2018年4月号

環境会議

科学的知識の結合で経済的、社会的変革を

赤池 伸一(科学技術・学術政策研究所 科学技術予測センター長)

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個々の科学者の基礎研究は粒度が小さいが、イノベーションを起こし環境問題のような社会的命題へ対処するには、様々な知識を結合させて経済的、社会的変革を起こすことが求められる。環境問題への取り組みでは、多様な分野の科学者が体系的に研究を分担し、政策的にアプローチする「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」や、国際的に概念を標準化して行動につなげる「持続可能な開発目標(SDGs)」の試みが注目される。

 

 

懸念される日本の研究力低下

―日本は長年、世界トップレベルの科学研究力を誇ってきましたが、最近はその相対的地位の低下も指摘されます。

日本ではこれまで、多くのノーベル賞を受賞する研究がなされてきました。ノーベル賞は研究成果が出てから受賞までに、20~30年かかるのが普通です。ですから、現在、受賞対象になっている成果は1980年代~90年代ごろのものが中心です。

一方、論文の国際比較を見ると、日本の研究者による論文は、1990年代半ばには数で世界2位、クオリティの高さでも4位の地位にありました。しかし、2013~2015年には数で世界4位、クオリティでは9位となり、その相対的地位はかなり下がっています。

躍進が目立つのは中国で、1990年代にはランク外でしたが、2003年ごろには論文数4位に上がり、現在は世界2位の科学大国になっています。ドイツやイギリスなどは比較的、健闘しており、日本の落ち方が大きいため懸念されています。

日本の研究力低下に関しては、インプット側の問題も指摘されます。大学の博士課程に進む学生数は、2003年をピークに減少しています。そのような意味では、科学を担う人たちの潜在的な量が落ちているのではないかということも懸念材料になっています。

日本は特許出願数では現在も世界1位ですが、将来の特許や経済的パフォーマンス向上のためにも、長期的指標として、論文の数やクオリティは重要です。その意味では、日本の研究力は5年後、10年後に、より危なくなるという見方もあります。

国の財政が厳しくなり、特に運営費交付金といわれる大学の基盤的な経費が減少してきました。代わりに外部からの競争的資金は増えましたが、それらも厳しくなってきています。このような中で、特に若い研究者が安定して研究できる環境を作ることが難しくなっていると思います。

図1 結果例:「重要度」と「国際競争力」

知の結合で生み出されるイノベーション

―産業の側から見たサイエンスのあり方や、イノベーションについてはどのようにお考えですか。

イノベーションと言うと、日本では「技術革新」というイメージがあります。しかし、イノベーションは科学技術自体とは別で、知識の結合によって新たな経済的、社会的変革を起こすことを意味します。

日本には非常に高い科学技術のポテンシャルがあり、科学技術は今後もイノベーションの重要な源泉であり続けるでしょう。ただ、個々の科学者が担う基礎研究は、経済的・社会的なインパクトを持つには非常に粒度が小さいのが普通です。

科学研究はこれまでの知の体系にプラスして新しい知を生み出すものであり、大きく新しい知を生み出せれば良いのですが、それは優れた研究者でも容易にできることではありません。非常に絞り込んだところで新しいことを見つけるのが現実です。

しかし、イノベーションを起こす、あるいは環境問題のような社会的現象にアプローチする場合には、個々の科学的知識だけでは対応できず、それらを組み合わせてデザインすることも大切です。今後はますます、個々の知を結び付けて設計するという観点が重要になるでしょう。例えば、組織がしっかりコミットした産学連携が必要です。

この点で興味深い、環境問題への取り組みとしては、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が挙げられます。これは地球温暖化という社会的課題に対し、様々な分野の科学者が体系的に研究を分担し、政策的にアプローチする試みです。

―科学技術の予測においては今後、どのようなアプローチが主流になっていくでしょうか。

私たちの科学技術予測では、従来は個々の技術の実現時期を専門家へのアンケートで聞くことが中心でした。しかし、今、より重要になっているのは、研究者や政策担当者、自治体等の人々が一緒に議論し、共通認識を持って何かを動かすことです。

