2016年4月号

環境会議

生物多様性とローカリゼーション

五箇 公一(国立環境研究所 主席研究員)

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生物多様性という言葉がもてはやされて久しいが、生物多様性の意味や重要性に対する理解が十分に多くの人に得られているとは言いがたい。同時にどれほど生物多様性が危機にさらされているのかも実生活上では実感しづらいところがある。しかし、生物多様性の衰退は、水・土壌・大気環境の悪化や感染症・有害生物の蔓延というかたちで確実に我々の生活にも影響を及ぼし始めている。本文では生物多様性の意義と現状について、解説するとともに、私たち人類の未来を支えるために生物多様性とどう向き合うべきかを議論してみたい。

大絶滅は生物種の減少と新しい種の進化の場を与えた

生物多様性とは、遺伝子の多様性から個体群・種の多様性、生態系の多様性に至るさまざまな階層での多様性を包括する概念をいう。地球上に存在する種は、種名がつけられているものだけでも170万種以上、未発見の種を含めると3000万種とも1億種ともいわれている。これだけの膨大な数の種によって多様な遺伝子プールが維持されると同時に、多様な生態系が全地球上に展開され、地球レベルでのエネルギー流動および物質循環が安定して行われている。

地球上に生存する何千万種もの生物は、種ごとに形態も生活史もさまざまであり、それぞれの種内にも豊富な遺伝的変異が含まれている。このような生物多様性は、今からおよそ38億年前に地球上に生命が誕生して以来、脈々と続いてきた生物進化と絶滅の歴史の繰り返しのなかで誕生したものである。

生物は、その進化の歴史の中で多くの種が絶滅しており、特に大絶滅とよばれる地球規模での生物種の激減を5回も経験してきた。なかでも有名なのは6500万年前白亜紀後期の恐竜の大絶滅である。これらの大きな破局の原因は、大陸移動などの地殻変動や隕石の衝突などの大異変に伴う気候変化と考えられている。

大絶滅のたびに生物種は大幅に減少したが、それは新しい種の進化の場を与えてくれる重要なイベントでもあった。白亜紀後期の恐竜の絶滅によって、それまで影を潜めていた哺乳類が代わって地上で繁栄し、6000万年以上もの年月をかけた進化の果てにわれわれ人類が誕生した。

健全な生態系と人口爆発後の崩壊した生態系

しかし、人類の誕生は、新たな絶滅の歴史の始まりでもあった。人類は先史時代の分布拡大に伴い、地球上の生物たちをつぎつぎに絶滅に追いやってきた。現在の地球上で起こっている生物種の絶滅速度は過去のいかなる絶滅よりも圧倒的に大きいとされる。現在の大絶滅では、熱帯林の奥地から極地の氷上に至るまで、地球上のいたる所に人間活動の影響が及び、新しい種を生み出すための遺伝子資源と進化のための時間が急速に奪われている。

森林破壊は生物多様性の低下をもたらす

世界規模での生態系破壊の中でも森林破壊は最も深刻な問題である。今から8000年前の地球上は、50億〜60億ヘクタールにも及ぶ森林に覆われていた。しかし、人間による土地開発や木材資源の伐採のために、現在では森林の総面積は3分の2の34億5000万ヘクタールにまで縮小し、今もなお消失を続けている。森林破壊でもっとも深刻で危機的状況にあるのが、熱帯林地域である。熱帯林の面積は17億3000万ヘクタールで地球上の全陸地面積のわずか7%を占めるに過ぎない。このわずかな面積地帯に地球上の全生物種の40%以上が生息しているとされる。すなわち、熱帯林は生物多様性の宝庫とも言うべき重要な地域であり、熱帯林の消失は地球レベルの生物多様性減少に直結する。

熱帯林の破壊が加速し続けている背景には、南北問題という社会的・経済的要因が大きく横たわる。熱帯林のほとんどは開発途上国の圏内にあり、これらの国々では爆発的に増える人口を支えるために、また、経済発展を優先するあまりに、自国の天然資源である森林を破壊し、土地開発を急いでいる。

我々日本人も、こうした熱帯林の破壊と無縁ではなく、これまで東南アジアで伐採されている木材の7割は、日本が消費してきた。外材を大量消費する一方で、日本はこれまで天然林からスギ・ヒノキへの植林を進めながら、それら二次林の利用を放棄し、衰退した二次林は生物多様性の低下とともに土砂流出防止機能を喪失し、近年の土砂災害頻発の引き金となっている。

生態系に深刻な影響を与える合成化学物質や生物の乱獲

有害化学物質による汚染もまた生物多様性に多大なダメージを与える。人間は、石油化学を駆使して、農薬や化学肥料、プラスティック、医薬品など多くの合成化学物質を生産してきた。しかし、これら化学物質の中には、自然界に流出することで生物多様性に深刻なダメージを与えるものが多数含まれる。自然生態系の中には存在し得なかった合成化学物質に対して、多くの野生生物は防御機構も分解能力も持ち合わせていない。

特に近年、中国を始めとする新興国における経済の急成長に伴う環境汚染は、国境を超えて生態系に深刻な影響を与えている。かつては公害大国であった日本は、公害対策基本法(現・環境基本法)のもとに徹底した公害対策を行ったおかげで、工業汚染は劇的に改善されたが、一方で国民生活の向上に伴い、消費が増大し、現在日本の河川・沿岸における汚染源の8割は我々個人個人が排出する生活排水とされる。

