日本の価値と可能性 クリエイティビティの視点で考える
社員一人ひとりのクリエイティビティを高め、新規事業をつくって企業の競争力を高めるにはどうしたらよいか。クリエイティビティの涵養を重視する2つの教育機関、デンマークのビジネススクール・カオスパイロットと学校法人先端教育機構 事業構想大学院大学の2人の専門家が議論した。
カオスパイロットは、デンマーク・オーフス市にある3年制のビジネススクールだ。新しい知識を求め活動する、行動志向の人のための教育プログラムを提供している。絶え間なく変化する現実に合わせて変わるニーズを理解し、主体的に学ぶ学生を支援しており、特にクリエイティビティに関する教育で評価されている。今回登壇したクリスター・ヴィンダルリッツシリウス教授は、2006年から2024年まで同校の校長を務め、現在はブラジル・サンパウロビジネススクールなどで起業家教育に携わる。
オーフス市はユトランド半島の中央に位置するデンマーク第2の都市だ
Photo by chemistkane/Adobe Stock
クリエイティビティとは何か
田中 まずはクリエイティビティとは何か、その定義から確認をしたいと思います。私の考えではそれは「限られた条件や制約の中でも、それらを活かしながら最良のパフォーマンスを出すために工夫をしてアイデアを形にまとめていくこと」です。グローバルな視点から、クリエイティビティとはどのようなものだとお考えですか。

田中 里沙 事業構想大学院大学 学長
クリスター 私はスウェーデン出身で、日本とは全く異なる環境で育ってきました。自分自身のバックグラウンドの中から定義していきたいと思います。まず私がクリエイティビティの要素として重要だと感じているのは行動です。行動することによって、今はまだ存在しない価値をつくっていくということです。少し違う言い方とすると、クリエイティビティとは現実の中にある可能性を引き出していく行為とも言えます。

クリスター・ヴィンダルリッツシリウス
サンパウロビジネススクール ほか教授
また、クリエイティビティはだれもが持って生まれてくるものだと考えています。ただ、人間というものはそれぞれ異なるものです。各人にはその人なりの優れたクリエイティビティがあり、それぞれに応じた方法で評価すべきです。
田中 クリエイティビティは行動あってのもの、行動がその要素であるとのお考えには共感をします。事業構想大学院大学では、発着想からの実践、まず対象顧客にとその市場を開発するための姿勢を重視していて、考え方が非常に似ていると思いました。人々が持つクリエイティビティを引き出したり、強化したりするために良い教育カリキュラムやトレーニングはあるでしょうか。
クリスター 古いスウェーデンのことわざで「思考も行動のうち」というものがあります。考えているということも、行動の一部であるということです。同時に、自分の頭の中で考えているだけでは、他の人にそれを伝えるのは難しい。アイデアをモノとして具現化する、他人に説明できるように言葉にしてみるということは大切です。
誰もがアイデアを出すための
“安全な”環境づくり
田中 カオスパイロットにおける14年間の活動を通じて、どのように学生のクリエイティビティを高めていったのかをご紹介ください。
クリスター カオスパイロットは多様な人たちが集まる学校です。年代は主に20~40代ですが、とても若い人もいれば社会経験がある人もいます。読み書きに困難がある人も、博士号を持つ人も、起業経験がある人もそうでない人もいますが、共通しているのは、何らかの形で自分を変えたいという思いが強いということです。それをすべて受け入れ、包摂的な教育を実施するのがカオスパイロットの特徴です。
私たちは、カオスパイロットに入学する学生一人ひとりにクリエイティビティが備わっていると考えるところから出発しました。そして我々の仕事は、学生の中からクリエイティビティを引き出すことではなく、その阻害要因を取り除くことだと考えています。失敗を恐れる気持ちはクリエイティビティを阻害しますので、学校の中での心理的安全性を確保することが重要です。同時に、学生が不確実性を受け入れる必要もあります。クリエイティビティは安全地帯にではなく、不確実性の高い境界領域に存在するためです。学生が不確実性を許容してクリエイティビティを発揮するためにも、そのための環境づくりが欠かせません。
田中 私どもの学校法人にで研究をする人たちとの共通点が多くて驚きます。カオスパイロット発のプロジェクトをご紹介いただけますか。
クリスター カオスパイロットは小規模な学校ですが、1年間に約200プロジェクトが実施されています。学生皆が何らかの創意の芽を持っています。卒業生の中には起業して成功をおさめ、注目を集めている人もいます。
デンマークでの事例を1つ紹介します。カオスパイロットの卒業生が創業したPostevand社は、環境負荷の低減を目指し、水道水を紙パックに詰めて販売しています。同社の初期の製品パッケージには「この製品を買わないでください。水は家から持ってきてください」と大きく書いてありました。
この事業の背景には、次のような事情があります。デンマークの水道水は世界有数の衛生基準を満たすきれいな水です。しかし店舗では海外から輸入したミネラルウォーターのペットボトルが大量に販売されています。Postevand社の人々は「この流れを変えたい」と話していました。プラスチック容器は環境負荷が大きく、また高品質な水道水がある以上、わざわざ海外からボトル入り飲料水を購入する必要はないと考えたのです。
ビジネスをつくるクリエイティビティの観点から分析すると、これは新ビジネスにハイテクは必須ではない、といえる事例だと思います。身近な課題に目を向け、「こんなものがあればよい」を形にする視点こそが、次のビジネスの芽を育てるカギとなります。
田中 先ほど心理的安全性の話題が出ました。新しい事業やビジネスモデルをつくるには、企業が社員の創造性を受け入れ、何かを成し遂げようとしている人を応援したり協力できる企業文化や社会風土が大事だと考えています。
クリスター まさにその通りです。企業の規模が大きくなってしまうと、「今はない価値の創出」を継続していくことが困難になる場合があります。個人のクリエイティビティを組織の創造性につなげるというのはとても難しい。個人のひらめきが輝いた時に、それをシステムの中に持ち込めるようにすることが大事な一歩ではないかと思います。創造性は皆が持っているものですが、それを事業化につなげるにはシステムが必要で、そのために社内風土・文化の醸成が不可欠だと言えます。
セミナーは東京・南青山の学校法人先端教育機構のセミナーホールで開催され、起業家や経営者、組織のリーダー層などが全国から参加した