2016年4月号

環境会議

パリ協定のポイントと課題―イノベーションがカギ

有馬 純(東京大学公共政策大学院 教授)

0
​ ​ ​

温暖化交渉におけるCOP21の位置づけ

昨年12月12日、COP21はパリ協定を採択して参加者総立ちの拍手の下で閉幕した。まず温暖化交渉の流れの中でのCOP21の位置づけを振り返りたい。

1997年の京都議定書は先進国のみが温室効果ガス削減義務を負い、国連の下で排出量を割り当てるという片務的、かつトップダウンの枠組みであった。その結果、米国の離脱を招き、更に中国等の新興国の排出量が急増する中で京都議定書が世界の温室効果ガス削減に役立たないことが明白となった。

2010年のCOP16では米国、中国を含む全ての国が参加する2020年までの枠組みとしてカンクン合意が採択された。カンクン合意は先進国、途上国が緩和目標/行動を自主的にプレッジ(誓約)し、それをMRV(計測・報告・検証)するというボトムアップ型のプレッジ&レビューの枠組みであり、先進国のみに義務を課したトップダウン型の京都議定書とは性格を全く異にするものであった。

しかしカンクン合意は法的拘束力のないCOP決定であり、2020年以降の枠組みについては白紙のままである。2011年のCOP17では2020年以降の枠組みの交渉マンデート(権限)が合意され、「全ての締約国に適用される、枠組条約の下での議定書、その他の法的文書あるいは法的効力を有する合意成果を2015年のCOP21で得る」こととされた。COP21が重要な位置づけを占めるに至ったのは、それが理由である。

©Maxim Lupascu/123RF.COM

パリ協定のポイント

次にパリ協定の主要ポイントを紹介する。

(1)温度目標

パリ協定では目的の一つとして「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること」を規定した。国際条約において温度目標を規定するのはパリ協定が初めてであり、これを踏まえ「できるだけ早く世界全体の温室効果ガスのピークアウトを目指し」「その後、迅速に排出を削減し」「今世紀後半に世界全体の温室効果ガスの排出と吸収のバランスを図る」との長期目標が設定された。

(2)全員参加型の枠組み

パリ協定の最大の特色は、先進国、途上国を問わず、各締約国が国情に応じて緩和(温室効果ガスの削減・抑制)目標を策定し、その根拠となる情報を含め、枠組条約事務局に通報し、その進捗状況を定期的に報告し、専門家によるレビューを受けるというボトムアップのプレッジ&レビューの枠組みとなっていることだ。この一連のプロセスは協定上の義務であるが、目標達成そのものは義務ではない。カンクン合意の流れをくむ枠組みであり、先進国のみが削減義務を負っていたトップダウンの京都議定書のアプローチからの大きな転換と言えよう。各国の提出する目標については5年ごとに更新することとされており、従前の目標から前進していることを期待される。

またパリ協定には締約国同士が自主的に協力してダブルカウントを避けつつ、緩和成果を国際的に移転するメカニズムを許容する規定が盛り込まれた。日本が追求してきた二国間クレジット(JCM)を読み込めるが、その計測ルールは国連が定めるガイドラインに準拠することが求められており、詳細は今後の交渉に委ねられている。

(3)途上国支援

パリ協定には途上国支援や途上国配慮条項が数多く盛り込まれた。例えば資金援助に関するCOP決定にはカンクン合意に盛り込まれた2020年までに年間1000億ドルの資金動員という目標が2025年まで維持され、2025年よりも前に新たな数値目標を設定するとの点が盛り込まれた。更に先進国は2年に1度、途上国への資金援助の実績、見通しを報告することが義務づけられ、プレッジ&レビューについても、緩和だけではなく、先進国から途上国への支援も対象となる。「自分たちの緩和目標は先進国からの支援が前提。緩和目標の進捗状況をレビューするならば、支援の進捗状況もレビューすべき」という途上国の主張を受け入れた形である。後述する5年に1度のストックテークでも先進国からの支援の総計が議論の対象となる。

(4)「共通だが差異のある責任」の取り扱い

今回の交渉で最大の争点となったのは、1992年当時とは国際経済情勢も大きく変わっている中で、「共通だが差異のある責任」という気候変動枠組条約の原則を新たな枠組みにどう反映させるかであった。

