化粧ブラシの使用感を見える化 カトーテックと女性研究者が短期間で試験機を共同開発
(※本記事は経済産業省近畿経済産業局が運営する「公式Note」に2026年2月5日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

この困難な挑戦は、小田さんとだったからできたこと
女性研究者と企業との産学連携事例にフォーカスする本シリーズ。
理工系分野を目指す皆さんに「こんな道もあるんだ!」と感じてもらえるようなロールモデルとして、産学連携の現場で活躍する多種多様な研究者の姿を、共同開発企業のエピソードを通してご紹介します。初回は、「カトーテック株式会社」と京都市の公設試験研究機関「地方独立行政法人京都市産業技術研究所」(以下、「京都市産技研」)の女性研究者による、化粧用ブラシの使用感を客観的に評価できる試験機開発とJIS規格化を目指した共同開発について、お話を伺いました。
1.企業紹介(カトーテック株式会社)
カトーテック株式会社
代表取締役:加藤 敦子
住所:〒601-8447 京都市南区西九条唐戸町26番地
設立:1961年9月1日
本日は、カトーテック株式会社のご担当のみなさんにお話を伺います。まずは御社の事業について教えてください。
弊社は1961年設立で、今年で65期目を迎えます。主力事業は触り心地評価試験機の製造・販売で、海外にも35カ国以上への納品実績があります。繊維をはじめ、自動車、化粧品、樹脂など、人が手で触れて評価をするものに対して、数値に落とし込みます。
特に「KES(R)風合い試験機」は、京都大学名誉教授であった川端先生と共同開発したもので、繊維業界から自動車、化粧品、樹脂など幅広い分野で活用されています。例えば、「KES(R)(ケス)」シリーズの一つである「KES-F7 サーモラボ」※1 はひんやり、あったかインナーなどに用いられる、接触冷感や保温性・熱伝導率を測定することができます。
※1 KES-F7 サーモラボ
肌が生地に触れた時に、「温かい」「冷たい」と感じる皮膚感覚を、“接触冷温感”とよびます。肌から生地への熱の瞬間移動量によって冷温感の感じ方が異なり、それを評価する指標“qmax”(最大熱流束)を測定する試験機です。故 川端季雄 氏(京都大学教授)との共同開発によって生まれました。
さらに、現在私たちが最も注目していただきたいのは QUANTITEXTURE(TM)(クオンティテクスチャー)※2 です。これは、素材の触感をより高度に数値化し、製品開発や品質評価に革新をもたらす技術です。
※2 QUANTITEXTURE(TM)
「触れること」で感じる目に見えない質感や温度、微細な凹凸を、皮膚の機械受容器が感知し、それを電気信号として神経を通じて脳へと送られる。それらを脳内では、「柔らかい」「ざらつく」「温かい」といった内的な感覚体験として再構築します。QUANTITEXTURE(TM)では機械受容器が反応し触り心地として理解する振動情報(周波数)を解析。物理世界(外界)と意識の世界(内界)を繋ぐ橋を可視化し、数値化するためのツールです。慶應義塾大学 竹村研治郎教授との共同研究開発によって生まれた同製品は、「触感」という主観的で個人差の大きい感覚を、人の感覚に近い指標で評価できる革新的な技術です。2025年8月1日より正式に販売開始しました。
今回、京都市産技研の小田さんと共同開発をされた経緯について教えてください。
きっかけは、小田さんから「化粧ブラシの使用感を評価する試験機について相談したい」とお声がけをいただいたことでした。
京都市産技研では研究用に測定機構を開発されていましたが、使いやすさと精度をより向上させ、かつ量産しても安定して測定できる試験機を求めており、将来のJIS規格を見据えた試験機開発として、共同開発することになりました。
小田さんとはもともと、これまでの長いお付き合いを通じて信頼関係がありましたので、化粧ブラシという新しい分野での挑戦でしたが、積極的に取り組むことができました。
共同開発の成果やメリットについては、どのように感じていますか?
一番の成果は、やはり化粧ブラシの特性を数値で見える化できたことですね。
これまで“感覚”で語られていた、曖昧だった部分を、しっかりデータで示せるようになったのは大きかったです。
さらに、自分(小倉氏)が今まで携わったことが無かったJIS規格化のプロセスを経験できたことも、大きな学びになりました。
小田さんの印象や、共同開発で特に助かった点は?
今回の共同開発は、すでに世の中にある試験機を使って評価することは困難でした。そのため、まだ世の中にない試験機にて試験条件を定め、かつ量産可能な機械製作にまで落とし込むという難しいチャレンジでした。その上、これまで弊社が取り組んできたJIS規格開発に比べて、かなり短い期間での開発が求められていました。このような困難な場面においても、小田さんは常に優しく寄り添いながら、柔軟な提案をしてくださいました。研究者として豊富な知見を持ち、短期間で何度もやり取りが必要な状況でも、いつも冷静で丁寧に対応してくださいました。そうした女性ならでは、と言うより小田さんならではの柔軟性やきめ細やかさが、共同開発の現場で大きな強みになっていると感じています。
今回の共同開発で、新しい視点や発見につながったことはありますか?
女性研究者が増えることで、男性とは異なる視点や発想が生まれ、分野全体の発展につながると思います。この試験機ができることによって、今まで全く気づけなかったところに、新しい視点によって気づいたり、新しい発見が生まれる可能性がある。それは素晴らしいことだと思います。試験機とは結局のところ「人を豊かにするための道具」なので、新しい発見を提供することで、少しでも、製品を使っていただいている人たちや作っている人たちが喜んでもらえるような、そんな世の中になっていけるんじゃないか、という期待を持っています。
標準化(JIS規格化)の意義についてもお聞かせください。
標準化は、今まで曖昧だったもの(試験条件)がクリアになることで、企業間での技術比較を可能・容易にし、全体の技術水準を底上げする、重要な取り組みだと思います。切磋琢磨による技術の進化や、産業全体の発展、さらには消費者の選択肢拡大、満足度向上にもつながると考えています。
最後に、これから理工系分野を目指す学生や若手研究者にメッセージをお願いします。
同じ研究者と言っても、個性や、視点や、得意分野など、人それぞれの強みがあると思います。例えば女性研究者の場合、女性ならではの、男性研究者とはちょっと違うポイントで見ていたりとか、モチベーションの保ち方とか。今後、研究者の多様性が増すことによって、そうした違いが、何か新しい発見・発展につながるんじゃないかと感じています。
2.研究者紹介(小田 明佳(さやか)さん)
小田 明佳(おだ さやか)
2003年 京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科高分子機能工学専攻中途退学。同年 京都市産業技術研究所(現 地方独立行政法人京都市産業技術研究所)入所、現在に至る。
繊維製品を中心に、触感と力学特性の評価に関する研究に従事。
2児の母で、現在、神戸大学大学院人間発達環境学研究科人間環境学専攻博士後期課程 在学中。

