萩原工業 挑戦を支える「おもしれぇ 直ぐやってみゅう」の精神
前身となる萩原商店の創業以降、130年以上にわたって岡山県に根差して発展してきた萩原工業。中核技術の「フラットヤーン」を大事にしながら様々な新規事業開発に挑み、ニッチトップ企業の座を確立している。業界の垣根を越えた同社の挑戦の経緯と今後の構想について、社長の浅野和志氏に話を聞いた。

浅野 和志(萩原工業株式会社 代表取締役社長)
ござ屋が生んだ合成樹脂製の糸
「フラットヤーン」で急成長
萩原工業の前身は、1892年に倉敷市で創業したござ問屋の萩原商店だ。倉敷は海を埋め立ててできた干拓地であるため、綿花やい草のような作物しか育たない土地だった。そのい草をござにして日本全国やアメリカに売る問屋を始めたのが、同社の創業家である萩原家だった。同社の事業は順調に成長していったが、大きなターニングポイントを迎えたのは戦後の1962年だ。
「当時のござは、ヨコ糸はい草で、タテ糸は綿で作られていました。二代目社長が、この綿の糸をプラスチックにしたら、より強くて面白い織物ができるのではないかと考えたのです。綿は品質が安定せず、相場で値段が変わるというデメリットもあったので、プラスチックを使った糸を自分たちで作ろうということになりました」と語るのは、同社代表取締役社長の浅野和志氏だ。
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