2016年4月号

環境会議

人間が存在しているのは 他の生き物たちのおかげ

涌井 史郎(東京都市大学環境学部 教授)

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2010年に開かれた「生物多様性条約第10回締約国会議(COP 10 )」では、生物多様性保全のための「愛知目標」が採択された。その達成に向けた「国連生物多様性の10年(2011~2020年)」には、国際社会の様々なセクターが連携して「生物多様性戦略計画」を進め、生物多様性の主流化を実現させようとしている。生態系ピラミッドの頂点に位置する人間は、他の生物のおかげで存在しているという意識が人々に求められている。

生物多様性は地球の基本

「英語のgarden(ガーデン)という言葉の語源は、古代ヘブライ語のgan(囲われる)と、eden(楽園)です。地球の奇跡は『囲われた楽園』として、見事にエネルギーと物質が再生、循環する仕組みができていることです。その仕組みを作っている主役は、生き物たちです」と「国連生物多様性の10年日本委員会(UNDB―J)」委員長代理であり、都市と自然の関わりにおけるランドスケープ作品を手がけてきた東京都市大学環境学部の涌井史郎教授は指摘した。

UNDB ― Jは「愛知目標」の達成に向けて、国内のあらゆるセクターの参画と連携を促進し、生物多様性の保全と持続可能な利用に関する取り組みを進めるため、2011年9月に設立された。涌井教授によれば、「地球において、生物多様性は基本中の基本」となる。

「生産者である植物、消費者である動物、そしてバクテリアや昆虫類、土壌生物などの分解者が見事にシステムを形成し、地球の有機的なシステムが完成した時点で初めて、人類が登場したのです。これは500万年前のことで、46億年の地球の歴史を1年の暦に例えれば、12月末にようやく人間が現れたのです。しかし、今ではその人間が地球の主であるかのような横柄な態度をとっています」

涌井 史郎(東京都市大学環境学部 教授)

部品を落としながら飛ぶ宇宙船地球号

地球は一定で成長しないのに対し、人口は急激に伸びている。このような中で、人類が皆、成長し続けようとすれば、限界に達する。持続的な未来に向けては、成長のベクトルから成熟のベクトルへ、そして豊かさを追い求める社会から豊かさを深める社会への転換が重要なテーマとなる。

涌井教授によれば、その際、重要となるのは、以下の3つの点だ。第1に、人間と自然がどのように共生していくかという課題があり、第2に、現在、生きている世代が世代内における矛盾をどう解決するか、すなわち発展途上国と先進国がどのように地球の資源を分け合っていくかという点が挙げられる。第3に、将来世代が現世代と同様の自己実現への欲求を持った際、それを果たし得る資源や資本をどの程度、残していけるかという課題が存在する。

生物多様性に関してはとりわけ、環境が劣化し、絶滅危惧種が増加している。

「地球上の生物種は3300万種と言われますが、これは戸籍のある生物で、他に、いずれ発見されるであろう戸籍がない生物もいます。他方で、過去100年間に4万種の絶滅種が発生しています。いわば3300万点の部品でできた宇宙船地球号が70億人の乗客を乗せて飛ぶ中で、部品がどんどん下へ落ちている状態です。これでは、いつまで飛び続けられるかわかりません」

このような状況において人間はまず、人類が生態系の一部であるという事実を認める必要がある。そして、人間であればこそ可能な新たな技術の開発を、どのように進めていくかが問われる。さらに種や遺伝子、生態系について、保存だけでなく、その多様性を復元できる「復元力ある世界」を意識することが求められる。

「愛知目標」の達成を目指す にじゅうまるプロジェクト

COP10で採択された「愛知目標」は、2020年までに生物多様性の損失を止めるための効果的で緊急の行動を実施するという20の個別目標だ。そして、2050年までに「自然と共生する世界」を実現することを目指している。

図1 愛知目標(20 の個別ターゲット)

  1. 目標1 :
    人々が生物多様性の価値と行動を認識する。
  2. 目標2 :
    生物多様性の価値が国と地方の計画などに統合され、適切な場合には国家勘定、報告制度に組み込まれる。
  3. 目標3 :
    生物多様性に有害な補助金を含む奨励措置が廃止、又は改革され、正の奨励措置が策定・適用される。
  4. 目標4 :
    すべての関係者が持続可能な生産・消費のための計画を実施する。
  5. 目標5 :
    森林を含む自然生息地の損失が少なくとも半減、可能な場合にはゼロに近づき、劣化・分断が顕著に減少する。
  6. 目標6 :
    水産資源が持続的に漁獲される。
  7. 目標7 :
    農業・養殖業・林業が持続可能に管理される。
  8. 目標8 :
    汚染が有害でない水準まで抑えられる。
  9. 目標9 :
    侵略的外来種が制御され、根絶される。
  10. 目標10:
    サンゴ礁等気候変動や海洋酸性化に影響を受ける脆弱な生態系への悪影響を最小化する。
  11. 目標11:
    陸域の17%、海域の10%が保護地域等により保全される。
  12. 目標12:
    絶滅危惧種の絶滅・減少が防止される。
  13. 目標13:
    作物・家畜の遺伝子の多様性が維持され、損失が最小化される。
  14. 目標14:
    自然の恵みが提供され、回復・保全される。
  15. 目標15:
    劣化した生態系の少なくとも15%以上の回復を通じ気候変動の緩和と適応に貢献する。
  16. 目標16:
    ABSに関する名古屋議定書が施行、運用される。
  17. 目標17:
    締約国が効果的で参加型の国家戦略を策定し、実施する。
  18. 目標18:
    伝統的知識が尊重され、主流化される。
  19. 目標19:
    生物多様性に関連する知識・科学技術が改善される。
  20. 目標20:
    戦略計画の効果的実施のための資金資源が現在のレベルから顕著に増加する。

