富山市、暮らしやすさの整備で「人々の回遊」を促進 市民目線で進めるまちづくり

少子高齢化が進む中、持続可能性のある「都市経営」を行っていくには、どのような戦略や哲学が必要とされるのか。富山市をモデルケースに、特に住民参加や住民目線の施策に注目しつつ、学識者や政策関係者が研究会を開いて議論した。

LRT導入で市民の行動に変化

人口減少や少子高齢化が進行する中、富山県富山市では、コンパクトシティを目指す政策を進めてきた。ハード面では、次世代型路面電車(LRT)の「富山ライトレール富山港線」をはじめとする公共交通機関などを整備し、また住民が外へ出て、まちを回遊したくなるようなソフト面の事業も充実させてきた。

2015年に富山ライトレール沿線に住む1,300世帯を対象に行われたアンケート調査では、「富山ライトレールは自分の行動を変化させたか」という質問に対し、54.3%の人が「何らかの変化があった」と回答した。特に70歳以上では、26.7%が「各種活動に積極的に参加するようになった」とし、「友人、知人と会う回数が増えた」という人も26.7%に上った。

「アンケートの結果から、富山ライトレールの開業が住民の各種活動への積極的な参加を促し、高齢者では友人や知人の付き合いが増えているとわかりました。富山ライトレールは、ソーシャル・キャピタル形成にも寄与しているといえるのではないかと思います」

山本貴俊氏(富山市企画管理部 企画調整課長)

富山市企画管理部企画調整課長の山本貴俊氏は、その効果についてこう説明する。各種活動への参加や高齢者における付き合いの増加は、「ボンディング(結束型)」と「ブリッジング(橋渡し型)」の双方のソーシャル・キャピタル形成で、一定の効果があったことを示唆する。

一方、市中心部で整備・運行している「環状線」(セントラム)に関する調査では、セントラムの利用者は、自動車利用者よりも市中心部での滞在時間が長く、消費金額も多いという結果が出た。調査結果はさらに、環状線の存在が住居の選定や居住の安心感にもつながっていることを示していた。

ハード面での整備と共に、市では市民の「生活の質(QOL)」を高めるため、様々なソフト面の事業にも取り組んでいる。例えば、「おでかけ定期券」事業は交通事業者と提携し、65歳以上の住民を対象に、市内各地から中心市街地へでかける際、路線バスや路面電車を100円で利用できるようにする取り組みだ。対象となる住民は年1,000円の負担金で、この制度を利用できる。また、「孫とおでかけ」事業は、祖父母が孫と一緒に公共施設を訪れた際、無料で施設を利用できるようにするものだ。現在、科学博物館やガラス美術館など市内の14施設がその対象となっている。

市では医療や福祉でも、ソフト面の充実をはかっている。例えば、「富山市まちなか総合ケアセンター」には、機能強化型の在宅療養支援診療所「まちなか診療所」のほか、育児に不安がある母子を支援する「産後ケア応援室」も設置している。さらに、体調を崩した子どもの保育を行う「病児保育室」など様々な形で市民をサポートする。

都市経営の中心はハードからソフトへ

「コンパクトシティに向けた政策では、持続可能な都市構造への転換を暮らしやすく住み良いまちにつなげていくことが重要で、富山市は基本的にその方向へ向かっていると思います」。東京大学都市工学専攻准教授の中島直人氏は、市の政策をこう評価する。

中島直人氏(東京大学工学部 都市工学専攻准教授)

「市ではLRTだけでなく、市中心部で市民のニーズに対応した様々な施設も整備しています。これらの試みが組み合わさった結果、市民の行動変化につながっているのでしょう」(中島氏)

一方、東京大学都市デザイン研究室助教の永野真義氏は、「ハードだけでなく『おでかけ定期券』のようなソフトまで、さらにトップダウンから市民の目線まで、自治体がここまでやるかというくらい包括的な政策が展開されています」とした上で、「例えるなら市が展開するのは『公助』の部分ですが、市民の参画を前提とするものになっています。これが『共助』や『自助』を引き出し始めている。真の意味でサステナビリティがあるまちになっていくのではないでしょうか」と述べた。

永野真義氏(東京大学工学部 都市デザイン研究室助教)

都市経営の観点では、ターゲティングが可能な企業のマーケティングとは異なり、自治体は基本的にすべての住民にサービスを提供する必要がある。また人口減少に加え、住民のニーズが多様化する中、より細やかなサービスが求められている。

この点に関して富山市政策参与の深谷信介氏は「市ではハードを整備するだけでなく、その使われ方や使い勝手の良さも考慮しながら政策を進めています。また潜在的なニーズをしっかり捉え、必要性が高いものや暮らしやすさとリンクする事業を次々に進めています」と強調した。

深谷 信介氏(富山市 政策参与)

CSR/SDGコンサルタントの笹谷秀光氏は「持続可能性に関しては、都市は経済・環境・社会の様々なシステムが重なり合う『システムの塊』ともいわれ、『持続可能な開発目標(SDGs)』では11番目が都市に関する目標となっている」と解説した。また、この点に関しては「富山市の政策は『誰一人取り残さない』という包括性の点で、目配り力が生きています。また、行政が仕組みを提供する一方で住民の主体性を重視する参加型になっている点も、SDGsに沿っています」と述べた。

笹谷秀光氏(CSR/SDGコンサルタント、伊藤園 顧問、未来まちづくりフォーラム実行委員長)

一方、事業構想大学院大学学長の田中里沙は「経営の課題を整理すると、顧客開発・顧客満足・人材育成という3つになる」と指摘したうえで、「都市経営において顧客開発は、市民に気づきを与えて生き生きしてもらうことで、顧客満足は市民の満足、人材育成は関わる人たちを育てることです。富山市の政策を見ると、これら3つがうまく循環すれば、素晴らしい経営と継続的な成長が担保できるのだと実感します」とその取り組みを評価した。

人口減少が進む中、富山市ではその速度を鈍化させ、ソフトランディングすることを目指している。今後も20~30年後を見据えた総合力の高い都市づくりを目標に、様々な政策を展開していく方針だ。