2.小田明佳さんに聞きました
普段どんなお仕事、研究をされていますか?
京都市産技研は、試験・分析、技術相談、研究開発、担い手育成、知恵産業の推進、研究会活動によって、地域企業を技術面から支援しています。その中で、私が主に担当するのは、さわり心地や着心地などの人の感覚を数値化したいというご相談に対して、測定方法の提案や、試験の実施です。企業や大学との共同研究なども行っています。
今まで印象的だった研究内容や企業事例は?
化粧ブラシの研究です。私が京都市産技研に入所したときは、周りのほとんどが男性職員でした。そのなかで女性である私がどこで活躍できるかを考えたところ、女性にとって身近な化粧分野に着目し、取り組み始めたのが化粧用具の研究です。研究成果をたくさんの企業に使っていただいて、JIS規格化にもチャレンジできたという点で、一番印象的です。
産休・育休で見えた、職場と社会の変化
私は子供が2人いるので、2回産休・育休をとっています。1人目と2人目で6年の間があったので、この間に世の中もすごく変わりました。1人目のときは、産休・育休制度や復帰後の仕事と家庭の両立のための制度が充分ではなかったため、育休中や復帰後の不安が大きかったです。
ただ、2人目のときは子育てをしながらでも仕事に復帰しやすい体制になっており、職場もそうですが社会自体が、女性が働きやすい環境になったなという印象があります。特に、京都市産技研では私の10歳上の先輩女性が、結婚や子育てを経験されており、道を開いてくれていたことが心強かったです。

オノマトペって女性特有の文化?!
さわり心地において、「さらさら」や「ぷにぷに」、「つるつる」などのオノマトペがありますよね。ファッション誌などでオノマトペを多用するのは女性誌なんです。日常会話でもオノマトペを使うのは男性より女性の方が多いという調査結果があります。
さわり心地の研究をする上で、触感や印象を言語化するのはとても重要です。そういったところで、オノマトペを使い慣れている女性としての強みが活きるのではと思います。
さわり心地の研究の面白さは、例えば最近よく見かけるマイクロニードルが入っている化粧水を手の甲に塗ると、男性と女性とでは反応が全然違っていて、同じ製品でも性別や個々で感じ方の差がある、というところにあります。
研究職に進んだ背景は?加えて、公設試を選んだ理由は?
研究職を夢見始めたのは、小学生の時に見たアニメがきっかけです。自宅に実験室があり、女性のキャラクターがフラスコなどの実験器具を使って薬品を作っている姿をかっこいいと感じ、研究の道に関心を持つようになりました。
公設試を選んだ理由は、特化した開発を行う企業と違い、いろんなアイテムに対してアプローチが出来るという魅力があったからです。企業とは違うスタンスで、自身が行った研究が、広く役に立つという公設試ならではの達成感が感じられるところも魅力の一つです。
特に、京都市産技研は、自分が「これをやりたい!」ということを、のびのびとさせてくれる環境です。

研究の現場に多様な人が増えることの変化
研究の現場に多様な人材が集まると、新しい発見が生まれます。きめ細かさを追求する人、大胆な発想の人など、多様な特性があり、そこには女性としての特性も含まれます。そうした特性を活かすことで、その人らしい研究になると思います。
最後に女性の理工系学生や研究職の方にメッセージをお願いします。
以前は、ライフイベントによって女性がキャリアプランを中断せざるを得なかったことも多かったですが、今はそのあたりがカバーされてきて、自分がやりたいこと、役立ちたいことを途切れることなくできる世の中になってきています。ぜひ皆さんも自分の持っている力を、いろんな人の助けに使ってもらえたらなと思います。

4.取材を終えて
今回の取材を通じて強く感じたのは、「その人ならではの強み」が産学官連携の現場で確かな価値を生み出しているということでした。
現場で研究を動かしていたのは、一人ひとりが培ってきた経験や専門性、そして人との向き合い方だったのです。
企業担当者と夜遅くまで議論を重ね、課題を一つひとつ丁寧に解きほぐしていく。確かな専門性に加え、信頼関係を築き、状況に応じて柔軟に対応する。その積み重ねが、共同開発を成功へと導いていました。
だからこそ、今回の記事タイトルは「小田さんとだったからできたこと」としました。現場で本当に価値を生み出しているのは、多様な人材がそれぞれの強みを発揮できることだと感じます。研究の世界においても、自分らしさを活かせる環境が広がっている。その事実は、これから研究者を目指す皆さんにとっても、大きな希望になるのではないでしょうか。
元記事へのリンクはこちら。
- 近畿経済産業局 公式note