2015年10月号

環境会議

ポスト近代の流域主義で健全な水循環の実現を

竹村 公太郎(日本水フォーラム 代表理事・事務局長)

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安全な飲料水や衛生施設の利用に関する世界的な目標を掲げた国連「ミレニアム開発目標」に続き、今年9月の国連総会では「持続可能な開発目標」が決定される見込みとなっている。また、今年4月には韓国で第7回世界水フォーラムが開催され、過去最高の約3万5000人が参加した。世界において水問題への対処がますます重要となる中、国内では縦割り行政を排した流域単位での新たな水循環施策が進められようとしている。

第7回世界水フォーラムに3万5000人が参加

気候変動や世界の急激な人口増加は、水に変化をもたらし、水災害の増大や食糧危機、都市における衛生問題の悪化といった人類への脅威につながると見られている。一方、世界の水問題への対処で指標となってきた国連の「ミレニアム開発目標(MDGs)」が最終目標年を迎え、後継となる「持続可能な開発目標(SDGs)」が、今年9月の国連総会で決定される見込みとなっている。

MDGsで掲げられた「安全な飲料水及び衛生施設を継続的に利用できない人々の割合を半減する」という目標については、1990年~2014年の間に、23億人が安全な飲料水を得られるようになったという成果が報告されている。他方で、衛生設備の利用に関する目標は未達成となる可能性が高く、水・衛生問題の解決はSDGsにおいても、引き続き重要課題となる見込みだ。

このような中、今年4月には韓国の大邱(テグ)市と慶尚北道で、第7回世界水フォーラムが開催された。世界水フォーラムは、世界の水関係者が集まり、水問題解決に向けた議論や展示を行う世界最大級の国際会議。1996年に設立された民間シンクタンク「世界水会議(WWC)」と各回のホスト国によって3年に一度、開催されている。

「私たちの未来のための水(Water for Our Future)」をスローガンとして掲げた今年の世界水フォーラムには、約170ヵ国から約3万5000人が参加し、過去最大規模となった。また、ホスト国・韓国の提案によって、従来の「政治」、「地域」、「テーマ」という3つのアプローチに加え、新たに「科学技術」というプロセスが取り入れられた。この科学技術プロセスでは、(1)効率的な水マネジメント、(2)上下水道システムからの資源回収、(3)水と自然災害、(4)水のためのスマートテクノロジー、(5)水に関する生態系サービスの理解と管理、という5つの論点で議論がなされ、取りまとめられた。

フォーラム全体において議論のキーワードとなったのは「気候変動」で、水リスクを低減させるための適応策や緩和策の重要性が強調された。また、日本が提唱し、今年3月の国連防災世界会議の成果にも含まれた防災の主流化、予防保全という考え方が閣僚宣言をはじめとする各宣言に盛り込まれた。

さらに、今回のフォーラムにおける「アジア太平洋地域プロセス」では、水・衛生分野への法制度整備や資金投入を図るため、政策決定者への働きかけが重要であることが確認され、その具体策の1つとして、2017年に第3回アジア・太平洋水サミットを開催する方針が示された。

竹村 公太郎 日本水フォーラム 代表理事・事務局長

水循環基本計画に基づき流域単位で施策を推進

一方、今回のフォーラムでは、従来は別々に出展してきた日本の行政各省と民間企業、市民団体が合同で「日本パビリオン」を設置し、日本の国際貢献や様々な技術をアピールした。特定非営利活動法人「日本水フォーラム」事務局長の竹村公太郎氏によれば、これは「官学産民が力を合わせて水問題解決への取り組みを進めようとするもので、非常に画期的なこと」だという。

日本水フォーラムは、2003年に日本(琵琶湖・淀川流域)で開催された第3回世界水フォーラムをきっかけに設立された。国内外の水問題解決を目指した政策提言や、水に関わる調査・研究、アジア・太平洋水サミットの開催支援、セミナーやワークショップの開催等、水に関する様々な活動を展開している。

国土交通省河川局長も務め、長年にわたって水行政に携わってきた竹村氏によれば、国内の水行政で現在、最も注目されるのは、昨年7月に施行された水循環基本法に関連する動きだ。この法律の最大のポイントは「流域単位で各省の施策に横串を刺す点」であり、これは「縦割り行政克服の宣言」として捉えられる。

「地球上で循環しているのは、水だけです。水循環基本法は、この唯一、循環している水をうまく利用していくため、流域単位で、皆で取り組みを進めようとするものです」

水道法や下水道法をはじめ、国内には水に関わる多数の法律があるが、水循環基本法はこれらをまとめ、各府省庁にまたがる水政策の総合的・一体的な推進をはかるものとなっている。この法律に基づき、今年7月10日には、今後5年間の水循環施策の推進方針を示す「水循環基本計画」が閣議決定された。

