飯田市、NTT東日本 現場から描くスマートシティ構想

人口減、人材不足、教育や生活の格差拡大...。地域の社会課題の解決にはICT活用が不可欠な時代になっている。2020年1月8日飯田市役所にて開催した、市長や東日本電信電話株式会社(以下NTT東日本)長野支店長が参加した「ICT活用首長円卓会議」の模様をレポートする。

飯田市上村下栗地区。景観の美しさ、自然と暮らしの調和から、「日本のチロル」と言われる

成長した若者が故郷に戻る
「人材サイクル」の構築を

長野県飯田市は人口約10万人。長野市、松本市、上田市に次ぐ第4の都市で、南信州の中心的な都市である。城下町の面影を残す中心市街地から「日本のチロル」と呼ばれる山村まで、合併による旧町村等を単位とした20地区により構成されている。2027年にはリニア中央新幹線の開業が予定されており、地域の暮らしや産業に大きな影響を及ぼすだろう。まちづくりの総合計画「いいだ未来デザイン2028」では、人口減少が加速していく中、リニア時代を見据えて25年先(2045年)に交流人口を定住人口の2倍にし、暮らしや経済を維持できるような魅力的な地域づくりのビジョンを示している。

公開インタビューは司会の事業構想大学院大学 産官学連携本部長 織田竜輔から飯田市長 牧野光朗氏に、「いいだ未来デザイン2028」の教育分野の目標「地育力が支える学び合いで、生きる力をもち、心豊かな人材を育む」についての質問から始まった。

飯田市では高校卒業時に若者が地域外に流出する人口減少の課題を捉え、卒業後も地域との関係を持ち続け、一旦はこの地を離れても子育てをする頃には帰ってくる「人材サイクル」の構築をめざしているという。

「この地域を出る前にいかにこの地域のことを学び、価値観を育て、生きる力をつけてもらうかが大事なのです」と牧野市長は語る。市では小・中学校から高校まで、学校教育と地域を結びつけるさまざまな取り組みを行っており、中山間地の小規模な学校から中心市街地周辺の大規模な学校まで、すべての子どもたちの豊かな学びを支えるツールとしてのICT活用を推進している。国も「Society 5.0」で実現する超スマート社会を担う人材を育成するために、大型補正予算を組んで3人に1台だったパソコンを4年かけて1人1台にする動きを支援している。

「単に1人1台のパソコン配置を実現すればよいのではなく、ICT教育を担える教職員の人材育成が非常に大事なのです。ICT化というのは活用する側がどんなやり方が効果的か、いいシステムになるのかをしっかり考え進めることが重要」と牧野市長。

牧野 光朗 飯田市長

また、ICT教育については大容量の情報を中山間地で扱う通信環境を備えていく課題もある。例えば地元CATV網と通信網が一緒になってそれぞれの強みを生かすなど、負荷の少ない方法を考える必要もあるだろう。

ハードありきではなく、現場ニーズを基にしたネットワーク作りからスタートして成功事例となったのが、2011年から運用が始まった[ism-Link](飯田下伊那医療情報連携システム)だ。当初は飯田市立病院を事務局に域内の5つの病院による診療情報の共有・連携を行ってきたが、現在では南信州広域連合が事務局となり、医師会や薬剤師会も参画して医療・介護の連携を図るためのプラットフォームとして活用が広がっている。現在では全住民の18%超に上る2万9千人が加入し、極めて高い加入率を誇る。「わたしは職員に『当事者意識』の大切さについて、常に自分の仕事に照らしてICTをどう活用すればもっとよくなるのかを考えるように伝えています」と牧野市長は語った。

図 飯田下伊那診療情報連携システム[ism-Link]

出典:飯田市資料

 

続いて会場では飯田市役所職員および教育・医療従事者40名とともに、ICTを活用した教育と医療に関する公開ディスカッションを行った。

 

当日の公開ディスカッションでは、産官学のそれぞれの立場から、さまざまな意見が出た

すべての子どもに豊かな学び
なぜ教育にICTが必要なのか

飯田市では、教育にICTを導入する目的を3つに定めている。

1、 小規模校・少人数学級において多様性を育む。

全校生徒数が10名程度の小規模校では、きめ細やかな指導は充実するが、多様性を育んだり、切磋琢磨したりできる環境かといえば課題が残る。そこで、モデル地区の遠山校区では、小学校2校、中学校1校を遠隔システムで結び、合同授業や海外と結んでの英会話の授業、さらには、信州大学と連携したプログラミング授業などを行い、小規模校のハンディをクリアする試みが行われている。

