2015年10月号

環境会議

自治体レベルでの適応策―「気候変動適応社会」に向けて

白 迎玖(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任准教授)

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求められる地域に根ざした適応

気候変動やそれがもたらす異常気象の増加は、災害、エネルギー、水資源、食料、生物多様性など人間社会の様々な側面に影響を及ぼす。2000年以降、緩和と適応を融合した気候変動への取組みが世界的に活発になっている。

例えば、英国、ドイツ、米国などの先進国では、IPCCへの貢献も考慮して、自国における「気候変動の影響と気候変動への適応」規定を策定し、適応に関する独自の検討を進めている。自治体レベルの計画も策定され始めた。気候変動の影響に適切に対応していくために、地域社会の実態に即した自治体レベルでの取組みが必要不可欠である。

しかし、気候変動による地域生活への影響は、地域の特性によって異なってくるため、自治体が科学者などと協力し、市町村単位で気候変動の影響リスクを同定・評価する必要がある。自治体の政策立案者が不可逆性、不確実性、長期継続性、地域性および多様性という気候変動問題の特性を踏まえ、地域に根ざした適応策を策定することが地域社会に求められている。

地域によって異なる気候変動の影響

2014年の世界の年平均気温は1891年の統計開始以来、最も高い値となった。気象庁の気候変動監視レポート2014(気象庁、2015年7月)によれば、都市化の影響が比較的少ないとみられる気象庁の15地点を対象に、1898~2014年の年平均気温のデータ解析から、100年当たり1.14℃の割合で上昇していることがわかった。

季節別には、それぞれ100年あたり冬は1.08℃、春は1.29℃、夏は1.06℃、秋は1.19℃の割合で上昇している。農業は気候変動の影響を最も強く受ける分野であるといえる。図1は水稲生産に大きな影響を与える全国の6~9月の平均気温の平年偏差を示したものである。

全国で、特に2000年代から夏季の高温による水稲品質の低下(一等米比率の低下)、コメの収量・品質の変化の影響の範囲は、好影響も含め全国に及び、我が国の主食としての供給および農業従事者の収入の増減に直接影響する。また、野菜では夏の高温により花粉の機能障害によるトマトの着花・着果不良、果樹では夏の高温によるリンゴの着色不良やミカンの日焼け果の発生が報告されている。

気候変動の影響は、地域社会の全般に及び、地域の地理的条件等によって状況・程度が変化する。図2に示すように、6月~9月平均気温の上昇は、同じ国内であっても地域の置かれた地理的条件等により、地域差がある。また、地域社会は地球温暖化のみならず高齢化、過疎化などの多様な課題を抱えている。

仮に同程度の気温上昇が生じる場合であっても、土地利用や産業構成、人口構成等の地域特性に応じて、地域社会が受ける影響は大きく異なる。例えば、果樹は一度植樹すれば、長期間にわたって収穫を続けるものであるため、ほかの作物と比べて気候変動の影響が現れやすく、適応技術も限られている。

自治体職員が利用できる予測情報の提供

気候変動への適応策においては、科学的な根拠や見通しが十分ではないのにもかかわらず、問題解決の意思決定を求められることが多い。現在、60を超える全球気候モデルが世界各国の大学や研究機関で開発されており、将来「気候予測」(全球気候モデルGCM、地域気候モデルRCM)を「気候変動影響評価モデル」に入力し、様々な対象がどう変化するかを評価するという手法が世界中で利用されている。

気候予測(GCMとRCM)が異なるので、影響評価の結果も異なる。影響評価結果の変動幅と影響評価結果の平均値を自治体の適応策の立案へ有効的に活用するために、自治体職員などが直接利用できる高解像度の予測情報の提供は切実に求められている。

筆者が2014年から、文部科学省科学技術戦略推進費「気候変動に対応した新たな社会の創出に向けた社会システムの改革プログラム」グリーン社会ICTライフインフラプロジェクトにおいて、自治体職員が温暖化予測データを直接利用可能な「気候変動自治体レベル予測」Webプラットフォームを構築し、市町村単位の温暖化予測情報、および統計的不確実性情報データセット(統計的な信頼水準の結果を可視化)を自治体に提供している。

一例として、宮城県栗原市(人口は72234 人、2015 年3月31日現在)の農業就業人口は11176人(平成22年国勢調査)であり、宮城県で1位、全国で9位である。図3に示すように、農業従事者の50%以上が高齢者である。2014年の水稲収穫量は58800トンで、宮城県で3位、全国で11位である。

