変革期の地銀の人材戦略 顧客課題解決と「構想力」で地域の未来を拓く

社会背景の変化や規制緩和等に伴い、地銀に求められる役割は変わりつつある。今回、中期計画で「人的資本経営」を強く押し出したひろぎんホールディングスの部谷社長と金融庁の新発田審議官を迎え、今後の地銀に求められる機能と、それを実現するための人材や教育をテーマにセミナーを実施した。

株式会社ひろぎんホールディングス 代表取締役社長
部谷 俊雄氏

中期計画の策定にあたり
公募で若手を抜擢

部谷 ひろぎんホールディングスは、広島銀行を母体に2020年10月に設立されました。「お客さまに寄り添い、信頼される〈地域総合サービスグループ〉として、地域社会の豊かな未来の創造に貢献します」というビジョンを掲げ、『幅広いサービスを通じて、地域社会と共に、「未来を、ひろげる。」』をパーパスとしています。言い換えれば、地域の成長発展なくして、グループの成長はないと考えているということです。

松江 「中期計画2024」の策定にあたり、公募で若手を抜擢し、多様なアイデアを引き出したというプロセスが印象的でした。

鼎談のファシリテーターを務めた社会構想大学院大学 教授/
事業構想大学院大学 客員教授 松江 英夫氏

部谷 10年後に現場にいない人間から「やらされる」のではなく、中核として働くことになる若手に、当事者として考えたことを自ら実践してもらいたいという趣旨です。2022年10月に約70名の公募から16名を選び、「未来創造タスクフォース」を結成。経験が浅いだけに、悪く言えば視野が狭く、一方通行の議論になりがちな面はありましたが、私自身が若い頃に思っていたようなことを、いまの若手も思っているのだと痛感しました。昔の銀行は、組織の内側を見て仕事をする文化が強かったですが、これからはお客さまの方を向いて考えていくために、現場に近い彼らの意見を尊重したのです。

その提言内容を踏まえ、中計前半の5年間を顧客基盤構築のための積極的な「投資期間」と位置づけ、グループ連携の一層の強化、顧客基盤の強化、人的資本投資の拡充に取り組む方針を決めました。一人当たりの投資額を現在の15.5万円程度から倍増となる30万円程度に引き上げ、年間賃上げ率を約10%に改定する計画です。

松江 ミドルマネジメント層の役割もポイントになりそうですね。

部谷 私の代わりにタウンホールミーティングを任せる役員には、「(若手の意見を)全部受け止めるように」と伝えています。もし、実現の可能性が低い内容であれば、「なぜできないのか」という理由を込めて説明することがポイントです。発言に対してノーリアクションだと、何も言わなくなってしまいますから。

「非日常体験」で育む
能動的に構想する力

松江 部谷社長のご講演の中で「構想人材」という言葉が出てきましたが、どうすれば企業の中で構想力のある人材を育てられるとお考えですか。

部谷 「非日常体験」を経験してもらうことです。銀行のような組織にいると、やらされる仕事、がっちり決まったことをやらざるを得ない環境になります。すると、視野がだんだん狭くなり、モチベーションも下がっていくという悪循環に陥りがちです。そこで、2024年度より事業構想大学院大学の「事業構想プロジェクト研究」を導入しました。新しい事業創出も大事ですが、一番の決め手は自分でものを考えて、まとめて、プレゼンする、という一連の流れから、受け身ではなく能動的なスタンスを社員に持ってもらえることです。2024年度は無事に最後まで取り組むことができました。

また、新規事業創出やチャレンジ精神の醸成のため、2021年度から全社員を対象とした社内ビジネスコンテストを実施し、累計約200件のアイデアが寄せられました。その中からキッズプログラミング事業の「ひろぎんナレッジスクエア」や一次産業体験を通じた研修サービス「あおぞら体験FARM」が事業化するなど、成果を上げています。

新発田 これまでの銀行は、オペレーションの堅確さを重視し、それが優れた人を評価してきました。しかし、それで上に立った人が、やったことのないことにチャレンジしたり、部下のチャレンジを引き出したりできるでしょうか。その点、ひろぎんホールディングスの人材育成の取り組みは、「魚を与えるのではなく、魚の取り方を教える」という言葉に通じるところがあると感じました。また、経営トップが、人事ツールや評価方法など、ゲームのルールを含めて変えていいんだと仰るからこそ、人的資本“経営”なのだと思います。

金融庁 企画市場局審議官
新発田 龍史氏

組織も個人一人ひとりも
前例のないチャレンジを

松江 新発田さんのご講演では、銀行法で定められる業務や、旧来の融資ではなく、顧客の課題解決が銀行の本質だというお話がありました。

新発田 地域金融機関は、地域の中でヒト・モノ・カネ・データといったあらゆるものの要になっている点が強みです。「融資の必要がない企業はさようなら」ではなく、人材不足、顧客獲得、事業承継といった課題の解決を通じて経営者との信頼関係を築き、次のニーズにつなげないと、もったいないですよ。

今地域が取り組む課題解決は、世界でも前例がないチャレンジです。地域金融機関がフロントランナーとして挑むことが地域のお客さまを喜ばせ、地元経済のためになるのであれば、もちろん金融庁は応援しますし、我々自身も変革が必要なので、人材育成で良いチャレンジがあれば参考にしたいです。「早く行きたければ一人で進め、遠くまで行きたければみんなで進め」というアフリカの諺があるように、ビジョンなどを立てていく中で最後に問われるのは、組織的に変革ができるかどうか、です。

松江 今回の講演の副題でもある「地域金融機関の次世代モデル」について、部谷社長の未来像をお聞かせください。

部谷 ホールディングスに移行し、銀行以外にリース、証券、エクイティ出資、債権管理、IT、地域開発、決済・信用保証、人事コンサルなど幅広いサービスを提供できる「地域総合サービスグループ」を目指しています。一方で地域軸に関しては、広島・岡山・山口・愛媛の4県に固めると宣言しました。残念ながら、広島県は人口の社会減が4年連続でワーストワンですが、行政や関係機関と連携しながら、間接的でも課題解決に関与していくことが、我々のミッション。例えば、後継者人材やワーカー不足の解消、曲がり角にきている製造業の付加価値創出につながるベンチャー・スタートアップとのマッチングや、ラグジュアリーホテルの誘致などによる通過型観光から滞在型観光への脱皮などに、一生懸命取り組んでいるところです。

松江 金融業界が従来の規制重視の印象から大きく変革しつつある今、未来を構想できる人材こそが企業の競争力に直結し、ひいては地域の価値、日本の価値にも直結するというダイナミズムを共有できたならば幸いです。

鼎ひろぎんホールディングスが実施したプロジェクト研究でのディスカッションの様子

*この記事は、2025年7月29日に実施されたセミナー「変革の鍵は『構想人材』育成にあり――ひろぎんHD事例から読み解く地銀の未来戦略」の内容を再構成したものです。