2015年10月号

環境会議

有効な適応策の実行には国としての戦略計画が重要

三村 信男(茨城大学 学長)

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集中豪雨、記録的猛暑、土砂災害......。気候変動に伴うさまざまなリスクにいかにして備えるか。温暖化への根本治療でもある緩和策とともに、世界各国で今、注目されているのが、気候科学・影響予測技術など最新の研究を基にした適応策の実行だ。IPCC第5次評価報告書の主執筆者のひとりであり、適応策研究の第一人者である茨城大学・三村信男学長に、我が国の適応策戦略の現状などについて話を聞いた。

緩和策と適応策を同時に

--昨年、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次評価報告書が公表されました。なかでも第2作業部会報告書(影響・適応・脆弱性に関する報告)は日本で行われたIPCC総会で承認されたこともあって、温暖化リスクに対する適応策への理解は相当に高まってきたのではないでしょうか。

かねて温暖化対策には緩和策と適応策の両面からアプローチすべきと提言してきましたが、ここにきて日本国内での理解もかなり進んできたと思います。

緩和策は温暖化の原因となるCO2(二酸化炭素)などの温室効果ガスの排出抑制、あるいは吸収するというもので、いわば根本治療です。しかし、緩和策を一生懸命にやっても、干ばつや集中豪雨などの事象は実際に起きてしまうので、その都度対応していかなければなりません。

そうした将来のリスクを予見し、先んじた対応を施すのが適応策です。もちろん緩和策によってあらゆるリスクが回避されるならば問題ないでしょう。しかし、現在国際的目標になっているのは2100年までに地球温暖化を2℃以下に抑えるというもの。過去150年の世界の温度上昇が0.8℃ですから、仮に2℃以内に上昇を抑えられたとしても、さらに激しい影響が出ることになります。だからこそ温暖化に対しては緩和策と適応策を同時に実施し、全体のリスクを少しでも低くする両面からのアプローチが重要なのです。

三村 信男 茨城大学 学長

将来のリスクに先手を打つプロアクティブな対策

--従来の災害対応と「適応」とは何が異なるのでしょう。

下水道を整備して衛生面の環境を整えたり、厳しい環境条件に耐えるよう農作物を改良したり、私たち人間は環境や気象の変化に対応してきました。その意味で適応はことさら新しい概念ではありません。今、言われている適応が従来の災害対応などと大きく異なるのは、起きた事象に対してではなく、将来の可能性に対して先手を打つ「プロアクティブ」な対策であることでしょう。まだ起きていない、けれど起きる可能性のあるリスクを予見し、予見的に対応していくのが温暖化における適応の考え方です。

そうした予見的対策を可能にしているのが、気象モニタリング、モデリングなどの科学技術です。もともと日本の気象観測技術は相当にレベルが高いのですが、最近では従来の広域レーダー(Cバンドレーダー)に加え、より詳細に降雨状況をモニタリングできるXバンドMPレーダーの運用なども開始されています。

XバンドMPレーダーは波長が短いため最小250メートルメッシュでの観測ができるほか、雨粒の形状変化を把握して雨量を推定するため非常に精度の高い予測が可能で、観測から配信に要する時間も1分です。2020年の東京五輪に向け、このシステムを使い、ゲリラ豪雨の発生をピンポイントで予測・特定し、情報提供するというプロジェクトが進んでいますが、すでに実用レベルのシステムができあがりつつあります。

--プロアクティブな対応を実現するシステムというわけですね。

災害だけでなく、たとえば農業分野などでも予測モデルを用いた適応策が具体化しています。そのひとつが東北地方で冷害の大きな原因となるヤマセ(冷たい東風)の発生を予測しようというプロジェクトです。

降雨状況をモニタリングできるレーダーは、ゲリラ豪雨の発生もピンポイントで予測できるシステムとして運用中だ。

ここでは全球気候モデルの温暖化予測データを力学的ダウンスケーリング(地域気候モデルを用いた再計算によるデータの詳細化)という手法によってシミュレーションすることで、局地的なヤマセの発生を5日程度先まで予測可能にしています。

この予測データを基に、より高解像度の確率的な気象情報を農業従事者に提供することで、気候変動の影響を最小限に抑えた安定的な農作物の生産体制を構築しようという試みです。

