リカレント教育時代の新しい職業 社会人教授と実務家教員の違い
実務家教員とは
前回は、実務家教員について、定義、求められる背景、生み出す知識、養成のおおきく4つの観点から研究の方向性について示してきた。もちろんそれぞれの観点はそれぞれ接続している。今回からはこれらの観点から実務家教員研究の概説をおこなっていきたい。
世の中には、実務家教員のほかに社会人教授や副業先生などさまざまな名称がある。下手をすると実務家教員よりも浸透している名称がありそうだ。『社会人教授』であったり『ビジネスマンが大学教授になる方法』など巷にはそういった本も多くある。しかし、筆者はこうした社会人教授と実務家教員では全く異なるのではないかと考えている。
筆者は実務家教員を「自分の実務経験・実務能力を基盤にして、(大学などの高等)教育機関で、教育研究にあたる者」と定義している。
実務家教員と社会人教授の違い
実務家教員を社会人教授というのは全て間違っているとは言えない。つまり、大学での教育研究以外の職務経験をもっている大学教員という意味では、社会人教授というのは正しい。しかし、社会人教授という言葉は誤解を生みやすいと考えている。語弊を恐れずにいえば、巷にある「社会人教授」の本にかかれているものと「実務家教員」は趣旨が異なっている。
社会人教授は、あくまで社会人としての経験がある研究者教員を指しているように考えられる。たとえば、ある人が民間企業でマーケティングの業務に従事していたが、あることをきっかけに学部時代から学んでいた物理学を研究する大学院へ進学し、大学教員へキャリア転換する。この事例の場合、自分の実務経験や実務能力(ここではマーケティング)とは関係のない領域(物理学)の研究を行っている。ここでは社会人経験を経て、アカデミックキャリアに転換しているに過ぎない。すなわち実務経験・実務能力とその後の教育研究活動は連続していない。
それに対して、実務家教員は自分自身の実務実践を基盤として指導にあたる教員を指すと筆者は考えている。たとえば、ある人が民間企業でマーケティングの業務に従事しており、それらの業務実践をもとに教育に従事する場合が挙げられる。このとき、マーケティングの研究をする大学院に進学するしないに関わらず、自分の実務経験・実務能力と教育研究活動が連続しているか否かがポイントである。実務実践と教育研究活動が連続していれば、それは実務家教員であるといえる。学術領域というより実務領域からのアプローチが重要なのだ。実務家教員は、自分自身の実務経験や能力を体系化させたうえで教育指導にあたっているといえる。
研究手法の違い
社会人教授と実務家教員の違いを考えると、自ずと両者の知識の作り方にも違いがあることが見えてくる。
社会人教授は、あくまで実務経験のある研究者教員である。社会人教授にとって、自分の実務経験(先の例でいえばマーケティング)と研究対象(先の例でいえば物理学)は、別物である。実務経験と研究対象からは距離をとることができる。
それに対して、実務家教員は自分の実務経験と研究対象が同一になってしまう。自分自身が研究対象となる。これを専門的な言葉でいえば「自己観察」とか「自己言及」という状態になる。要するに研究対象に対して距離を取ることが難しい。これまでとは少し異なる研究手法が求められるということになる
さらに、実務家教員の定義と接続するかたちで、実務家教員に期待されている役割を考えていかなければならない。実務家教員に期待されている役割から、社会がどのようなことを実務家教員に求めているのかを理解することは不可欠である。次回はこの点について検討していきたい。