日本は、生物の乱獲にも大きく加担して来た。1982年時点で象牙世界総取引量の約60%を、タイマイの甲羅を年間30~40トンも輸入していた。さらに、モロッコのタコを毎年2万トン以上乱獲し、絶滅の危機に追いやった。その結果、アフリカゾウとタイマイは、ワシントン条約により国際取引が禁止され、モロッコのタコは政府により禁漁処置が発動された。近年、ニホンウナギが絶滅危惧種に指定されたことが話題になったが、これも日本人が薄利多売で大量に捕獲し、食べ続けて来た結果と言っていい。

外来生物とは、人間の手により本来生息すべき場所から別の地域へ移送され、移送先の新天地で定着と分布拡大を果たした生物種をさす。人間はみずからの分布を拡大する過程でさまざまな生物種の持ち運びを行ってきた。近年、船舶や飛行機など移送手段の発達によって物資や人が世界中に大量に高速移送されるようになり、それに伴いさまざまな生物種も大移動を始めた。生物進化の『常識』をはるかに越えた生物種の大量移動は、多くの外来生物問題を生み出している。加えて、近年の地球温暖化が生物の分布を撹乱し、東京という大都会で熱帯地域の感染症が発生するリスクまで生み出している。

今、地球上で進行している生物多様性減少の根本原因は、人間という生物が爆発的に増加し、地球上のエネルギーの大部分を独占していることにある。本来、地球上の生物は、生態系というシステムの中で物質循環を行い、その生息数のバランスをとってきた。そうした自然循環システムから逸脱した生活を人間が送るようになったことから、生態系に大きな負荷が加わるようになり、生物の生息環境の悪化を招いている。生物多様性の減少は、我々個々人の生活様式と密接に結びついた問題といえる。

では、生物多様性を守るためには、我々はいったい何をすればいいのだろうか? 急激な速度で切り出される熱帯林、汚染される海洋、乱獲される生物資源、溢れ出る感染症...生物多様性をとりまく世界的な問題はいずれも、容易に解決できるものではない。さらに、背後には、経済のグローバリゼーションと南北経済格差という、とてつもなく巨大な国家間の軋轢とかけひきが生物多様性減少の究極的要因として存在している。

生物多様性減少の究極的な要因を、一度に取り除くことは不可能であり、逆に、それが実現可能だったとして、それは我々にとって、生活レベルを一変させることを意味し、全ての人が限られた資源の中で、あらゆることを我慢して生きていかなくてはならなくなる。行きたいところにも行けなくなり、食べたいものも食べられなくなる。燃料消費も抑えて、暑い夏や寒い冬を耐えなくてはならない。農薬や化学肥料も使わず、朝から晩まで畑を耕し、田んぼの害虫と雑草を手で駆除する...

そんな社会を望む人間が多数を占めるとは到底考えられない。環境科学に携わる筆者自身、そんな社会は想像するだけで憂鬱になってしまう。故に、究極的な解決の話を先に持ち出せば、生物多様性保全から多くの人の心が離れてしまうであろう。

地域固有性を重視する

そもそも、「環境」に目を向けることができるようになったのも、安全で安心で豊かな生活を多くの人間が送れるようになったからである。食べること、生きることに必死な時代には、環境や生物のことを考えるゆとりはなかった。むしろそういう時代の人間にとっては、自然は脅威であり、生物は競争相手であり、敵でもあった。生物多様性とは、人間という生物にとっては、心地のいい揺りかごなどではなく、まさに、熾烈な生存競争をかけた戦場だったのである。無力な裸の猿である我々人間は、文明によって、他の生物達との闘いに勝利して、現在の生活水準を手に入れてきた。文明の発達と経済の発展の裏で、多くの生物が犠牲になってきたのは事実だが、今、我々がこうして豊かな生活を送ることができるのは、人間社会の発展があったからにほかならず、それを全て否定することは我々の存在そのものを否定することになってしまう。

しかし、現在の生活スタイルには過剰かつ無駄な消費が多く含まれていることは見直す必要がある。資源やエネルギーの過剰消費とそれに伴う膨大な廃棄物の排出が、環境を悪化させ、生態系システムを狂わせ、生物多様性を減らしている。生態系や生物多様性にかかる負荷を軽減するために個人レベルでわずかな節約でも、積み重ねて行くことは生物多様性のための重要な一歩と言っていい。

次に、自分の身の回りの生物達に目を向けて、自分が住んでいる地域の生物多様性を深く知り、そうした生物相が生息する環境で育まれた地域固有の文化を大切にして、地域産業の育成を図る。いわば、人間社会の地域固有性も保全することで、地域経済が発展し、外国産の食糧や物資の大型輸送に頼らなくても済む社会が生まれ、国全体が、持続型の経済国家へと発展を遂げることも可能となるであろう。

それぞれの国が、そうした地域固有性を重視した自律的な経済発展を遂げることが可能となれば、共存・共生型国際社会が形成され、人間と生物多様性の共生も実現できるのではないだろうか。グローバリゼーション(Globalization)からローカリゼーション(Localization)へ。この意識の変換こそが、今の人間が自らの存続のために求められていることではないかと、個人的には考える。

五箇 公一(ごか・こういち)
国立環境研究所 主席研究員

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