協働ガバナンスと社会イノベーション

持続可能な発展を支える
技術と制度

ブルントラント委員会・報告書『我ら共通の未来(Our Common Future)』には有名な世代間公平に基づく持続可能な発展の定義が記されている。「環境利用による将来世代のニーズ充足の能力を損なうことなく、現在世代のニーズの充足を図る開発」というものだが、すぐ続いて重要な2つの条件が付加されている。

第1は、現在世代における貧困の削減に優先順位をおくべきという「世代内公平」の実現である。

第2は、現在世代と将来世代のニーズを充足するために環境を利用する社会的能力は、技術と社会制度の状態に規定されているとの認識の重要性である。

この第2の条件は、SDGsの達成にとって極めて重要である。地球環境を賢く利用して人々のニーズを満たす社会的能力は、社会における技術と制度のあり方に深く規定されており、技術や制度を無視して持続可能な発展は成り立たない。地域社会の持続可能な発展にとっても、技術イノベーションはもちろんのことであるが、それだけでなく社会組織や制度の革新、すなわち社会イノベーションが不可欠なのである。

 

 

例えば、北欧のフィンランドは教育制度の改革という社会イノベーションを実行し、そのことがノキアなどの先端企業による技術イノベーションを可能にした重要な要因となったと言われている。しかし日本においては規制改革や特区などが試みられてきたものの、社会制度改革による技術イノベーションの推進といった社会システムのデザイン力は弱い。社会イノベーションと技術イノベーションをつなぐ社会的メカニズムの弱さが日本社会の停滞感や閉塞感の根本に存在している。

少子高齢化の急速な進行の中で、地方消滅が議論される日本の地域社会におけるSDGsの達成を考える際、地域の持続性課題を解決する社会イノベーションをどのように創造するのかが重要な鍵となる。さらに、こうした社会イノベーションの波及メカニズムの推進とともに、社会イノベーションと技術イノベーションとが共創される累積的メカニズムを社会的に構築することが重要である。

場の形成と
社会的受容性の醸成

筆者はこの3年間、日本の人口10万人規模の地方都市における社会イノベーションの創造メカニズムについて調査研究を行なってきた。『21世紀環境立国戦略』(2007年)や『第4次環境基本計画』(2012年)で提唱されてきた3つの持続可能な社会へのアプローチである低炭素社会、資源循環型社会、自然共生社会への取り組みをケース選択の基準として設定し、各アプローチの代表的事例として長野県飯田市、静岡県掛川市、兵庫県豊岡市を選択した。

3地方都市の調査研究から、社会を変革する新たな社会組織や仕組みを創造するプロセスを注意深く観察した。すると、そこには持続性課題に関わる地域の内外の多様なアクターによる場の形成や協働ガバナンスと特徴づけられる社会制度が見いだせることが分かった。

多様なアクターが参加する協働ガバナンス(場)の形成のあり方が鍵であり、マルチ・アクターによる協働ガバナンスが進化する過程で、協働ガバナンス(マクロ)における暗黙知(tacit knowing)も含む生きた動的情報の交換とアクター(ミクロ)の個人的情報学習意欲が刺激され、新たな生きた情報が場に持ち寄られ、交換され、さらなる情報蓄積が進む(ミクロ・マクロ・ループの形成)。マルチ・アクターによる協働ガバナンスの進化によるミクロ・マクロ・ループが効果的に働くプロセスは、暗黙知などの知識共有の契機となり、新たな知識創造(アイディア)プロセスを形成する。同時に、協働ガバナンスの進化はマルチ・アクター間の信頼や互酬性の形成といった社会関係資本の蓄積プロセスでもある。更に、新たなアイディアを参加者が相互に社会的に受容し、アイディアを社会において形にする取り組みを支援するという資源動員の正統化プロセスともなる。

3つの地方都市において、具体的にどのようにマルチ・アクターによって協働ガバナンスが形成され、協働ガバナンスがどのように進化したことによって社会イノベーションの創造を可能とする知識創造プロセスが機能し、マルチ・アクター間の社会的受容性の醸成という資源動員プロセスが機能したのかを分析した。それにより、今後の日本の地域社会におけるSDGs達成への教訓が明らかになる。

飯田市の社会イノベーション

図1 飯田市(低酸素社会)における社会イノベーションの創造プロセス

飯田市の社会イノベーションの創造プロセスを図1に示した。

飯田市の産業社会のイノベーションでは、全国レベルの制度的受容性が京都議定書(1997年)や通産省エコタウン事業採択(1997年)として確立し、地球サミット(1992年)以降しだいにISO14001認証取得が欧州市場などの参入条件となるなどとして市場的受容性も確立していった。