今後、農村地域の就農労力不足により、5月の連休期間中に移植するコメ農家が増加していくと考えられる。栗原市築館観測データによれば、極端な高温(日最高気温と日最低気温の最大値)について、高い方からの歴代10位のうちに2000年以降の年が6年入っている。温暖化は6〜7月の気温上昇をもたらし(図1と図2)、水稲の初期生育の促進につながり、登熟期がより高温下で進行する状況となる。さらに、図2に示すように、温暖化の程度(2℃~4℃の上昇)が現在の技術による適応幅を超えた場合、登熟期間の高温は登熟障害をおこし、白未熟粒の発生に強い影響を及ぼすと予測している。

図1 日本における6月~9月の平均気温偏差の平年変化

月平均気温は気象庁観測資料による

 

図2 6月~8月の平均気温の上昇、および9月の最低気温の上昇の予測

予測値は気象庁気象研究所が開発したNHRCM-5km地域気候モデル(5km解像度)の計算結果による

高解像度予測情報(5㎞解像度)を地域住民に提供することによって、5月の連休期間中に移植する傾向を回避させると同時に、高温年に向けて適応技術を導入する必要性が理解されると期待できる。また、地域の実情や特性を踏まえ、自治体が長期的な視点で気候変動への適応策を検討できる。

図3に示すように、栗原市の面積は804.97㎢(2014年10月1日現在、宮城県で1位)であり、災害拠点病院は1ヶ所しかないので、農業従事者(特に高齢者)への熱中症防止情報提供や医療機関による受け入れ準備を整えることが必要である。

特に、宮城県にある災害拠点病院は、低い平地に立地しているため(図3)、大雪や集中豪雨によって周辺道路が冠水し、患者の受け入れが困難になる恐れがある。最大規模の災害が起きた場合、災害ごとに想定される診療への影響を考えると、県の北部には災害拠点病院を増やすことが求められている。

図3 災害拠点病院と農業従事高齢者の分布

宮城県の災害拠点病院の分布(左)と栗原市における農業従事高齢者の分布(右)

持続可能な地域社会への移行を目指す適応策

気候変動への適応は、技術開発、制度的支援、社会・経済的方策といったアプローチが挙げられる。自治体による適応策の立案は、多様な関係主体(ステークホルダー)との合意が求められている。また、適応を実装するために、技術支援と資金支援が必要である。

例えば、栗原市における中山間地域は平地と比べ農業生産条件が不利なため、農業生産性が低く、また、高齢化の進行や担い手不足等により耕作放棄が深刻化している。2014年の耕作放棄地は耕地面積(18200ha)の約7%を占める(宮城県で1位)。中山間地域の農業活動は、食料の生産の他に、水田の貯水による洪水の防止、地下水のかん養、自然環境の保全、美しい田園風景の保持など、いろいろな役割を持っている。栗原市が5年以上農業を続ける農業者等の方々へ交付金を交付し、自律的かつ継続的な農業生産活動を支援している(栗原市中山間地域等直接支払制度)。こうした制度は、耕作放棄地発生防止や水路・農道などの管理活動を高める取組みを増進すると同時に、地域全体として気候変動への対応を進める一つの有効な適応策だと考えられる。

自治体による適応策の立案を検討する際に、気候変動の予測の不確実性の取扱いが大きな課題となる。従って、最新の予測情報、施策のノウハウを自治体に提供しながら、科学的合理性と社会的合理性(社会的受容性)の相互理解を重視する視点がより重要になっていく。

現在、数多くの研究者は、高解像度予測情報や気候変動の影響評価に基づき、地域社会が持つ伝統知識や技術を重視する適応策の立案を提唱している。先述したように、自治体レベルでの適応策の推進を通じて、地域の産業への損害を和らげまたは回避すると同時に、気候変動への対応を一つの機会として、気候変動を前提とした地域コミュニティの強化、持続可能な地域生活を創造していくことが求められている。

本稿は、文部科学省科学技術戦略推進費「気候変動に対応した新たな社会の創出に向けた社会システムの改革プログラム」グリーン社会ICTライフインフラプロジェクト(代表者:慶應義塾大学 金子郁容教授)の成果の一部である。

白 迎玖(バイ・インジュウ)
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任准教授

 

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