事業性とソーシャルビジネスの両立へ バングラデシュのIT力で日本の社会課題解決に挑戦するSTEAH
社会課題解決とビジネスの両立という難題に果敢に挑む株式会社STEAH。代表取締役の田畑春樹氏は大学時代の海外経験から芽生えた創業理念と紆余曲折を経た事業モデルの転換を経て同社を進化させてきた。現在はバングラデシュのIT人材を活用した独自のビジネスモデルを構築し、日本の社会課題解決への道を切り拓いている。スクールソーシャルワーカー支援システムの開発や将来の国際協力インフラ構築など、長期的視野に立った事業展開について、同社代表取締役の田畑氏に話を聞いた。
東南アジアでの衝撃
社会課題に目覚めた原点
「大学1年生の時にバックパッカーとして東南アジアを旅した際、スラムや過疎地を訪れる機会がありました。そこで目の当たりにした途上国の貧困や環境問題が、私の原点になっています」。
そう語るのは株式会社STEAH・現代表取締役の田畑春樹氏だ。2018年に立命館アジア太平洋大学に入学した田畑氏は、学生の半数が留学生という国際色豊かな環境で多様な価値観に触れながら過ごした。これは後の事業構想に大きな影響を与え、訪れた転機がドイツへの交換留学だった。
「ドイツの大学にはレスポンシブビジネスコース、いわゆるソーシャルビジネスを専門に学ぶコースがありました。当時コロナ禍でしたが、オンラインで現地スタートアップの創業者と話す機会があり、事業性を担保しながら社会課題解決に挑む姿に衝撃を受けました」。
帰国後、田畑氏は1年間休学し創業準備に取り掛かった。大学3年生にして起業家への道を歩み始めたのである。
2023年、アクセラレーションプログラムにてプレゼンテーションを行う株式会社STEAH代表取締役・田畑春樹氏。
挫折が照らした未来
バングラデシュとの協創に光明
創業当初、田畑氏が取り組んだのは「My Earth」という参加者が費用をかけずに募金ができるアプリ開発だった。国際協力NGOのインフラ作りを目指したこのプロジェクトは、様々なコンテストで評価されたものの、事業性の壁に直面する。
「アイデアは素晴らしいという評価を頂きましたが、事業として持続可能性については未知数でした。2年ほど取り組んだ上で、一旦サービスとしてはクローズしました」話す。
しかし、この挫折が新たな可能性を開いた。アプリ開発過程で協力したバングラデシュのエンジニアたちの技術力に目を向けたのだ。
「My Earthを開発する中で、バングラデシュのITの可能性に気付きました。技術力が高いだけでなく、土地柄、勤勉な方も多かった事に驚かされました。他方、日本ではエンジニア不足が叫ばれていました。この二つを結びつけられないかと考えたのがきっかけです」とのこと。
こうして、バングラデシュのエンジニアと日本チームによるソフトウェア開発事業へと舵を切った同社。
「当初は国際協力の視点でバングラデシュに関心を持ちましたが、同国はこの5年で経済成長し、高等教育を受ける人材が増加しました。ビジネスとしてのポテンシャルが高まっています」と田畑氏は語る。
バングラデシュのIT力で日本の社会課題解決に挑戦する、株式会社STEAH。中央に代表取締役の田畑春樹氏。
「令和版三方よし」の確立
社会性と収益性の両立模索
また、同社はビジネスモデルに明確な差別化要因がある。「My Earth」の取り組みにも重なる、案件の選定基準だ。
「案件の選定基準として、私たちが開発に関わるプロダクトが世に出ることで良いインパクトがあるかどうか、ということを重視しています。過去の例で言えば、環境関連や福祉関連のシステムをはじめとして、社会課題解決に直結するプロジェクトに取り組みました」と話す。
『類は友を呼ぶ』という言葉があるが、こうした開発に取り組んでいると、発注元も同じ理念を持つ企業が集まってくる。また、元々は別の受託先を検討していた会社にも「同じ金額・スキルなら、課題に共感してくれる御社を選びます」と直接言われた経験もあるという。
もう一つの強みは、事業の根幹を担う日本語堪能なバングラデシュ人システムエンジニアを起用したコミュニケーション戦略だ。
「オフショア開発において、最大の課題はコミュニケーションです。私たちは設計やクライアントとのやり取りを全て日本チームで完結させ、日本語が話せるバングラデシュ人SEが現地チームを統括する体制を取っています」と話す。
日本とバングラデシュの密接な連携により、同社は日本の開発会社と同じように日本語でコミュニケーション出来る環境を実現している。それにも関わらず、現状コスト面では従来の半分から3分の2程度に抑えられるという。顧客、開発者、社会に対して展開する、まさに「令和版三方よし」のモデルである。
「作る製品自体が社会課題解決に貢献し、お客様の事業も社会的意義があり、さらにバングラデシュでも雇用を創出します。三方にとって良い事業を目指しています」と話した。
STEAHは日本とバングラデシュのチームが密接に連携し、オフショア開発の課題を克服している。
子どもの福祉を支えるDX
自治体システムの新構想
そんな同社が現在最も力を入れているのが、自治体向けスクールソーシャルワーカー支援システムの開発だ。
「各自治体の教育委員会が配置するスクールソーシャルワーカーは、いじめや貧困、不登校の子どもを福祉的観点からサポートする重要な存在です。しかし、アナログで煩雑な業務環境が機能を阻害している現状があります」と田畑氏は現状のシステムの課題を挙げる。
日程調整や面談記録が手書きやワードファイルで管理され、データが蓄積されない。この悪循環を阻止するべく、DX化を通じて支援の質向上を目指す取り組みは、田畑氏の原点にも繋がる。
「根底には、東南アジアで見てきた子どもたちの姿があります。日本でも子どもの絶対数は減っていますが問題を抱える子どもの数は増加傾向にあります。このシステムを日本で成功させ課題を解決する事で、将来的にはグローバル展開も視野に入れています」
株式会社STEAHが力を入れている、自治体向けスクールソーシャルワーカー支援システム。
原点回帰と未来構想
国際協力への再挑戦
受託開発事業と自社サービス開発の両輪で事業を展開している株式会社STEAH。将来の構想として田畑氏が描くのは「Sustainability and Technology assure happiness.(サステナビリティとテクノロジーで世の中の幸せを請け負う)」という理念にも関連した、創業時の理念への回帰だ。
「スクールソーシャルワーカー支援システムは、自治体事業ということもあり、5年から10年のスパンで腰を据えて取り組む必要があります。その先には、創業時に挑戦した国際協力のインフラ作りにもう一度チャレンジしたいという思いがあります」。
組織規模としても、バングラデシュ・日本両方でさらなる拡大を目指す。長期的には自社サービスが安定的な収益源となり、人材育成にも良い循環をもたらすと田畑氏は考えている。
「社会課題解決とビジネスの両立は簡単ではありません。しかし、一歩ずつ前進しながら、理想への道を切り拓いていきたいです」と意欲を見せた。
静かな口調で語る田畑氏の言葉には、若き起業家の情熱と冷静な経営者としての視点が同居していた。バングラデシュのIT力を活かし、日本の社会課題解決に挑むSTEAHの挑戦には、事業を構想する上での示唆に富む道標となる。