2016年10月号

環境会議

アミノ酸入りサプリで途上国乳幼児の栄養を改善

中尾 洋三(味の素 CSR部 専任部長)

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創業100周年を機に、味の素社が始めたガーナでの栄養改善プロジェクトは、乳幼児の栄養不足という課題解決を目指す。現地の伝統的な離乳食に栄養を補えるよう開発した、アミノ酸入りの栄養サプリメント「KOKO Plus」。予算ありきの開発援助や支援の限界を認識し、ビジネスとして取り組み、ブランド力や競争力の強化にもつなげている。

乳幼児の栄養不足を改善するため、「ガーナ栄養改善プロジェクト」を開始した。

グルタミン酸のうま味で食生活を豊かに

味の素社の創業は、1909年に遡る。昆布だしの味成分が、アミノ酸の一種、グルタミン酸であると発見した東京帝国大学教授の池田菊苗博士が、その味を「うま味」と命名した。

当時、日本人の食生活は貧しく、ドイツに留学した池田博士は、日本人との体格や栄養状態の違いを痛切に感じていた。そして日本人の栄養状態を改善したいと考え、グルタミン酸を原料とする「うま味調味料」の製造法を発明した。味の素社創業者の鈴木三郎助は、その思いに共感し、その事業化を実現させた。

以降、味の素社では、食品とアミノ酸の2つを柱に事業を展開してきた。グルタミン酸は母乳に最も多いアミノ酸で、人間が生まれて最初に口にする、世界に通用する味でもあった。

「発展途上国は昔の日本と同様、食文化が貧しく、うま味が受け入れられやすいので、途上国での事業展開は比較的早く進みました」

「ガーナ栄養改善プロジェクト」に開始当初からかかわってきた、味の素社CSR部の中尾洋三・専任部長はそう話した。このプロジェクトは2009年に、創業100周年記念事業の一環として始まった。

中尾 洋三(なかお・ようぞう)

味の素社では、途上国で、人々の生活を理解し、貧困層も購入できる低価格な製品を提供してきた。その際、現地の人たちと共にビジネスモデルを創り出してきた。また、資源循環型の農業・アミノ酸発酵製造の仕組みである「バイオサイクル」や、バイオマスボイラー、バイオマス発電によって環境負荷の低減やエネルギー循環にも取り組んでいる。

2009年の創業100周年では、過去100年を振り返りつつ、今後も大事にしていく4つの価値観を「味の素グループWay」として定めた。4つの価値観とは、(1)新しい価値の創造、(2)開拓者精神、(3)社会への貢献、(4)人を大切にする、というものだ。

また、企業理念も一部見直し、「私たちは地球的な視野にたち、“食”と“健康”そして、“いのち”のために働き」という言葉を加えた。さらに、事業と密接な関係にある「健康な生活」、「食資源」、「地球持続性」という3つの社会課題に対し、事業を通じて貢献することが理念の実現につながるとした。そして、企業理念を体現するビジネスモデルになるものとして、ガーナ栄養改善プロジェクトを立ち上げた。

栄養を補えるアミノ酸入り栄養サプリメント「KOKO Plus(ココプラス)」。

ガーナの子どもたちの栄養不足をアミノ酸で改善

国際社会が2015年までに達成すべき目標を掲げた「ミレニアム開発目標(MDGs)」には、「乳幼児死亡率の削減」が含まれていたが、達成されていなかった。乳幼児の死亡には様々な要因があるが、貧困層の栄養不足がそのベースにあった。

「乳幼児の栄養では、特に妊娠から2歳まで、つまり最初の1000日の期間が重要です。この時期にしっかり栄養を取らなければ、成長のポテンシャルが損なわれ、将来にわたって慢性疾患にかかりやすくなります。栄養不足は脳への影響も大きく、途上国で貧困の連鎖を断ち切れない要因の1つはそこにあるともいわれています」

図 妊娠から最初の1000日の栄養が重要

 

MDGsの達成に向けては、各国政府だけでなく、企業やNGOなど様々な社会セクターが連携し、取り組みを進めてきた。このためガーナ栄養改善プロジェクトでも、NGOの協力や国際協力機構(JICA)、米国国際開発庁(USAID)の資金提供を得ることができた。

