体連合会(経団連)の企業行動・CSR委員長を務める損保ジャパン日本興亜株式会社の二宮雅也氏が参加し、日本企業の取組事例を発表し好評でした。これらを支えるのは投資であり、特にESG投資を追い風にしてSDGsが推進されています。

――日本はどういう形で存在感を出していけばよいでしょうか。

SDGsの推進は日本が変わるチャンスだと考えています。我が国が前面に出しているSociety 5・0は、SDGsを日本的にローカライズしたコンセプトだと思います。最近世界でもSociety 5・0が目指す社会的価値に対する注目度が増しています。これは単に産業分野の革命にとどまらず、新しい社会変革を通じて、「自然の一員」として、天から与えられた役割を果たす、という哲学的含意を持っています。

SDGsは我が国が変革する絶好の機会です。その中でも問題なのは先に触れた少子高齢化への対応と、グリーン社会の実現です。都市はこの中で重要な位置を占めます。またデジタル革命への対応も課題です。国全体としてもAIへの対応を加速し、会議や検討の母体を作って対応していますが、スピード感と量が重要です。

最後に、SDGsを推進する担い手は誰なのか、というと、私が特に期待するのは、2030年から2050年に社会の中心を担う今の20代~30代の人材です。若い世代には国際ネットワークを通じSDGsを推進してやっていただきたいと思います。国連のユース・アンド・チルドレンといった取組のように、若い人が参画して担ってもらうのが、一番望ましいと感じます。そのために社会としてサポートしていくことが重要です。

中村 道治(なかむら・みちはる)
科学技術振興機構(JST)顧問

 

 

『環境会議2018年秋号』

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 地域特性でつくる日本型SDGs
特集2 自然資源の利活用で新事業を創出

(発売日:9月5日)

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