一つの争点が資金援助の出し手である。中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)が創設される一方、温暖化交渉の世界では引き続き先進国のみが資金援助を義務づけられるというのは合理的ではない。パリ協定では先進国は引き続き資金援助義務を負う一方、他の締約国も自主的に資金援助を行うことを「奨励される」こととなった。

もう一つの争点は目標の提出、進捗状況の報告、レビューの手続き(「透明性フレームワーク」と総称される)における差別化である。先進国は、目標内容が経済発展段階に応じて異なることは当然としても、プロセスそのものは共通のものとすることを主張した。これに対して中国、インド等の有志途上国グループは手続き上も先進国と途上国を明確に切り分けることを主張した。パリ協定では先進国も途上国も「一つの透明性フレームワーク」に参加することとなったが、その実施(報告書の範囲、詳細度、提出頻度等)においては途上国に柔軟性を認めることとなった。先進国が「名」を取り、途上国が「実」を取った形である。

(5)グローバルストックテーク

パリ協定では2℃、更には1.5℃安定化、そのための今世紀後半の排出・吸収バランスというトップダウンの目標と、各国の国情に合わせた目標の策定、通報、レビューというボトムアップの枠組みが併存している。この両者を収斂させるために盛り込まれたのが、定期的に各国の努力の総計と長期目標を比較するグローバルストックテークの条項である。2023年を皮切りに5年ごとに実施され、その結果は各国が行動、支援を更新、拡充する際の参考とされる。

(6)発効要件

パリ協定は世界の温室効果ガス排出総量の55%を占める55カ国の締約国が批准すると発効する。京都議定書の発効要件の考え方を踏襲するものであるが、全員参加型の本協定では、温室効果ガスのカバレッジ(対象範囲)要件が附属書(1)国の排出量の55%から世界全体の排出量の55%に広げられた。

プレッジ&レビューの実効性確保が重要

COP21の最大の成果は、一部の先進国のみが義務を負う京都議定書に代わり、全ての国が温室効果ガス排出削減、抑制に取り組む枠組みが出来上がったことであり、その歴史的意義は特筆大書せねばならない。これは京都議定書以降の国際交渉において日本が一貫して主張してきた方向性であり、それがようやく実現したわけである。

パリ協定の中核をなすプレッジ&レビューの枠組みでは目標値の達成が法的義務となっておらず、これを理由にパリ協定の実効性に疑問を呈する論者もいるかもしれない。しかし、目標達成を義務化すれば、制度そのものは堅牢なものとなっても、米国や新興国の参加の得られない実効性の乏しいものになってしまう。カンクン合意の流れをくむボトムアップのプレッジ&レビューだからこそ、全ての主要国の参加を得ることができたと言える。

ただし、プレッジ&レビューの実効性は今後策定される実施細則に左右される。透明性フレームワークには多くの途上国配慮条項が盛り込まれており、実施段階で中国、インド等の大排出途上国に「大甘」のものとなってしまえば、地球全体の温室効果ガス削減に向けた枠組みの実効性が大きく損なわれる。プレッジ&レビューを対立的、懲罰的なものではなく、協力的、建設的な雰囲気のものにすることも重要だ。日本は国内で経団連の自主行動計画や低炭素社会行動計画というプレッジ&レビューの経験を豊富に有しており、その知見を詳細ルール策定や実施に当たって積極的に共有すべきだ。

©chuyu/123RF.COM

トップダウンの温度目標とボトムアップの枠組みとの乖離

パリ協定最大の問題点は、非現実的なトップダウンの温度目標と、現実的なボトムアップの枠組みとの乖離である。そもそも2℃目標ですら、その実現可能性は極めて厳しい。IPCC第5次評価報告書においては、「(2℃目標に相当するとされる)450ppmシナリオを達成するためには発電部門においてバイオマスCCSを大量導入することにより膨大なマイナス排出を実現することが必要」という、およそ実現可能性が低いビジョンが提示されている。1.5℃あるいは350ppmシナリオとなれば猶更であろう。2℃目標の実現可能性すら厳しい中で、更に厳しい1.5℃目標を設定するのでは、結局のところ枠組み自体のクレディビリティ(信頼性)を下げるだけではないか。

