2017年4月号

環境会議

自然との触れ合いを通じて生命力を高める

三浦 雄一郎(登山家、プロスキーヤー、クラーク記念国際高等学校 校長)

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山は自然そのもので、山登りでは太古からある自然を感じることができる。人間は自然の中で生きる動物で、自然との触れ合いを通じて生命力を高めていける。60代で患った生活習慣病を克服し、70歳、75歳、80歳と3度にわたってエベレスト登頂に成功した登山家にとって、山や自然は最高の薬となった。目標を持って発言し、行動に移していくことによって、年齢を重ねても健康を維持し、チャレンジを続けることが可能になる。

2013年に80歳にて3度目のエベレスト登頂を果たした三浦雄一郎氏。
©ミウラ・ドルフィンズ

山は自然そのもの

―山登りをされる中で、感じてきた自然の魅力についてお聞かせください。

山は自然そのものだと思います。私が登ってきた山や南極、北極には、木などの植物はなく、雪と氷だけのような荒涼たる世界もありました。しかし、そのような世界でも、そこで行動し、生活することで、太古からある自然を感じられます。

日本の山の森林帯はとても良く、川の水や空気もきれいだと感じます。一方、日本には四季があり、特に冬山の気候は非常に厳しいものです。雪山登山は世界中どこでも危険を伴いますが、日本では標高に関係なく、ヒマラヤクラスの厳しい条件となることが多いです。

私は子どものころからハイキングや山登り、アウトドア生活を通じて当たり前のように自然に親しんできました。自然には親子で付き合うのが良いと考えます。

私自身、親子三代で自然と付き合い、最終的には親子三代でキリマンジャロやヒマラヤ、ヨーロッパ・アルプスに登頂しました。「家族の絆」という言葉がありますが、絆を深めるためには、共同作業が必要なキャンプやアウトドアのライフスタイルが一番です。自然の中でのキャンプ生活は、家族、親子の付き合いの密度を濃くします。これに山登りが加われば、皆で目標に向かうこともできますね。

三浦 雄一郎(登山家、プロスキーヤー、クラーク記念国際高等学校 校長)

自然は生命力を高める

―子どものころは、どのように自然と付き合っていましたか。

私は子どものころ、青森など東北地方の田舎で暮らし、自然の中で遊んで育ちました。人間はある意味、自然の中で生きる動物で、自然との触れ合いを通じて生命力を高めることができます。青森市は八甲田山の麓にあります。私の家は市街にありましたが、家から少し離れたところは、もう山道でした。山登りは小さいころから好きで、それが高じてエベレストまで登ったのです。

小学校のころには仙台でも暮らし、広瀬川上流で遊びました。学校の授業が終わると川へ行き、泳いだり、崖に登ったりしました。台風が来たときは喜んで川へ飛び込み、大きな木が流れてくると、それにつかまって川を下ったりしました。誰にも規制されることなく、兄弟や友達と共に様々な冒険を味わったのです。

父は水泳で高飛び込みの選手をしていたので、広瀬川の断崖で5、6mの高さにある岩から飛び降りたりしていました。私も真似しましたが、頭からは怖いので、恐る恐る足から飛び込んだりしました。このように、子どものころから冒険し、自然から勇気や元気をもらっていたのです。

そして、私が北海道大学の2年生だった1953年5月29日に、エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイが初めてエベレストに登頂しました。そのころ私は、夏は山岳部の仲間と山に登り、冬はスキーの選手をしていました。そして、いつか自分もヒラリーとテンジンのようにエベレストに登りたいと思ったのです。

その後はスキーの選手としてスピードレースで世界記録を作り、世界7大陸の最高峰にスキーで足跡を残しました。エベレストには一生に一度は登りたいと思いながら行く機会がなく、山登りからも遠ざかりました。

山登りや自然が最高の薬に

―実際に、エベレストに登ることになったきっかけは何でしたか。

60歳になるとメタボリック症候群で糖尿病や腎臓病を抱えるようになり、これらの生活習慣病を何とか克服して、もう一度、足腰を鍛えたいと思うようになりました。そのためには目標が必要で、64歳で「エベレストに登ろう」と決めたのです。

