SDGs達成で実現させる 安定した生活や市場の創出

「持続可能な開発目標(SDGs)」は、「地球上の誰一人として取り残さない」ことを基本的なコンセプトとしている。SDGsは途上国の開発だけでなく、先進国の課題解決も目指す枠組みで、その達成に向けては政府や市民、企業を含む多様なアクターが連携して取り組むことが重要となる。SDGsの達成を目指し、気候変動をはじめとする世界の様々な課題を解決しようとする試みは、人々の安定した生活や市場の創出にもつながる。昨今のエネルギー問題を踏まえ、今後の環境政策をどう構想するか。日本を挙げて取り組む最先端の動向を聞いた。

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森下 哲(環境省 地球環境局長)

「包括的なグローバル化」の
実現を目指すSDGs

―SDGsのコンセプトはどのようなものですか。

2030年までの国際目標であるSDGsでは、「地球上の誰一人として取り残さない(no one left behind)」が基本的なコンセプトとなっています。これは、かつてコフィ・アナン元国連事務総長が唱えた「包括的なグローバル化(inclusive globalization)」の考え方を、その流れに汲んだものだと思います。

グローバル化が一部の人や国だけを裨益するものであれば、そうではない人々の不満や反発が生じます。また、皆が幸せに成長していくことは実現できません。だからこそ、グローバル化は包括的に進めなければならないということです。

主要7ヵ国(G7)や主要20ヵ国・地域(G20)などの国際交渉では、様々な国のトップリーダーが格差の問題を取り上げています。そこでは格差を縮小し、発展や経済成長、安定的な生活を確保していくことの重要性を考え、議論がなされています。この格差をできるだけ少なくするためのアプローチで、大きな枠組みとなるのがSDGsです。

世界の健全な発展には様々な制約条件があり、それらを取り除いていく必要があります。それらの1つは、気候変動だと思います。気候変動の影響は色々な形で表れ、多くの人々の生活がダメージを受けます。事業活動をしている人々にとっては、マーケットを失うことと直結しているといえるでしょう。

米国のトランプ大統領は、気候変動枠組条約の「パリ協定」からの脱退を表明していますが、米国の大手IT企業やエネルギー産業でグローバルにビジネスをしている人たちは、これを非常に残念なことと受け止めています。彼らは世界の健全な発展がビジネス拡大にもつながることを理解しており、その制約となる問題に取り組んでほしいと思っているのです。

SDGsへの取り組みは
市場創出や革新につながる

―世界の健全な発展と、健全な社会や市場の実現は一体的ということですね。

そうです。例えば、現在、世界各地で再生可能エネルギーが導入されており、これによって従来は電気が使えなかった非電化地域の人々も電気を使えるようになっています。これは素晴らしいことで、それらの人々は文化的な暮らしができるようになります。そうなれば、消費が発生して新たな市場が生まれ、経済発展にもつながるでしょう。

エネルギーのシステムは従来、化石燃料に頼っていたので、一部の国しか発展できないようなパターンになっていました。すべての国が一気に化石燃料を使えば、問題が生じるからです。しかし、再生可能エネルギーの普及によって、あらゆる国が電化のベネフィットを共有できるようになり、新しい発展パターンも出てきました。これらの動きは、今後広げていく必要があります。

現在、このようにして新たなマーケットが生まれる状況が世界各地で出てきています。日本企業にもぜひ、そのマーケットを取りに行くというマインドで取り組んでいただきたいと思います。世界には気候変動以外にも様々な問題がありますが、気候変動の進行に関しては、事業者が中長期的にマーケットを失いかねないということも理解していただきたいと思っています。

―新たなマーケットの創出や拡大に伴い、イノベーションや新事業シーズも生み出されると思います。

現在、あらゆる分野でイノベーションが起こりつつあり、それを起こしていく必要があります。技術のほか、社会のシステムや行動、人々の意識などに関してイノベーションを起こすことで、より多くの人々が豊かに暮らせるようになるはずです。

それらのイノベーションの鍵となるのが、カーボンプライシング(炭素の価格付け)だと考えてだと思います。SDGsの項目には、資源の奪い合いをなくし、多くの人々が資源のベネフィットを享受できる社会をつくるという考え方も含まれます。

国内では2006年策定の「第三次環境基本計画」で「環境・経済・社会の統合的向上」を掲げており、これはSDGsの考え方と親和性があります。現在は「第五次環境基本計画」の策定作業を進めており、SDGsの活用もこれに組み込まれる予定です。