出典:環境省

 

具体的には、「人々が生物多様性の価値を認識する」(目標1)、「生物多様性に有害な措置を廃止する」(目標3)、「少なくとも陸域の17%、海域の10%が保護区域を通じて保全される」(目標11)などの目標が含まれている。

この「愛知目標」の達成に向けては、国内では国際自然保護連合(IUCN)日本委員会が、「にじゅうまるプロジェクト」を実施している。このプロジェクトでは、市民団体・企業・自治体などが、自分たちのできることを示し、目標への貢献を宣言して登録する。

例えば、「人々が生物多様性の価値を認識する」という目標1に関しては、生物多様性に関する映画の上映や、里山の再生活動、野鳥の生息状況のモニタリングなど、様々な事業が登録されている。2016年1月20日時点までに、248の団体が参加し、計336の事業が登録された。

「MY行動宣言5つのアクション」では、一人ひとりが生物多様性との関わりを日常の暮らしの中で捉えて実感し、身近なところから行動できるよう5つのアクションを提示している。それらは、(1)地元でとれたものを食べ、旬のものを味わう、(2)自然の中へ出かけ、動物園・植物園などを訪ね、自然や生きものに触れる、(3)自然の素晴らしさや季節の移ろいを感じ、写真や絵、文章などで伝える、(4)生きものや自然、人や文化との「つながり」を守るため、地域や全国の活動に参加する、(5)エコラベルなどが付いた環境に優しい商品を選んで買う、というものだ。

こうした身近な暮らしから生物多様性に貢献しようとする人には5つの中から自分でできることを選び、UNDB ―Jが発行している「MY行動宣言シート」に記入することで前述の「MY行動宣言」を行い、行動してもらおうとする取組みがそれである。

UNDB-J が発行する「MY 行動宣言シート」

 

UNDB ―Jは、これらの事業の中から、多様な主体の連携や、取り組みの重要性、取り組みを通じた広報の効果という観点で総合的に判断し、推奨する事業を認定、積極的な広報を展開している。

このほか、UNDB ―Jでは、生物多様性の理解や普及啓発、環境学習に役立つ子供向けの本100冊を、「生物多様性の本箱」として選定する活動も行っている。

「日本の説話の冒頭には、『昔々、お爺さんは山へ芝刈りに』と書かれています。お爺さんが山へ芝刈りに行くのは、日本の自然は人が手を入れなければ、生態系サービスが最大化しないからです。日本人は大昔から説話を通じ、自然と接する知恵の教育を受けてきました。その教えは、元本を使うのでなく、利息で暮らす知恵を磨くことでもあります」

生物多様性がより身近なビジネスの課題に

1992年の「国連環境開発会議(リオ・サミット)」において、世界の国々は気候変動枠組み条約と生物多様性条約に署名した。

「それから20年以上が経過し、気候変動については、人々が体感を持つようになり、昨年末のパリ合意によって1つの目途を立てることができた。しかし気候変動に比べ、生物多様性への認識は、今なお高まっているとは言えません。成長や経済という議論が優先する中で、生物多様性はビジネスの現実感にフィットしないのが原因かもしれません」

他方で、COP 10 では遺伝資源の公平で公正な分配に関する合意もなされており、今後は生物多様性が、食品や製薬、農業、林業などの領域で、より身近なビジネスの課題となっていく可能性がある。

生物多様性に関する企業の取り組みは現在、CSR(企業の社会的責任)が主だが、将来的には企業が事業活動を通じて社会的課題を解決していくCSV(共有価値の創造)が中心になるかもしれない。

このような中、UNDB ―Jでは、生物多様性に関心のある企業を募って、連携を強化する取り組みも進めており、500社以上の企業が参加している。

「人間は地球の生態系ピラミッドの頂点に位置していますが、これは人間が偉いからではありません。人間は他の生き物のおかげで存在しているという事実に目を向け、その恩恵(生態系サービス)を持続的なものとするためにも、生物多様性(生態系・種・個体の遺伝子)を維持する必要があります」

自分たちが生産したものが無駄になるのは良くないという「もったいない(MOTTAINAI)」が世界的に有名な日本語となったが、涌井教授は生物多様性に関しては、「おかげさまで」という意識が重要だと考えている。皆が他の生き物たちに「おかげさまで」と語りかけられる日が来れば、自然との共生に向けて大きく前進できるかもしれない。

涌井 史郎(わくい・しろう)
東京都市大学環境学部 教授

 

『環境会議2016年春号』

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 生物多様性と人類の未来−地域を基点とした環境づくりと人づくり
涌井史郎(東京都市大学環境学部 教授)、進士五十八(東京農業大学名誉教授・元学長)、桝太一(日本テレビ放送網 アナウンサー)、他
特集2 COP21「パリ協定」を踏まえた世界と日本の動き
特集3 「モノ」から「コト」へ 地域の発信力
(発売日:3月5日)

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