2017年4月号

環境会議

福澤諭吉と女性の社会進出

西澤 直子(慶應義塾大学 福澤研究センター 副所長・教授)

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社会の活性化にとって大切な女性の地位向上を後押しし、今から150年前に、社会の意識改革に向けて行動した、福澤諭吉。日本の大学教育の祖・起業家として著名な彼のもう一つの側面を探った。

家庭人としての福沢諭吉

福澤と家族(上1900 年、下1872年頃)(慶應義塾福澤研究センター所蔵)

―福澤諭吉の家族観と、女性の社会進出に果たした実践をお教えいただけますか。

66歳で没した福澤は、ちょうど33年ずつ、江戸時代と明治時代二つの時代を生きています。思想的基盤は江戸時代に形成されたので、実は幕藩体制からの変革には不安も抱いていました。それでも「門閥制度は親の仇」と考え、「家」制度を撤廃するためには、新しい家族像を根付かせねばならないと考えました。

西澤 直子(慶應義塾大学 福澤研究センター 副所長・教授)

福澤の家族論の根本は、感情による結びつきです。一人の男性と一人の女性が「愛(あい)」「敬(けい)」「恕(じょ)」によって結ばれ、それに扶養を必要とする子どもが加わる、それが彼の新しい家族像でした。ただ、福澤は次のように言います。感情を絶対視すれば、その行き着くところは「自由愛情(フリーラヴ)」である。しかし、今(明治の時代)はまだそれが許されない。なぜならば、男女の不平等からくる一夫多妻や、子どもが生まれないからと女性が一方的に離縁されることがまかり通っているからで、そのような状況で自由愛情を持ち出せば、男性たちの我儘勝手に口実を与えるだけである。そのため、福澤はまず一夫一婦・偕老同穴(かいろうどうけつ:夫婦が仲睦まじく、契りの固いこと)を実現すべきであると主張します。女性の地位向上と男女平等の実現を目指すわけです。

そして福澤は、女性の経済的自立の重要性を語ります。せめて慶應義塾の中だけでも「無頼の婦人は作りたくない」と考え、女性の授産のために、衣服仕立局を設立しました。

ただし農民や職人など生産的な活動を行っている多くは、女性たちも仕事に従事する必要がありましたから、彼が想定しているのは士族やある一定規模以上の商家の娘たちで、結婚したら家事や子育てを行うのが当然と考えていたようです。

ここで福澤は「参政権はさておき......」と述べたため、批判を受けます。ただこれは、女性の政治参加を不要とするのではなく、あくまで当時の日本社会ではまず家庭における平等の実現が優先で、政治的権利の問題は次であるという順番を述べたにすぎません。男性が外で仕事に邁進できるのは、女性が家庭内のことを仕切っているからとし、対価として財産の半分は女性に与えるべきと主張し、家政参与の権を与えることを提唱しています。

慶應義塾衣服仕立局 慶應義塾福澤研究センター所蔵

理想を掲げ、実情に即す

―彼の議論の特徴はどのようなものでしたか。

福澤は誰にでも理解できる議論を重視しました。例えば男女同権論が説かれても、一般の人びとには、そもそも江戸時代にはなかった「権利」という概念が分からなかった。そこで福澤は同権への「初歩」として、まず「なぜ男女は平等なのか」を知らせるために、「男女同数論」(世の中に男女は同じ数だけ生まれる)を説きました。

次に意識の問題を重視しました。法律や制度を設けるだけでは社会は変わらず、実効性をもたせるためには意識を、特に社会に出ている男性の意識を改革することを重視しました。彼は「勇気なき痴漢(ばかもの)」という表現で、妻の苦労を知りつつも態度で示せない男性を批判しています。世の男性たちに対し、世間体を気にするあまり何も言わないのではなく、思ったことを行動に出すよう主張しています。またフランスの文学者ボーヴォワールに先駆けて「第二の性」(生物学的な性とは異なる、社会的に形づくられる性)を説いています。

『女大学評論・新女大学』。1901年1月15日発行の第12版にも「男子亦この書を読むべし」と署名がある。慶應義塾福澤研究センター所蔵、著者講演資料から転載

1900年7月29日付時事新報

―彼の女性論の基礎にあった思想は何でしょうか。なぜそのような問題に関心を持ったのでしょうか。

福澤は文献と外国での見聞から自らの女性論を構築しました。一つはジョン・スチュアート・ミル著 The Subjection of Women です。日本では『女性の隷従』と訳されることが多く(岩波文庫は『女性の解放』)、福澤の門下生が初の邦訳を出しています。ミルは当時ヨーロッパでも大変人気のあった思想家ですが、欧米といえども、女性の社会的地位は決して高くはなかったので、すぐに多くの言語に翻訳され、日本でも注目されました。もう一つは貝原益軒の著作と考えられていた『女大学』です。この本で述べられる女性観の酷さに福澤は憤慨し、「『男大学』を著して男性のあり方を責めたい」と言ったほどで、強い動機付けとなりました。

『女大学』は手習いの手本のような文字を使い、生活に便利な情報を加えるといった工夫がなされ、版元が偽版の取り締まりに躍起になるほどよく売れたそうです。外国については、1860年に初めてアメリカへ行った際「女尊男卑」(レディファーストの習慣がそう見えたようです)に驚き、1862年にヨーロッパ諸国を訪れた際には、教育や労働の現場での女性たちの様子、当時イギリスで不景気により売春が横行した事実など、様々な問題も手帳に書き留めています。