図 気候変動に対する2つの対策

人間社会と環境が適応できる範囲に、温暖化、気候変動を抑制すること

緩和策・適応策の概念図。CO2排出などの根本原因を抑えるとともに、予測および対応技術を基にした適応能力を高めることで、将来の影響リスクを最小化する。

出典:九州大学 小松名誉教授資料を改編

国として計画策定が遅れる日本各省庁での取組みは進む

--そうした個々の先進事例がある一方、国としての戦略はどうなのでしょうか。

残念ながら世界的に見て日本としての温暖化リスクへの適応戦略は遅れているのが現状です。適応はいくつかのフェーズに分かれます。たとえば、既存の施策を強化すべきもの。

あるいは個別の施策では問題に対応しきれないため関連分野が協力する横断的な仕組みを構築しなければいけないもの。さらには極端な脆弱性には、既存の制度そのものを根本的に見直すべきもの。いずれにしても、基本となる国の方針、戦略が非常に重要になってくるのです。

EUでは、2007年に加盟各国に向けて適応戦略に関する提案が出されました。イギリスでは気候変動法を策定し、それに基づいた適応戦略を発表しています。アメリカもホワイトハウス内に適応に関するチームがありますし、アジアに目を転じれば韓国、中国はすでに国家適応戦略を持っています。

これに対して日本は、2015年夏をめどに国としての計画を策定する予定でしたが、それも若干遅れています。

ただし、日本は実質的な対応では進んでいるという見方もできます。防災、農業、水資源、健康など個別の施策、対策は非常に高いレベルにありますし、具体的には各省庁レベルでの取組みは、世界に引けをとらない水準にあります。

--素晴らしい施策や対策を実行していながら、個別最適になっているのがもったいないですね。

そうですね。そこが問題だと言えます。長野県、埼玉県、三重県など、自治体独自の適応計画策定が進む中、国としての方向性や戦略が定まっていなければ、自治体は有効な適応策を実行できません。気候変動の影響は日本全国一律ではありませんから、災害や農業対策にしても、各地方独自の施策が必要です。それは、企業や地域コミュニティでも同じです。地方自治体や企業が有効な適応策を実行するための国の支援も重要になってきますね。

地方の政策立案者への支援
市町村レベルでサポートする

--具体的には地方に対してどのような支援が必要でしょうか。

法整備、予算などいくつかありますが、ひとつ具体例を挙げるなら、先ほど申し上げた科学的な予測データを市町村レベルで有効活用するためのサポート体制でしょう。地域が必要としているのは、ヤマセのプロジェクトでもわかるように地域レベルの局所的なデータです。

ところが現状では、国が持つ研究データから地域のピンポイントデータを抜き出すのは非常に手間がかかるのです。また役立つデータだとしても、環境省、国交省、気象庁など、個々のデータが各省庁にバラバラに存在するため、データへのアクセスも悪いのが現状です。

EUでは今、コペルニクス・プロジェクトという名で、各国の気象、海洋、宇宙開発、食料などに関わる機関が集まり、気候変動に関連する種々のデータを衛星や海洋センサーなどでモニタリングし、しかもそれを1キロメッシュほどの詳細な地域データとして政策担当者に提供するという動きが進行しています。このようなデータの一元的な提供は、政策の実効性・有効性を高める上で非常に大きい。

日本でも個別に見れば、適応策研究の質は決して低いわけではありません。環境省の「温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究」では都道府県単位の温暖化影響予測を発表しています。これも細かく市町村レベルでデータを切りだすことが可能ですが、現状は各政策担当者が使いやすいデータに容易にアクセスできる体制にはなっていません。適応策の立案にとって科学的な影響予測は大きな鍵ですから、日本においてもデータへのアクセシビリティを高めるのは急務だと思います。その意味でも各省庁がパラレルに動くのではなくて、国としての適応策戦略を一元的にマネジメントする組織が必要でしょう。

三村信男監修の科学技術ガイダンスブック。環境省「温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究」(S-8)と文科省「気候変動適応研究推進プログラム」(RECCA)の最新の影響予測技術研究の内容を政策担当者向けに分かりやすく解説した内容となっている。

 

三村 信男(みむら・のぶお)
茨城大学 学長

 

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