この基本計画に沿って、今後は各流域で「流域水循環協議会」が設置され、「流域水循環計画」が策定される見込みだ。各流域では、策定された計画に基づき、危機的な渇水への円滑な対応や、水環境の保全と回復、地下水マネジメント、水に関する教育・普及啓発などが推進される。中でも、地下水利用については従来、その実態が明確でなかったことから、今後は実態把握や基礎データの共有、持続可能な利用や保全に向けたルール作りの進展が期待される。

今年4月、韓国にて第7回世界水フォーラムが開催された。「私たちの未来のための水(Water for Our Future)」をスローガンとした。

東京一極集中から流域へ戻る宣言としての水循環基本法

『日本史の謎は「地形」で解ける』(PHP文庫)などの著書もある竹村氏によれば、日本の近代化は「流域を壊すプロセス」だった。戦国時代には尾根を越えて隣の領地を取りに行ったのに対し、江戸時代には流域に各大名が入り、「尾根を越えてはいけない」というルールが不文律となった。

「要するに『戦うな』ということで、その間、日本では徹底的に流域開発が行われたのです」

現在、国内にある河川の99.9%は、江戸時代に造られたものだという。これらによって日本の国土は生産性が高いものとなったが、その後の近代化では、各地に東京へ向かう鉄道が造られ、従来の「流域主義」は崩壊した。

「近代化は効率化で、東京への一極集中を促進するものでした。しかし、今回施行された水循環基本法によって、ようやく『流域に戻ろう』という宣言がなされたのです。ですから、これはポスト近代の法律だと言えます」

竹村氏によれば、生産性を上げようとしてきた効率主義の近代とは異なり、ポスト近代は効率概念を犠牲にしていくプロセスとなる。

「近代化は行き着くところまで来てしまったので、今後はスローに行こうということです。近代化の中で行政が膨張し、国民はそれに乗って安心できましたが、現在は急激に行政が縮小しています。このため、水に関しても、本当の意味での官民連携が求められています」

このように行政が縮小していく時代には、日本人が持つ地域の共同体意識が重要な意味を持つ。

「日本人には元々、自分たちの川は自分たちのものという意識があります。地域で川岸のゴミ拾いをするために声をかければ、大勢の人が集まります。昔から、行政がカバーできない部分は皆でやっていこうという考えがあるのです。例えば、愛知県を流れる矢作川の流域では、地元企業のトヨタ自動車も参加し、地域住民による先進的な取り組みがなされています」

世界水フォーラムの中で開催された「アジア・太平洋水フォーラム」の様子。

日本が輸入する大量のバーチャル・ウォーター

世界的には今後ますます水ストレスが増大すると予測されるが、水資源が豊かだと考えられている日本にも、そのリスクは存在する。日本は食糧や様々な工業製品を輸入しており、これらを生産するため、海外では大量の水資源が使われている。これらの輸入品を仮に国内で生産した場合、どの程度の水が必要となるかを推定する「バーチャル・ウォーター(仮想水)」の考え方に基づけば、日本は年間約640億トンものバーチャル・ウォーターを輸入している。

この数字を考慮すると、日本の水自給率は60%程度に過ぎない。地球上の水は97%が海水で、淡水はわずか2.35%にとどまっている。この淡水のうち、人間が使える状態にあるのはわずか1%で、このうち97%は地下水だとされる。このわずかな水を巡り、世界では多数の紛争が発生している。

「各地域における水の量は、限られています。また、世界的には人口が急増しており、水需要は人口の伸び以上に増大します。このため、世界各地の農作物が日本に入ってくるという現在のような状態が、将来的にも続くかどうかはわかりません」

世界では、人間による大量の取水が影響し、大きな湖が消滅の危機に瀕する事態も発生している。かつては琵琶湖の100倍ほどの面積があった中央アジアのアラル海は、その代表的な例だ。主な要因は、アラル海に流れ込んでいたアム川とシル川で、灌漑のために人間が大量の取水を続けたことと見られている。

「それらの水の多くは綿花栽培に使われており、私たち先進国の人間は、その安価な綿花で作られた製品を購入し、生活しているのです。アラル海で起きている危機の背景には、先進国の大量生産、大量消費があります」

流域主義に戻ろうとしている現代の日本に生きる私たちは、自らの消費行動が世界の水問題に影響を及ぼすということも認識する必要があるだろう。

竹村 公太郎(たけむら・こうたろう)
日本水フォーラム 代表理事・事務局長

 

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