2、 特別支援学級や教室に馴染めない児童・生徒への支援をする。

全国的に見ても、特別な支援を必要とする児童・生徒や、学校に登校できない児童・生徒は増加傾向にある。個別の端末と有効なアプリケーションを導入することで個に寄り添った支援やどこでも学べる場所の提供を通じ、一人ひとりの学力の保証をめざす。

3、グローバル社会を見据えた、思考力、判断力、表現力を育む。

これからのグローバル化する社会を生き抜いていくためには、知識を習得してそれを瞬時に再生するといった今までの学力ではなく、獲得した知識をもとに自分なりの考えを相手に伝えていく力が不可欠。そのためにICTを有効に活用し、教師が一斉一律に教える授業から、お互いの違いや良さを認め合う授業スタイルへの転換を図る。

 

教育ICTの先進地である佐賀県武雄市で小・中学生全員に1人1台タブレット端末の導入に携わり、2016年度から出身地である飯田市に戻った代田教育長は「グーテンベルクの発明に並ぶような劇的な変化が起こっている」と言う。

一部の特権階級のものだった学問や知識が、活版印刷技術により大量の印刷物ができるようになって、誰もが所有できるものになり、社会の変革を引き起こしたように、1人1台のタブレット端末やデジタル教科書などの導入は、授業のやり方や教師の役割、学校のあり方までも変えてしまうかもしれない。

通信技術やテクノロジーの進化により、授業に参加している全員の意見が瞬時に共有できたり、議論を深めた思考プロセスが可視化できたりするなど、学びの過程がこれまでとは全く変わってくるだろう。しかし、そういった変化に対応できる教師はまだ少数で、意識改革を含めて教師の力量の向上が課題だと代田教育長は捉えている。

中央教育審議会の委員でもある牧野市長は、教育系の大学のカリキュラムの見直しや、教職員のICT再教育なども提言しているという。

関係者がONE TEAMで育てた
医療情報連携システム

地方都市における医療リソースの不足は全国的な傾向であり、飯田下伊那地域医療圏も例外ではない。少ない医師数の中で、救急車のたらい回しがないように病院の輪番制や、病院と診療所の役割分担による休日夜間の診療態勢を構築してきた。産科の医師が少なくなった際には分娩の受け入れ危機を乗り越えるための話し合いを重ねて対応してきた。

前出の[ism-Link(] 飯田下伊那医療情報連携システム)の成功も関係者がみんなで知恵を出し合う「共創の場」があったことで、ICTが地域に根付いたといえる。ただ、当初は誤解もあり医師会の先生から「何を勝手に進めているんだ」と叱られたこともあったという。しかし、そこで諦めるのでなく、「話し合いを重ねる中で『情報の共有と方針の統一が重要』と教わった」と飯田市立病院事務局長の宮内氏は振り返る。

電話やファックスでの連絡では1対1でたくさんのやり取りが必要となるが、[ism-Link]を使えば一人の患者の情報がいくつもの関係先に瞬時に共有できることから、在宅医療の現場で試験的に活用してみた。

在宅の看取りでは、病院の主治医、往診する診療所医師、在宅医療を支える訪問看護師やケアマネージャーなどが皆で情報共有を行う。これらの活用事例を地域内に紹介することで医療連携だけでなく医療・介護への連携に活用が広がり、南信州広域連合が[ism-Link]の事務局を担って地域全体で進めるところまで体制が整ってきた。

現在進められている薬局での活用も、それぞれの関係者が「当事者意識」をもって参加することで、当地域独自の活用法が広がっているという。

全国の医療ICTの状況についてNTT東日本 長野支店長の岩井氏に解説いただいた。全国に200以上ある医療連携ネットワークは公費を500億円以上かけて整備され、登録者数は国内人口の1%に止まっているとの報道もある(日本経済新聞2019年3月15日)中、[ism-Link]は「稀に見る成功例」と言える。他の地域でなぜ普及が進まないかといえば、電子カルテごとにフォーマットが異なるため、蓄えられたデータの相互連携が難しいことなどが挙げられるという。「[ism-Link]のお話を聞くと、まさに関連する人たちで連携・相談して進めることの大切さがわかります」と岩井氏は語った。

岩井 修 東日本電信電話株式会社 長野支店長

NTT東日本には5年にわたってMMWIN(みやぎ医療福祉情報ネットワーク)に関わってきた事例などがある。東日本大震災でカルテなどが流失したことを受けて整備された医療福祉情報ネットワークで、参加施設は約920、加入患者数約10万3千人(2019年7月1日現在)と規模は大きいが県民の4.5%程度の加入率となっている。