また彼の家族構成も女性観を形づくった大きな要素でしょう。下級武士の家で、五人兄妹の末っ子として生まれ、1歳半で父が亡くなったあとの母の苦労や三人の姉の背中を見て育ち、女性の立場の辛さを実感して過ごしました。

また明治時代に入ってからは、一時期藩主であった奥平家の人びとを慶應義塾に迎えましたが、わずか16〜17歳の若い当主に、3代前の藩主の正室までを含めた多くの女性たちが、扶養家族として付随してきたことに、女性たちの未来に対して暗澹(あんたん)たる気持ちになったのではないかと思います。福澤一人でも養えなくはないけれども、明日のことはわからないわけですから。彼女たちの経済的自立の道も模索しました。

「一身独立」の意識で

―理想は高く掲げたうえで、現実社会にどう根付かせるか模索する人物像が浮かび上がってきます。福澤の思索が現代に投げかけるメッセージとは何でしょうか。

彼は「一身独立して一家独立し、一家独立して一国独立す」と述べています。明治期に入って、新政府による強靭な国家作りと、その構成員としての国民創出が目指される中で、福澤は『学問のすすめ』によって、「他人の知恵に拠らない」「他人の財に拠らない」個人の独立、つまり学問によって科学的思考を身に着け、自分自身で判断する力を養い、また衣食住を与えてくれる人にすべてを委ねることなきよう、精神的・経済的自立の重要性を説きました。

同書の冒頭に出てくる有名な「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らずといえり」の部分を読んだほとんどの人物が、人とは成人男子をさすと考えるであろう常識のなか、第8編では「男も人なり、女も人なり」と男女は平等であることを述べています。

今日の議論ではよく、女性は「責任を持たされない」ことを嘆きますが、私は「責任を持たない」側面もあるかと捉えています。自分の仕事に対して責任を持つことは、リスクも伴いますが、福澤も説いているように、責任と権利は表裏一体だと思います。難しい問題で一概に論ずることはできませんが、扶養控除枠で、主婦の一定収入を超えると税収が多くなるという制度的問題もあるかと思います。

―何に基づいて行動していけばよいかは時代を問わず難しいですね。福澤のあり方をどうお考えですか。

物事の本質を見極める力が卓越していたと思います。ゆえに、根本にある理念は一貫していました。そして社会を変化させるために、人びとの意識を変えることを何よりも重視しました。他方、社会に何を訴えてどこを変えるかについては、時勢をみて実際に即して行いました。そのため、変節漢であるとの批判に晒されることにもなります。

―現代における女性の社会的地位について、どうお考えですか。

現代の学校教育の現場では、大学に入学するまで、学生たちは男女差別を感じないまま育ってきて、社会に出てから初めて、女性に対する様々な差別に直面することが多くなっています。

今日、例えば世界経済フォーラムが発表しているGGGI(*1)では、2016年の最新データで144ヵ国中111位と、かなり悪い順位に位置付けられています。GGGIでは単なるランキングだけではなく、様々な側面から分析がなされていますが、その一つ所得(インカム)による分類では、日本はもっとも豊かな(HighIncome US$12,736 or more)グループに入っており、同グループに属する国々は総合的に順位が高いですが(ベスト10の中の7ヶ国がここに入ります)、そのグループの中で順位が低いのは日本、そして116位の韓国です。

また中国は市場の解放や自由経済の導入を進めるほど、順位を下げています。これらの背景にあるのは、特に戦前まで知識層に浸透していた儒教的観念であるように思います。いくら経済的に成長しても、男女の同等化には文化的背景が大きく影響することや、福澤が言うように意識面での変革がないと、制度的な変更だけでは容易に反動が起こることが分かります。

それでは意識を変容させるにはどのようにすればよいでしょうか?社会全体として高い平等性が維持されるには、意識を形成するメディアの力が大きいと考えています。特に幼少期に触れた絵本・マンガ・テレビ番組は無意識のうちに個人の意識に影響しています。福澤も「徳教は耳より入らずして目より入る」と述べていますが、頭で「これが正しい」と教え込まれたものよりも、目で見た実態を信じやすいわけです。

これだけ多様化が叫ばれて、実際に様々な形態の家族が紹介されたとしても、どこかで日本の伝統的な家族像を好ましいものと考え、それ以外のあり方を認めにくくなっているのは、マスメディアのドラマやコマーシャルの影響が大きいと思います。溢れる情報から何が本質なのかを読み取り、行動していきたいですね。

*1 世界の各国の男女間の不均衡を示す指標。世界経済フォーラムが2006年よりGlobal Gender Gap Reportで公表している。http://reports.weforum.org/global-gender-gap-report-2016

西澤 直子(にしざわ・なおこ)
慶應義塾大学 福澤研究センター 副所長・教授

 

『環境会議2017年春号』

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 世界をつなぐ温暖化対策 自然と人の関わり方を再考する
三浦雄一郎(登山家)、中村宏治(水中カメラマン)、他
特集2 明治150年 日本の歩みを未来に遺す
筒井清忠(帝京大学 教授)、徳川斉正(水戸徳川家15代当主)、他
特集3 経営トップが薦める、この一冊
遠山正道(スマイルズ 代表取締役社長)、山田雅裕(未来工業 代表取締役社長)、他
(発売日:3月6日)

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