自然と「無関係」な関係で野生動物と共に生きていく

地球環境の変化に影響を受けるのは、人間だけではない。確実に野生動物にも影響が及んでいるはずだが、私たちがそれを直接感じることはあまりない。恩賜上野動物園では、学習プログラムの実施や、インターネットサイト「UENO PLANET」の開設など、動物や上野の自然を知ってもらう活動を強化している。私たちが世界各地の動物を見ることができる、最も身近な場所である動物園は、環境が急激に変化している今、どのような役割を担っているのだろうか。

ホッキョクグマは、地球温暖化で氷が溶けて無くなると、生活する範囲が狭くなり、アザラシなどの捕食も困難になる。 写真提供:恩賜上野動物園

環境との相互作用の中で野生動物は生きている

―地球環境の急激な変化は、野生動物にどの様な影響を及ぼしているのでしょうか。

気候変動ということで言えば、どのような動物でも危機的状況に陥る可能性はあります。たとえ今、それが顕在化していないとしても。

例えば、ホッキョクグマは氷の隙間から顔を出すアザラシなどを捕食して生きています。氷が溶けて無くなれば、陸上で生活する範囲が狭まり、エサを捕りにくくなります。

野生動物は環境との相互作用の中で生きています。もちろん人間も例外ではありません。一定の環境の中で生きるということは、環境の中にあるものを取り入れて、何かを排出するということです。つまり、環境の中で生きているかぎり、どのようなことをしても、環境に影響を与えるということになります。環境はそのバランスで成り立っていて、動物はそれに合わせて進化していくのです。

―動物は環境の変化に対し、どのように進化してきたのでしょうか。

どんな動物も環境に適応して進化してきました。例えば、クロサイはやぶ地や森林に、シロサイは草原に生息しています。そのため、クロサイは枝や葉が食べやすい尖った上唇を持っていますが、シロサイは草を食べやすい平たい唇になっています。環境に適応してそのように進化したわけです。

パンダも同様です。パンダは中国で熊猫と言われていますが、クマは雑食なのに、パンダが食べるのは竹です。おそらく竹を食べることが、生き残りの戦略として優位であったため、そのように進化してきたのでしょう。ということは、人間がどんどん竹林を開発して、竹が無くなってしまうと、パンダは絶滅する可能性が高いわけです。

動物はすべからく、生息するための環境が無くなったら絶滅するという運命を背負っています。長い時間をかけて生き残ってきた動物であればあるほど、環境の急激な変化が、極めて危険な状況を生むのです。

ナマケモノには共生するガがいます。ナマケモノが週に1回、木から降りてフンをすると、ガはそこに卵を産みます。ガの幼虫はフンを栄養にして成虫へと成長するのです。そうやって進化してきたガは、ナマケモノが絶滅すると、一緒に絶滅する運命となります。

野生動物は、どのような動物でも、こうした相互作用の中で生きていて、常に自然環境と共に生きる宿命を持っているのです。

生き残りの戦略として竹を食べてきたパンダ。竹林を開発し、竹が無くなると、絶滅する可能性は高い。
写真提供:恩賜上野動物園

人工的な環境でしか生きられない人間

―人間も、動物と同様に、自然環境と共に生きていけるのでしょうか。

人間だけは異なった進化を遂げました。人間は、人工的な環境でしか生きられない種になってしまいました。しかも人間は、人工的な環境を維持するために、地球の自然やエネルギーを収奪して生きています。当然、エネルギーが無くなれば、今のような生活は維持できなくなります。そういう意味では、人間も自然との相互関係の中で生きているということになります。

自然を収奪している我々人間は自然保護のために何ができるのか、考えなければいけません。

土居 利光(恩賜上野動物園 園長)

“気づき”を与える場

―そうした中で、動物園が担う役割とはどのようなことでしょうか。

動物園は人々に“気づき”を与える場であるべきだと思っています。例えば、恩賜上野動物園にはタブノキがたくさん生えています。タブノキは、本来は海岸近くに分布する木です。つまり、恩賜上野動物園のタブノキは、昔その場所が、東京湾のすぐそばだったことを物語っているのです。

しかし、植物のことを知らない人が恩賜上野動物園のタブノキを見ても、単純に「緑が綺麗で気持ちがいいな」と思うだけでしょう。動物についても同じことが言えます。

関心を持つきっかけは、「綺麗だな」でも「かわいいな」でもいいのです。そこから、動物や植物が環境の中でどのような役割を果たしているのか、少しずつ知ってもらい、野生動物や自然のことを自分ごととして感じてもらう。そういう“気づき”を与えるためのメッセージを出し続けることに、動物園の存在意義があるのだと、私は思っています。