予測には大きく分けて、過去のものを延長していき予測する方法と、将来あるべき姿と方向をバックキャストしていく方法の2つがあります。

私たちの科学技術予測センターでは従来、前者の「過去」から見る方法を大事にしてきましたが、ここ10年ほどはバックキャストにもウェイトを置いています。

しかし、バックキャストすると、これから育っていくものが、予測から落ちてしまうことがあります。このため、科学技術の世界をベースとした予測も組み合わせてシナリオを描くことが重要です。

さらに、人工知能(AI)、情報科学も1つのキーポイントとなります。最近の情報科学のすごいところは、先見的なモデルがわからなくても、非常に大きな情報量を扱うことによって、その中から法則性、傾向を生み出せるところです。現在は人の専門性とICTの組み合わせをどのようにして最適にできるかを、試行錯誤しながら組み上げている状況です。

例えば、研究助成機関が研究開発グラントを設計する際、どのような分野が将来的に重要かという領域の検討を行います。その際、論文情報や専門家へのアンケート結果を基にテキスト分析やクラスタリングを行った上で可視化し、専門家のパネルで議論するプロセスを組んでいます。

領域研究グラントぐらいの粒度で5~10年先を見ると、かなり具体的な予測ができます。粒度の設定は難しく、広過ぎると人知を越えてしまいますが、狭過ぎると役に立ちません。その点でJSTの研究グラントの例は、比較的良い例だと思います。

図2 新たな科学技術予測手法の開発・展開

概念を標準化してアクションにつなげるSDGs

―科学技術について社会の理解を得るための取り組みでは、どのようなものが必要でしょうか。

科学技術と社会の指標化も、難しい課題だと思います。科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」(SciREX)プログラムの取り組みの一つとして、科学技術に関する意識調査を単なる調査で終わらせず、指標化して政策プロセスに入れていくプロジェクトが挙げられます。また、意識調査の結果を国際比較可能な形でマニュアル化する試みを行っています。

科学技術と社会の体系化に関しては、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」は非常に重要な取り組みだと思います。IPCCもそうですが、国際的な目標として各国が共有することで、世の中が動くところがあります。

SDGsのマトリックスは当たり前のことを当たり前に整理したものだと思いますが、国際機関や各国のステークホルダーが、同じマトリックスで理解することが重要です。1つの言葉でも国、あるいは個人によって理解の仕方は異なりますから、この部分には最もエネルギーが必要です。

言葉や概念のグローバルな再定義、予測は、まだ発展途上の段階にあります。日本ではこれまで、このような発想はあまりありませんでしたが、SDGsのように概念を標準化してアクションにつなげる作業は、今後ますます重要になるでしょう。

科学技術に関するコミュニケーションや広報に関しては、科学のすそ野を広げる活動はかなり進んでいると思います。次の課題は、それらをどう意思決定プロセスに取り入れていくかということです。

これについては、例えば、前出のSciREXプログラムにも参加した滋賀大学の加納圭准教授のアプローチは興味深いものです。

加納准教授は準計量的な手法を使って情報を整理するのが得意で、潜在的に科学技術に関心を持っていない人たちにもアプローチしています。これは、行政のビジョンを作るプロセスにも活用できるものです。

また、科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センターでフェローを務める小山田和仁氏らによる「サイエンス・トークス(Science Talks)」の試みも面白いと思います。これは科学や学問を純粋で面白いものにしていきたいという、有志メンバーによるイニシアティブです。

彼らのような若い世代は、最初にポジションを決めて物事を考えるのではなく、肩ひじを張らないようになっていると感じます。最初にポジションを決めてものを考える場合、言うべきことを見出すのは容易です。しかし、これらの人たちは「自分はどういう立場に立つべきか」、「その立場に意味があるのか」、「意味があるなら、他の人を説得するためにどういう論を張らなければいけないか」という風に考えていると思います。このように、若い世代の人たちがしっかり頭を使って考えているのは良いことだと思います。

赤池 伸一(あかいけ・しんいち)
科学技術・学術政策研究所 科学技術予測センター長
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