パリ協定ではグローバルストックテークを通じて1.5℃~2℃目標や今世紀後半の排出・吸収バランス目標と、各国の緩和努力の合計とが比較され、それが各国の目標にフィードバックされるとの設計がなされているが、トップダウンの目標とボトムアップの各国目標の積み上げが交わるとは思えない。各国の約束草案の合計値と2℃目標に必要な排出削減パスとの間には2030年時点で150億トンものギャップがあるとされる。これは2010年時点の中国全体の排出量の1.5倍に相当する膨大なものである。1.5℃となれば、その乖離幅は更に拡大しよう。

各国の目標値は温暖化防止のみならず、その時々の経済情勢、雇用情勢、エネルギー情勢等を総合勘案して策定される。各国が2℃あるいは1.5℃との膨大なギャップを埋めるまで目標値を引き上げると考えるのは非現実的だ。国連プロセスが非現実的な温度目標を設定した結果、早晩、国連プロセスでは温暖化問題は解決できないとの矛盾を露呈することになるだろう。

カギを握るのはイノベーション

膨大なギャップを埋めるためには、革新的技術開発しかない。パリ協定の中にイノベーションの重要性が明記されたことは大きな成果だが、イノベーションは国連交渉を通じて生ずるものではない。イノベーション力を有する国の官民の努力および有志国による国際連携によって初めて可能となる。この点でイノベーションを促進する政策環境の整備、国際連携の提唱等、技術立国・日本の果たすべき役割は大きい。今年のG7サミットや日本が主催するICEF(InnovationforCoolEarthForum)を通じて積極的なイニシアティブを発揮すべきだ。

約束草案の実現に向け原発再稼働を

今回、1.5℃~2℃目標が明記されたことを踏まえ、「日本も中期目標を見直すべき」という議論が一部にある。しかし、2013年比で2030年までに26%削減という日本の目標は、その構成要素となる省エネ、原子力、再生可能エネルギーいずれの面でも非常にハードルが高い。目標引き上げを云々する前にやるべきことは、現目標の実現に最大限の努力をすることであり、そのカギとなるのは安全性の確認された原発の着実な再稼働と運転期間の延長だ。電力コストを現在のレベルよりも引き下げるという要請を満たすためには、原発再稼働によって化石燃料の輸入コストを節約し、再生可能エネルギーの拡大に伴う負担増を吸収していくしかない。昨今の石炭火力発電所新設計画の増大も元をたどれば安価なベースロード電源である原発再稼働の見通しの不透明性が原因だ。

世論調査では依然、原発再稼働に否定的な意見が多い。しかし温暖化防止という課題を考えれば、「電気が足りてさえいれば良い」というわけにはいかない。26%目標を真剣に達成するつもりならば、政府は「日本の目標達成のためには原発再稼働が不可欠である」という明白な事実を辛抱強く国民に説明し、理解を得る努力をしなければならない。更には電力自由化の下で既存原発のリプレース(建て替え)を可能にするような政策環境の整備についても検討を早急に開始すべきだろう。

有馬 純(ありま・じゅん)
東京大学公共政策大学院 教授

 

『環境会議2015年秋号』

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 生物多様性と人類の未来−地域を基点とした環境づくりと人づくり
涌井史郎(東京都市大学環境学部 教授)、進士五十八(東京農業大学名誉教授・元学長)、桝太一(日本テレビ放送網 アナウンサー)、他
特集2 COP21「パリ協定」を踏まえた世界と日本の動き
特集3 「モノ」から「コト」へ 地域の発信力
(発売日:3月5日)

» 宣伝会議ONLINEで買う 

0
​ ​ ​

バックナンバー

別冊「人間会議」2019年夏号

哲学を生活に活かし、
人間力を磨く

特集1 日本から世界へ文化をひらく

特集2 異分野融合で新事業創出

バックナンバー検索

注目のバックナンバーはこちら

最新情報をチェック。

会員になると 最新「事業構想」が読み放題。さらに

会員の特典をもっとみる