―“気づき”を与えるためのメッセージのひとつが、2月に公開された、スマートフォン・タブレット向け特設サイト「UENO PLANET」であり、環境プログラムなのですね。

“気づき”を与えるには、段階を踏んでいかなければいけません。当園では、お客様に動物の生態に関心を持ってもらおうと、職員手作りの案内板も設置しています。このように、動物園が、自分たちの意志として、“気づき”を与えるという使命を認識しなければ、お客様に関心を深めてもらうことはできません。

また、動物園のプログラムの中で気づく機会を作っていくことも大切です。現在、子ども動物園を移転して、内容をリニューアルするプロジェクトを進めています。

これまでは、子どもたちに動物を触らせることだけになりがちでしたが、新しい施設では、動物や環境のことを学べる学習プログラムを組みます。人間は動物とどう関わるべきかということは、動物を触ってわかることではないからです。動物の触り方ひとつとっても、適切な触り方があることを知っていただきたいのです。動物や我々の将来のために、指導者のもとで正しく学んでもらう。そうやって次につなげていかなければいけないと考えています。

―開発も進む中、野生動物を守るにはどうすればいいのでしょうか。

野生動物の保護で一番大事なのは、生息地の環境を保持していくことでしょう。例えば、佐渡市はトキの保護活動として生息地の保全に取り組んでいますが、佐渡は経済の仕組みに環境保全を組み込んでいるところが素晴らしい。

無農薬でコメを作り、「トキ米」として売り出しています。その価格を少し高めに設定しています。安ければ何でもいいという社会では、自然を守るのは難しい。このコメを食べることが、トキのための環境保全に役に立つ。だから、少しお金を払ってでも、トキ米を食べよう。そういう考え方の方がカッコいいという世界を作らない限り、どんなことをしても、環境は良くならないでしょう。

上野動物園の魅力を紹介するサイト「UENO PLANET」 提供:公益財団法人東京動物園協会

自然と“無関係”な関係を

―人間は自然とどのように関わっていけばよいのでしょうか。

人間は、なるべく自然と“無関係”な関係を作っていくことが大事です。それは、自然と分離して生きるということではありません。人間は自然から収奪しなければ生きられないのですから。人間社会は、自然から収奪して、違う形にして排出する。その排出するものが、なるべく自然への影響がないように、自然とは無関係になっていくようにしなければいけません。

野生動物との関係も同じです。人間は、野生動物と住み分けをしなければいけない。野生動物は、人間の開発の影響を受けない方がいいに決まっているのですから。

また、自然から収奪して生きている人間にとっても、収奪できる環境が常にないと困るわけです。だから人間は、なるべく環境に負荷を与えない暮らし方をしなければいけないし、自然との関わり方を常に考えなければいけない。

しかし実際には、普段そんなことは考えないという人が多いのではないでしょうか。だから、考える仕組みを作ることが大事なのです。

私は東京都の環境局にいた時、自然公園課長として、小笠原・御蔵島にエコツーリズムを導入しました。エコツーリズムというと、その地域の自然に踏み込むイメージがありますが、私は、観光客にそうさせないように、自然と共存できるルールをつくるために導入したのです。

参加者には全員、島に上陸する前に靴底を洗ってもらいました。靴を洗って入らなければいけないような場所だと思えば、自然を壊さないように気をつけようと思いますよね。

そういう風に意識が変わることが大事なのです。これをやることがいいことなのだとか、カッコいいとか、その気にさせる仕組みを作る。そうすれば、意識することなく、自然や環境のことを考えた暮らし方ができるようになるはずです。

土居 利光(どい・としみつ)
恩賜上野動物園 園長

 

『環境会議2017年春号』

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 世界をつなぐ温暖化対策 自然と人の関わり方を再考する
三浦雄一郎(登山家)、中村宏治(水中カメラマン)、他
特集2 明治150年 日本の歩みを未来に遺す
筒井清忠(帝京大学 教授)、徳川斉正(水戸徳川家15代当主)、他
特集3 経営トップが薦める、この一冊
遠山正道(スマイルズ 代表取締役社長)、山田雅裕(未来工業 代表取締役社長)、他
(発売日:3月6日)

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