長年、山登りをしていなかったため、当時は札幌の自宅付近にある標高500m程度の山ですら頂上まで登れませんでした。しかし、“500mの山も登れなかった高齢者”が、その後5年でエベレストに登れるようになれば、インパクトは大きいだろうと考えました。そしてすぐには無理でも、5年がかりで変身しようと努力したのです。

以前から山登りの経験はあったので、半年後には富士山に登れるほどになり、その後はヒマラヤへ行って、4000m、5000m、6000m、7000m、8000mと徐々に高い山を目指しました。そして、70歳でとうとうエベレストに登頂しました。元は生活習慣病を治したいと思って始めたことですが、やはり山登りや自然は私にとって、どんな病院や薬よりも最高の薬だと感じました。

さらに、75歳でもう1度、エベレストに登りたいと思いました。このときは心臓の不整脈がひどくなり、手術を2回受けましたが、75歳で2度目のエベレスト登頂を達成したのです。その登山の最中、「80歳でも登れるかもしれない」と考えていました。家族は猛反対しましたが、私は「家出してでも、また行こう」とすでに決意していました。

出発が近づいたころ、スキーのジャンプで失敗し、左の大腿骨付け根と骨盤を5ヵ所も折る大けがをしました。主治医からは「高齢者の場合治っても車いす生活になる可能性がある」と言われましたが、自力で何とか治そうと思い、治癒に向けて努力を続けました。

山登りなどをしてきたので骨は丈夫で、70代でも骨密度は20代より高かったのです。そして、運よく1年足らずで治すことができ、徐々に歩き始め、80歳で再びエベレストに挑戦し、登頂することができました。私の父は90歳から97歳の間に3回骨折したのですが、それを乗り越えて99歳のときにスキーでモンブランを滑りました。だから私も骨折に負けず、エベレストに登ろうと思えたのかもしれません。

60歳では生活習慣病になるが、「エベレストに登る」という目標を持ち、トレーニングに励み、目標を達成した。
©ミウラ・ドルフィンズ

山で起きている変化

―山と触れ合う中で、気候や環境が変化していると感じますか。

最近は世界中で雪不足が起きています。この冬は日本でも正月までスキーができないスキー場や山が多かったと思います。山に変化が起きていると感じますが、気候変動の影響だけではないという気もします。

また、極端なゲリラ豪雨や豪雪が増えていると感じます。これらは、山登りでは非常に危険なことです。そのようなときは雪崩が発生したり、低体温で凍死する危険が増しますから、注意が必要です。

一方、近年は富士山をはじめとする国内の山に登っていると、「山の環境を破壊しない」という登山者の意識が高まっていると感じます。富士山はかつて、日本一のゴミ捨て場と言われていましたが、最近はきれいになったと思います。

山登りのマナーは、ゴミを捨てない、高山植物を踏み荒らさないという基本的なこと。特別なものではなく、町でのマナーと同じです。

―80歳で大きな挑戦を成し遂げた、その想いをお聞かせください。

私はまもなく85歳で、80歳でのエベレスト登頂について後から考えると、運が良くて成功しただけかもしれないと思います。だめなら引き返して次の機会に挑戦できますが、死んだらもう挑戦できないので、「絶対に生きて帰る」という意志を持ち、限界まで挑んだのです。

高齢者の健康やチャレンジは今の時代、最も重要なテーマの1つで、エベレスト登頂はその象徴になったと思います。高齢化社会に伴い、介護が必要な人が増え、家族や社会の負担が増しています。しかし、元気で病気もせず、「富士山ぐらい、すぐに登れる」というような高齢者が増えれば、社会が変わるでしょう。

挑戦を続けていくには、「これをやりたい」という目標を持つことが重要です。それを周囲に発言し、実際に行動に移していくことで、新たな挑戦が可能になると思います。

三浦 雄一郎(みうら・ゆういちろう)
登山家、プロスキーヤー
クラーク記念国際高等学校 校長

 

『環境会議2017年春号』

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 世界をつなぐ温暖化対策 自然と人の関わり方を再考する
三浦雄一郎(登山家)、中村宏治(水中カメラマン)、他
特集2 明治150年 日本の歩みを未来に遺す
筒井清忠(帝京大学 教授)、徳川斉正(水戸徳川家15代当主)、他
特集3 経営トップが薦める、この一冊
遠山正道(スマイルズ 代表取締役社長)、山田雅裕(未来工業 代表取締役社長)、他
(発売日:3月6日)

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