開発援助の世界では、従来から乳幼児の栄養改善への取り組みもなされていたが、援助による物資の無償配布には、予算がなくなれば終わるという限界があった。また、栄養改善のため、現地で入手可能な草や葉をすり潰して与えるよう指導がなされたこともあったが、味が苦くなるため、子どもに食べさせるのは困難だった。このため、子どもも食べやすく、安価で購入できる製品を開発し、ビジネスとして継続させる試みが始まった。

ガーナでは「koko」と呼ばれる発酵コーンで作るおかゆが伝統的な離乳食だが、これだけでは必要なエネルギーやたんぱく質、微量栄養素を取ることができない。このため味の素社では、kokoの調理時に加えれば、それらの栄養を補えるアミノ酸入り栄養サプリメント「KOKO Plus(ココプラス)」を開発した。

その研究開発ではガーナ大学と協力し、地元の食品会社に製造を委託して技術移転も行ってきた。また、地元で活動するNGOや政府の保健省とも連携し、子どもの栄養に関する教育を行い、十分な栄養が取れない場合にはKOKO Plusで栄養を補えることも説明した。

KOKO Plusの販売はガーナの北部と南部で行い、特に北部地域で急速に、その認知が向上した。また、並行して実施してきた疫学的調査では、KOKO Plusを食べたグループの子どもたちの成長が他のグループより良く、貧血も改善しているという結果が出た。

「ガーナ北部は特に貧困度が高く、KOKO Plusを食べた子どもが元気になったと実感した人たちがいて、すぐにその噂が広がっていきました。このような口コミは、製品の普及だけでなく社のイメージ向上にもつながっていると感じます」

ソーシャルビジネスでブランド力や競争力を強化

味の素社では、研究開発企画部の主導でガーナ栄養改善プロジェクトを進め、CSR部はこれをサポートしてきた。また、対外的な情報発信では積極的に、このプロジェクトについてアピールしてきた。

「私たちCSR部の役目は、世の中が今、企業に対して何を求めているかを理解する、社会に対するセンサー機能だと思います。当たり前だと思われているレベルを超えてサプライズを生むことが、企業の成功やブランドの強化につながります。私たちCSR部は、その目標に向けてもう一歩、踏み出そうと提案していきます」

ガーナ栄養改善プロジェクトでは、KOKO Plusを貧困層でも購入できる価格で販売することが必要となっているため、事業の採算性を改善するのは容易ではない。しかし、事業活動を通じて社会に与えるインパクトは大きく、通常の利益とは異なる「見えない価値」が生み出されている。

「これは広告効果に換算すれば、大きな金額です。その分を利益と考えれば、十分なリターンがあると考えています」

JICAやUSAIDからの資金提供や、外部からの高い評価は、このプロジェクトに対する社内の理解を高め、プロジェクトを継続させるための大きな原動力になっている。また、このようなプロジェクトに関しては、若い人たちも魅力を感じてくれる。

海外の企業では、ソーシャルビジネスによって若い人たちの支持を得ることが、優秀な人材を確保するためにも重要だといわれる。

「事業サイドは通常、消費者や生活者個人のニーズに合わせてものを作りますが、ソーシャルは個人ではなく、個人がつながった社会です。

そのニーズに対応し、ソーシャルへのインパクトを生み出していく切り口を提供するのが、CSRの仕事だと思います。社会的、環境的なインパクトが大きく、事業のブランド力や競争力の強化にもつなげられる取り組みを、今後さらに進めていきたいと考えています」

昨年9月の「国連持続可能な開発サミット」では、国連の加盟国が「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を採択し、従来のMDGsに続く「持続可能な開発目標(SDGs)」が掲げられた。現在は、その目標達成に向けて、様々なセクターがグローバル課題に関する議論を行っている。

中尾氏は、この機会をより活用し、様々なプレーヤーとの連携をビジネスに活かしていけば、他の企業に先行する事業もできるかもしれないと考えている。

100年以上前に「日本人の栄養状態を改善したい」という思いから始まった味の素社の事業は今、貧困撲滅を目標に掲げたSDGsと共に、社会的価値に応える新たなビジネスを生み出そうとしている。

KOKO Plus の販売には、女性起業家など現地の人々が携わっている。

中尾 洋三(なかお・ようぞう)
味の素 CSR部 専任部長

 

『環境会議2016年秋号』

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
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