地域レベルの社会的受容性としては、飯田市の環境文化都市構想(1996年)および「21いいだ環境プラン」策定(1996年)などが制度的受容性の確立として大きく作用したと考えられる。こうした制度的受容性の上に、生産技術研究会(1996年)やエコタウン事業採択(1997年)を契機に、多摩川精機などの地域社会の中核企業と行政(飯田市役所)との協働ガバナンスが形成された。こうした協働ガバナンスの形成を踏まえて、社会イノベーション組織である地域ぐるみでISOに挑戦しよう研究会の発足(1997年)、その発展形態としての地域ぐるみ環境ISO研究会(2000年)へと進化した。

こうした社会イノベーションの創造によって、南信州いいむす21という地域版環境認証制度が作られた。多摩川精機などの地域中核企業に納品をする下請け中小零細企業の環境マネジメントの強化を目的とし、地域の産業社会の低炭素化と同時に技術的能力の向上に繋がった。

一方、飯田市の市民社会におけるイノベーションをみると、イノベーションを可能にした全国レベルの制度的受容性としては、環境省・まほろば事業(2004年)が大きかった。そして、この環境省・まほろば事業に採択されたことが社会イノベーション組織であるNPO法人・南信州おひさま進歩の設立(2004年)、おひさま進歩株式会社設立(2005年)へと展開していった。

こうした市民社会のイノベーションを促進した協働の場づくりとしては、2001年の全国各地域の住民が参加した「おひさまシンポジウム」の開催が大きく、これがベースとなりNPO法人南信州おひさま進歩、さらにはおひさま進歩株式会社設立へと場が進化していった。

2010年代に入ると、飯田市では地域の自然エネルギーは地域住民のものであるとした地域環境権を規定した条例制定(2013年)などの新たな社会イノベーションの展開をみせている。

掛川市の社会イノベーション

図2 掛川市(循環型社会)における社会イノベーションの創造プロセス

掛川市の社会イノベーションを図2に示した。社会イノベーションとしての公民協力によるゴミ減量システムの構築は、2007年のごみ減量大作成の成功と、そのことによるゴミ焼却工場・環境資源ギャラリーへの追加設備投資・約30億円の回避を可能とし、新たな財政負担を不要にしたという点で大きかった。

ゴミ減量大作戦を成功させた掛川市は、一般ゴミの収集・処理責任が市役所にあるため、市役所環境政策課が主宰者となり、自治会が参加した緩やかな協働ガバナンスの形成が行われ、場においては特に自治会役員などの地域社会組織の経験者を中心としたクリーン推進員が大きな役割を果たしてきた。掛川市は飯田市と同じく自治会活動が活発で、地縁血縁をベースとしたボンディング型社会関係資本の蓄積が大きな地域であり、こうした社会関係資本の蓄積が、榛村純一元市長時代以来の生涯学習都市づくりや掛川学の推進などの「まちづくり」とうまく連動したと考えられる。

豊岡市の社会イノベーション

図3 豊岡市(自然共生社会)における社会イノベーションの創造プロセス

豊岡市の社会イノベーションを図3に示した。その促進要因は、コウノトリ野生復帰事業の成功にみられる自然共生社会形成への営為は、国の生物多様性国家戦略(1995年)や自然再生推進法(2002年)、兵庫県のコウノトリ野生復帰計画(1992年)といった全国レベルの制度的受容性の醸成を前提とし、コウノトリ農法の体系化(2005年)という地域農法の技術イノベーションやコウノトリ育む米の認証制度の整備(2003年)とブランド米としての市場的受容性の醸成(2006年)などである。

豊岡市における当初の無農薬農法の技術開発では、兵庫県農業普及センターやコウノトリの郷公園が設置された祥雲寺地区の営農組合が中心的な役割を果たした。しかし、その後のコウノトリ育む農法の豊岡盆地全体への普及やコウノトリ育む米の生きもの米としてのブランド化などの推進においては、豊岡市、兵庫県、農協、営農組織、流通組織などの多様なアクターが多層的な協働ガバナンスを形成してきたことが重要であった。

現在では、兵庫県農業普及センターやJAたじま(地域農協)によって場が担われているが、こうした場の形成を実質的に主導してきたのは豊岡市の中貝宗治市長(2001年市長就任、2005年コウノトリ放鳥)であった。中貝市長を中心とする豊岡市役所が、県、市、農協、農民組織、企業、観光組織、NPO、地域組織などの多様なアクターを、課題に応じた多様で多層な場のメンバーとしてまとめ上げていったことが、コウノトリ野性復帰をコアとした地域社会イノベーションの成功要因であった。

 

松岡 俊二(まつおか・しゅんじ)
早稲田大学 大学院 アジア太平洋研究科 教授

 

 

『環境会議2018年秋号』

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 地域特性でつくる日本型SDGs
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