GETO Village 「複業」の強みを生かした地域活性への挑戦

岩手県北上市の夏油温泉にあるホテルを引き継ぎ、新たな湯治文化の発信を目指しているGETO Village Inc.の木村祐輔氏。人々が集い、新たな事業が生まれる場「社交の湯」の構築と、未利用温泉水の資源化に取組み、衰退が続く全国の湯治宿の再生と地域活性化への水平展開を構想する。

木村祐輔 東日本高速道路株式会社 人事部人材育成課長/GETO Village Inc. 共同創業者 取締役(NEXCO東日本新事業開発プロジェクト研究 修了生)

MPD仙台校の立ち上げに参加
東北各地のリアルを体感

東日本高速道路(NEXCO東日本)で人材育成の業務に従事する木村祐輔氏。就職活動の際に建設中の第二東名(現・新東名)の現場見学に参加し「地図に残る仕事であり、社会に大きなインパクトを与えられる」点に魅力を感じて入社。その後は新規事業や広報、インド法人設立など、対外的な接点の多いポジションでキャリアを重ねる。

2021年、木村氏はNEXCO東日本と事業構想大学院大学(MPD)による「NEXCO東日本新事業開発プロジェクト研究」に参加。翌年、NEX CO東日本との共同設置によるMPD仙台校が開校すると、木村氏はMPD仙台校に出向となり、東北各地で行うプロジェクト研究などの企画・運営に携わった。その中でも特に印象深いのが、地域活性化を担う人材育成を目的とした「みちのく地域イノベーター養成プログラム」だ。木村氏は3期にわたって運営を担い、東北各地の自治体や企業、起業家らと交流を深めた。

「人口減少の現実を目の当たりにしてモヤモヤ感が生まれました。立場上、教員や院生との交流も多かったので『モヤモヤをモヤモヤのままにしない』というMPD的な視点が身についていたのでしょう、それがGETO Villageを設立する原動力になりました」

国定公園の秘湯のホテルを継承
大きな決断に至った2つの条件

「みちのく地域イノベーター養成プログラム」の受講生の1人が、岩手県北上市に移住していた、後に共同創業者となる村岡葉子氏だった。木村氏は他の受講生と共にフィールドワークの一環として栗駒国定公園の北端にある夏油温泉を訪問。村岡氏が度々訪れているという夏油温泉観光ホテルに宿泊した。そのホテルが経営危機にあるという情報を得たのは2024年のこと。木村氏は当地を再訪してオーナーに話を聞いたところ、1年の半分は豪雪で閉鎖になるため人材確保に苦労し、既存従業員の高齢化を背景に廃業するとのことだった。

「温泉宿の廃業理由でよく聞くのは温泉を汲み上げるポンプの老朽化で、多額の設備投資ができずに断念するケース。しかし、ここは行政が源泉を管理しており、その心配はありません。また、源泉は65℃で自噴し、ホテルに届くころに適温まで下がるので、沸かしなおしも足し水も不要です。この2点が決め手になり、仲間と共にホテルを継ぐことを決意しました」

そこからは早かった。国定公園を管理する林野庁や北上市、金融機関などの支援も受けながら事業承継の手続きを進め、2025年1月には運営会社GETO Villageを共同で設立した。当地は11月中旬から翌4月末まで全館閉鎖となるが、それ以外の期間は村岡氏が女将として常駐し、木村氏は外部からビジネスモデルを持ち込んで経営安定化を図る。

「私はNEXCO東日本に所属したまま、GETO Villageを創業しています。豪雪で半年間閉鎖せざるを得ないという地域のハンデや逆境も『複業』だからこそ乗り越えられる。持続可能なモデルにできると考えています」

北上市や地域住民の反応は予想以上に温かく、設立早々の企業ながら地域おこし協力隊の事務局を任されている。大手製造業の工場が集積している地域だけに「外部人材に対して寛容で、人が行き来することへの受容性があるのでは」と、木村氏は分析する。

2025年秋には携帯電話が圏外となる環境を逆手に取り、デジタルデトックスをテーマにした宿泊プログラムを実施。近隣の工場に勤める30代エンジニアらが参加し、「何にもしない、良い時間を過ごせた」との感想を得た。現在はクラウドファンディングの仕組みを使って、コミュニティ初期メンバーを募集している。一番の目的は資金ではなく、当事者意識を持った仲間を集めること。新たなメンバーと共に2026年のシーズンを駆け抜けたい考えだ。

社交の湯で湯治文化を再生
未利用温泉水に新たな価値を

木村氏の構想の核心は「湯治文化の復活」にある(図)。かつての温泉宿は湯治場で、1週間や1カ月の逗留も当たり前だった。長期滞在するからこそ、そこには肩書を超えた人間関係が生まれ、新しい事業や価値創造の源泉ともなった。木村氏は「日本古来のイノベーションエコシステムである湯治場を再興し、新たに『社交の湯』としていきたい」と抱負を語る。

図 GETO Villageプロジェクト全体図

提供:GETO Village

構想の土台は地域の普遍的な価値にあり、そこに「秘湯にあるプラットフォーム 社交の湯」が立脚する。来訪者は湯治を通して交流を育み、人々のつながりから多種多様な事業が生まれる。来訪者はお客であって共に場を作る仲間でもある。

さらに、未利用温泉水の価値化にも取組む。

「源泉から引いた湯の未使用分はそのまま川に流されています。夏油川に大量に流れていく未使用の温泉水を見ていて、この温泉水を、環境負荷をかけずに新たな資源として活かせないか……そんな思いが湧いてきたのです」

木村氏が着目するのは温泉水を濃縮して運搬可能にする技術だ。天然ガスが「運ぶ技術」の発達によって資源として価値を持ったという話を聞き、温泉水も技術が整えば新たな資源となり得ると考えた。現在、様々な企業と協議を進めており、温泉のない温浴施設への供給、農業への活用を考えている。木村氏は「温泉という地球の資産を、環境負荷を抑えながら有効活用することは世界に対しても大きなメッセージになる」と話す。

まずは夏油温泉で取り組み、モデルが確立されれば横展開したい考えだ。全国には家族経営で人件費をかけず、常連客だけで細々と成り立っている温泉宿が少なくないが、高齢化が進んでいる。未利用温泉水の価値化モデルを確立し、宿泊以外の収入源を持てずにいる施設に新たな収入源としてもらうことで、多様な温泉宿を守っていく。これが木村氏の描く未来図だ。

夏油温泉観光ホテル自慢の源泉かけ流しの内湯

最後に、木村氏は人材育成担当の立場から、この取り組みの意義を説く。

「大企業の課題と湯治宿の課題は表裏一体であるとの仮説を持っています。大企業は挑戦人材を育てたいが、社内リソースには限界があり、湯治宿は経営を変革したいが、家族経営で人手不足ですから、両者をつなげば双方の課題解決につながるのではないかと。本業であるNEXCO東日本にとっては、道路という線のインフラに携わる人間が、地域という面の当事者になり、地域の活性化に貢献していく。地域目線を持った社員が増えていくことは、地域を支える高速道路会社にとっても大切なことであると考えています」