実践知とリカレント教育――経験を学びに変える回路
本連載では、社会教育とリカレント教育の接続を、自己実現という観点から捉えてきた。しかし、もう一歩踏み込んで考えるならば、両者を結びつける核心には、リカレント教育における「知」とは何かという問いがある。
一般にリカレント教育は、資格取得や専門知識の再習得といった「形式知」の学び直しとして理解されることが多い。しかし、実際の仕事や生活の場面では、それだけでは十分ではない。むしろ重要となるのは、状況に応じて判断し、他者と関係を築きながら行為を選択する力である。ここで浮かび上がるのが、「実践知」という概念である。
経験の中で生成される知
実践知とは、具体的な経験の中で形成される知である。それはマニュアルとして完全に記述できるものではなく、状況への応答の中で発揮される。同じ知識を持つ者同士であっても、現場で適切に判断できるかどうかには差異が生じる。この差異は知識量ではなく、経験の中で培われた実践知の違いに起因する。
実践知は個人の内部に蓄積されるだけでなく、対話や共同作業を通じて共有され、更新されていく。職場での何気ない会話や地域活動での協働の過程で経験は意味づけられ、知として再構成される。ここでの学びは経験を知へと転換するプロセスそのものであり、この転換を支える仕組みこそが、リカレント教育の本質的な課題である。
「経験を持ち寄る学び」
リカレント教育を実践知の再編成として捉え直せば、その姿は大きく変わる。学習者は「知識の受け手」ではなく、それぞれが豊かな経験を持ち寄る存在となり、教育の場は、経験を共有し再解釈する場へと転換する。
異なる職業経験を持つ人々が集まり、それぞれの実践を語り合う場では、単なる情報交換を超えた学びが生まれる。他者の経験に触れることで自分の経験の意味が再構成され、新たな行為の可能性が開かれる。
こうした学びのあり方は、社会教育がこれまで培ってきた対話的・参加型の学習と深く響き合う。
社会教育が支える実践知の循環
地域ワークショップ、学習サークルなどでは、専門的な知識に加え、生活の中で培われた知が自然に共有される。そこでは、専門家と非専門家の区別が相対化され、それぞれの経験が学びの資源として活用される。
たとえば地域の防災学習においては、専門的な知識と住民の経験が結びつくことで、より実践的な理解が生まれる。これは、実践知が社会的に編成されていくプロセスそのものだ。社会教育は、このような知の循環を支える「場」を提供する。そこでは、学びは個人の内面に閉じることなく、他者との関係の中で広がり続ける。
「知の更新」から「自己の再構成」へ
リカレント教育を実践知の観点から捉えると、学び直しの意味もまた変わってくる。単に新しい知識を追加することではなく、経験を再解釈し、自身の在り方を更新するプロセスである。
人は、経験を積むほどに固定化された見方や行動様式を持つようになる。しかし、学びの場で他者の経験に触れ、自らの経験を語り直すことで、その枠組みは揺さぶられる。この揺らぎこそが、新たな実践知の生成を可能にする。
したがって、リカレント教育は「どのように経験を扱うか」という視点から設計される必要がある。
実践知に開かれた学びの社会へ
大人の学びは、すでに持っている経験を出発点とする。その経験が学びの中で再編成されるとき、個人は変化し、その変化は地域や社会にも波及していく。社会教育は、その循環を支える公共的な基盤として、ますます重要な役割を担うことになるだろう
実践知に開かれたリカレント教育は、人が生涯にわたって学び続ける社会の姿を具体的に示す。その可能性をどのように制度化し、実践へと結びつけていくかが、今後の課題である。