複雑化する社会で求められる実務家教員像 その定義の探究

実務家教員の求められる背景

前回は、Society5.0から実務家教員のもとめられる社会背景について敷衍してきた。Society5.0という社会で、そもそも実務家教員が求められるのはなぜか。筆者は、知識の利活用を促進させるためであると考えている。ここでいう知識とは、科学的な、あるいは学術的な知識に限らない実務実践の場において成果を出すための実践知も含まれる(実践知)。わたしたちが実際に社会生活を営むときに、どのような知識が使われているのか。もう少し言えば、知らない間に私たちは学問的な知識を使っている。その使い方を実務家(教員)は知っているのである。高等教育の無償化で実践的な教育が求められているのも、実際には大学で学んだ知識を実社会で生かす方法まで教育する必要があるということなのだろう。

知を取り込む手段として

事実上、実務家教員が大学で活躍できるようになったのは、昭和60(1985)年の大学設置基準の改正からである。大学設置基準には、教授、准教授など大学教員となれる要件についても定められている。昭和60年の改正では、大学の教育研究の一層の発展を図るためには、ひろく社会に人材を求め、優れた知識および経験を大学において活用することが必要である、と述べられている。だからこそ、すぐれた知識および経験をもち、教育研究上の能力があると認められる者にたいして大学教員の資格を認めることになった。この改正以前は、アカデミックキャリアを積んでいなければ大学教員の要件に当てはまらないものとされていたのだ。

時代背景から考えてみると、高度経済成長が終焉し、低成長期に入った1980年代は社会の変化に応じて大学も教育・研究の体制や内容を変える必要があったのではないだろうか。大学は社会にある多様な知を取り込むために、アカデミックキャリアを積んでいない各界の実務者の知識や経験・総合的な知見を獲得しようとしたのではないだろうか(大学の知の取り込み)。

法令にない「実務家教員」

実務家教員に大きな使命が課せられたのは、専門職大学院制度が創設されてからだった。専門職大学院とは、法科大学院や教職大学院を含む「高度専門職業人」の養成を主たる目的とした修士課程相当の大学院である。高度専門職業人とは、社会経済の各分野において指導的役割を果たす、高度で専門的な職業能力を有する人材と定義されている。

高度で専門的な職業能力を養成するには、それぞれの分野で活躍する実務者の知見を得ることが重要になってくる。そこで専門職大学院には、専任教員のうちおおむね3割以上は実務家教員を配置することが求められているのである。

専門職大学院で求められる実務家教員は、おおきく2つの要件からなっている。第一に、当該分野における実務経験・実務能力を有すること。第二に、教育指導能力を有していることである。実際に、実務家教員の要件について明文化されたのは専門職大学院設置基準からであったが、さきに述べた昭和60年の改正の段階で既に、当時の文部省から通知で言及されている内容であった。

社会にある多様な知を大学に取り込むために、実務経験と教育指導能力を有する教員が求められている
(写真はイメージ)

※大学設置基準の一部を改正する省令の施行について(昭和六十年二月五日文高第八五号)