岩井氏は、[ism-Link]が成功している理由について、もともと多職種の連携があるところにシステムを組み込んでいったことにあるのではないかという。[ism-Link]の運用実績のレポートを見ると、「連携ノート」の活用率が圧倒的に高い。例えば、介護職が午前中に何をし、訪問看護がそれを見てどう対応したかということが細かく記録されていると思われる。この取り組みは他自治体でも大変参考になる取り組みであると考えられる。

牧野市長によれば、[ism-Link]を始めた頃は、参加している病院はそれぞれ別のサーバーを使っていたという。しかし、それでは個々の費用対効果は出にくく、やっていくうちに情報インフラは公共財産と捉えた方がよいのではと思い至り、医療圏をカバーする南信州広域連合がサーバーを持つことにしたそうだ。

やってみて見えた課題に対処する「ニーズオリエンテッド」の考え方で仕組みが作られてきたからこそ、そういう気づきが得られたのだと牧野市長は話す。

先進的な取り組みから次世代の
スマートシティ像を提言する

最後に岩井氏、牧野市長に、ICTの活用課題やICTソリューションについて、教育・医療以外の分野についての展望を聞いた。

岩井氏は、「いよいよ2020年を迎え、飯田ではリニア開通に向けて、世の中が変わる節目の年になりそうな気がします。一方で異常気象による災害や、加速する人口減少など、地域の課題がいくつも顕在化しています。わたしたちは地域に根ざしたICTソリューション企業であり、そこで生活している社員がいるからこそ、例えば、昨年の令和元年台風でり災証明を2週間で5000件出したいといった要望にも迅速に応えることができる。り災した現場の写真をモバイル端末で撮るだけで、GPSが住所を判断して住基データなど必要な情報との括り付けを行い、被災台帳を作り、り災証明を自動的に作成する。紙だけじゃなくて台帳があるからこそ、何度でも他の場面でも活かせるのです。この『被災者生活再建支援システム』は、東日本大震災以前から各地で起こった災害などを踏まえ、進化させてきたものです。地域の一員として、地域の課題を解決する新たな一歩を、皆さまと一緒に踏み出していきたいと思います」と話す。

牧野市長は「一つは『Society 5.0』に向けた政策の中で、ICT教育によって担い手となる人材を育成する。もう一つはスマートシティを描くことだと考えています。スマートシティの取り組みは10年ほど前から始まっていますが、手挙げ方式による点の議論に留まっている。リニア時代には、スーパー・メガリージョンという3大都市圏をリニアが一体化し大都市圏を形成する。その中に飯田市も組み込まれる。スーパー・メガリージョン構想の中にスマートシティを取り込むような面的な考え方が必要だと考えています。『Society 5.0』にふさわしい地域を、ICTを活用しどう創っていくのか。私達がやってきたことが面的に広がっていくことを考えていく。例えば、私達にはスタンダードな[ism-Link]も他地域では実現できていない。それはなぜなのかを私達自身も気づき発信していく。ICT教育も1人1台パソコンをどう活用して、効果を出していくのか、明らかにしていく。当地域のリニア駅周辺整備を進める議論の中で出ているエネルギー政策やMaaSなどについても、はっきり見えないスマートシティ像を、現場から『こういうものではないか』と実装化し発信することで、点から面へ広がっていけばと考えています」と話し、会議をしめくくった。

ミニセミナー 「スマートイノベーションラボ」活用のススメ

公開インタビューとディスカッションの合間に、岩井修NTT 東日本長野支店長によるミニセミナーが開かれた。AI、5G、ICT、IoT、RPA、これらの用語を新聞で見ない日はなく、興味はあっても自組織での活用に取り組めていないケースが多々ある。そこでNTT 東日本が設立したのが「スマートイノベーションラボ」だ。ラボとしてAI・IoT 技術検証環境を準備し、自治体やパートナー企業、大学などによるAI・IoT 技術を活用したビジネスモデルの早期実現および社会実装を加速させ、社会課題の解決に貢献する取り組みだ。現在、製造業における部品の外観検査をAIなどで行えるか検証し現場導入に向けて詳細検討を行う事例などが進行中である。また、ICTの活用には、通信ネットワークも不可欠だ。昨年の長野市における台風被災時の通信インフラ確保など、すぐに現地に駆けつけ対応できるのも、地域に人材やアセットをもつ同社ならではの強みだ。

 

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東日本電信電話株式会社
円卓会議事務局

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