その議論では、経済、社会のあらゆる面で環境的な配慮を目指す必要があり、SDGsの多面的な効用、複数の目標に対する統合的な解決、全員参加型(あらゆるステークホルダー等の参画)、バックキャスト(現状をベースとした実現可能性を踏まえた考え方ではなく、目標から逆算して現状からの計画を策定するという考え方)という特徴を踏まえて、計画の見直しが重要とされています。

1つのアプローチを複数の
優先課題解決につなげる

―環境、経済、社会の統合的な向上に向けた政策では、どのような取り組みが必要でしょうか。

例えば、気候変動問題解決へのアプローチでは、少子高齢化や地方における疲弊のような日本が抱える大きな問題との同時解決という方向性が重要でしょう。うまく政策を設計すれば、これらを同時解決する可能性があるはずです。

そのための1つの重要な要素は、生産性の向上だと思います。生産性向上は、二酸化炭素(CO2)の排出量削減にもつながります。そういった観点からイノベーションを起こすための施策を議論しています。

地方の活性化に関しては、まず各地域の方々に自分の地域の良さを見つけてもらうことが重要だと思います。その地域の人たちは気づいていなくても、他のエリアの人から見ると価値があるということも往々にしてあります。地域の魅力を発掘し、地域の自然資源や再生可能エネルギーなどをうまく使い、発展につなげていくことが大事だと思います。

現在、多くの自治体が収入の5%程度をエネルギーの獲得のために支払っています。再生可能エネルギーの導入によってそれらが自給できるようになれば、その収入を自治体の中で回し、地域の経済成長につなげていく可能性も高まるでしょう。

様々な課題が入り組んで存在しており、問題解決に向けた1つのアプローチが、複数の優先課題の改善につながることも多いと思います。広がりを知っていただくためにも、環境省ではステークホルダー会合を開催し、企業の方々にも来ていただいて、情報の共有や発信をしています。

SDGsは2000年の国連ミレニアム宣言を基にまとめられた、従来のMDGsとは異なり、途上国だけでなく、先進国も含めたユニバーサルな枠組みです。その達成に向けては、政府はもちろん、市民や企業を含む様々なアクターが連携して取り組むことが重要になります。

ステークホルダーズ・ミーティング

手引き作成や未来都市構想で 企業や自治体をサポート

―SDGsの達成に向けた企業や地方自治体の取り組みに、どのようなサポートが行われていますか。

民間企業へのサポートでは、例えば、国際的なSDGsの企業行動指針である「SDG Compass」が策定されており、その日本語訳はインターネットでも入手できます(https://sdgcompass.org/wp-content/uploads/2016/04/SDG_Compass_Japanese.pdf)。また、環境省では今年度中に、中小企業向けの手引きを完成させる予定です。

さらに、取り組みを進めるに当たっては金融の存在が大きく、「環境・社会・ガバナンス」のためのESG投資を通じた支援が重要になります。このため、環境省ではESG投資に必要となる環境情報開示のシステムづくりにも取り組んでいます。

自治体の取り組みに対するサポートの例では、現在、内閣府で進めている「環境未来都市」構想が挙げられます。これは持続可能な経済社会システムを実現する都市・地域づくりを目指すものです。SDGsの17の目標でも、11番目に「持続可能な都市」という目標が挙げられています。

日本にいると、世界における様々な危機感が伝わってこないこともありますが、私たちの生活は国内だけで成り立っているわけではありません。ビジネスはグローバル化しており、食料など様々なものが世界各地から来ています。このような中でSDGsの実現は、安定して平和な生活の確保や日本のマーケット拡大にもつながり、日本企業や日本にもプラスになるということを理解していただきたいと思います。

地球は1つしかなく、世界では様々な問題が生じています。世界人口は今後さらに増加する見込みですが、経済発展をうまく実現できれば、皆が幸せに暮らせるようになるかもしれません。再生可能エネルギーや資源をうまく利用し、様々な問題を解決できれば、その可能性はあると思います。SDGsの根底には、それを目指す思想があるのです。

森下 哲(もりした・さとる)
環境省 地球環境局長

 

『環境会議2017年秋号』

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 環境と事業の共生 SDGsに根ざす経営
根本かおる(国連広報センター 所長)、玉木林太郎(経済協力開発機構[OECD] 前事務次長) 他
特集2 環境教育で次世代リーダーをつくる
望月要子(ユネスコ)、寶 馨(京都大学大学院総合生存学館[思修館] 学館長) 他

(発売日:9月5日)

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