徳島発スタートアップ クラウド型タクシー配車システムが地域交通を支える

(※本記事は日本政策金融公庫が発行する広報誌「日本公庫つなぐ」の第34号<2025年4月発行>で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

株式会社電脳交通 代表取締役社長 近藤 洋祐 氏
株式会社電脳交通 代表取締役社長 近藤 洋祐 氏

タクシーのクラウド型配車システムを開発し、全国の中小タクシー会社に提供して急成長している徳島市の株式会社電脳交通。10年前に創業した代表取締役社長の近藤洋祐氏は、かつて米国メジャーリーグを夢見て単身渡米した高校球児だった。次に情熱を注いだのは廃業寸前だった実家のタクシー会社再建。さらに、素晴らしい人材との出会いで新たな事業に成功したが、その起業家精神の根底には、地元愛と持続可能な地域交通を支えるという強いミッションへの意識がある。

廃業寸前のタクシー会社 米国帰りの孫が家業継ぐ

クラウド型タクシー配車システムとは、配車オペレーター用画面とドライバーの手元の車載タブレットをセットにし、GPS(衛星利用測位システム)を利用した効率のいい配車システムだ。クラウドサービスだから、自前で新たにサーバーや周辺機器を備える必要がなく、パソコンとインターネット環境さえあれば安価に導入できる。大幅にコストを削減できることから、配車要員コストや新規の設備投資に悩む全国各地の中小タクシー会社への導入が進んでいる。

クラウド型タクシー配車システムで、オペレーターとドライバーをリアルタイムでつなぐ。タクシー車内のタブレットと連携し、予約管理やルート案内もスムーズに行える
クラウド型タクシー配車システムで、オペレーターとドライバーをリアルタイムでつなぐ。タクシー車内のタブレットと連携し、予約管理やルート案内もスムーズに行える

このようなDX(デジタルトランスフォーメーション)推進で「地域のタクシー業界に変革をもたらす」と、2015年12月に創業した徳島発のスタートアップに、業界の内外から熱い視線が注がれている。しかし、起業した近藤氏には、廃業寸前に追い込まれていた実家のタクシー会社を継ぎ、自らタクシー運転手をしながら泥くさい営業に汗をかいていた“前史”がある。

身長182センチメートル、体重は以前よりは増えたとは言うがスラリとした長身の体形は、野球選手の面影を残している。中学まではバスケットボールやラグビーをやっていて、野球は高校からと遅いスタートだったが、独自のトレーニングに励み投手として活躍した。

2000年代半ば、メジャーリーグではイチロー選手が大活躍していた時代。チャレンジ精神が旺盛な青年は18歳の時、将来の大きな夢を見た。米国のいくつかの大学のセレクションを受け、日本人が少ない米国アイオワ州の大学を選び野球漬けの日々を送った。だが、現実は甘くはなかった。肩を痛めて野手に転向し、一時は1軍に上がることができたが定着はできなかった。米国では「努力したプロセスは評価されず結果が全て」ということを身に染みて学ぶとともに、その後の成長につながる「失敗を恐れずにチャレンジする精神」を強くしたと思っているという。

プロの野球選手への夢を諦めて2009年に帰国したが、まだ野球への思いがくすぶっていた。そこで、仕事をしながら高松市の社会人野球チームでプレーを続けた。「木のバットでホームランを打ったら辞める」と心に決めていた通り、痛快にスタンドに打ち込んで、1年できっぱりと野球から身を引いたという。

実家に戻った近藤氏を待ち受けていたのは、祖父が1970年に立ち上げた「吉野川タクシー」の経営危機だった。その祖父が病に倒れ、教員だった父は経営にはタッチせず、祖母と母が手伝っていた状態だった。2010年、持ち前のチャレンジ精神で家業再建に向かうことになった。

自らタクシーを運転して現場の状況と課題を知る

吉野川タクシーは営業台数が9台の小規模企業。高齢のドライバーが多く、赤字が続き、経理や日報管理などは紙の帳簿につけるアナログ時代のままと、まさに廃業寸前の会社だった。しかし「逆に失うものはない」と開き直った。壮大な夢を追って米国に渡ったチャレンジ精神と実行力を、新たにビジネスに投入した。

入社前にタクシー運転手に必要な第二種運転免許を取得し、経営再建の責任を負いながら自らタクシーを走らせた。「若くて英語が話せるドライバーさんがいると評判になっていましたよ」と地元の喫茶店の店員が当時を振り返る。徳島駅前などでビジネス客に名刺を配って名前を売った。法人営業にも力を入れ、SNSで積極的に発信も続けた。自分の携帯電話で配車依頼を受けて、寝る間もないほどの時期もあったという。

一方で、会社経営では、各種帳簿類を表計算ソフトで作成するなど、アナログな手作業を徐々にデジタル化していった。それで見えてきた過剰な人件費や燃料費などの経費削減を可能な限り図った。

近藤氏は青少年期にインターネットが急速に普及した世代だ。日本よりインターネットの普及が進んでいた米国に留学した時にさらに実感した。帰国後は日本もスマホやタブレットが普及し始め、モバイルインターネットの時代に入ろうとしていた。自ら運転するタクシーにタブレット端末を持ち込んで運用するなど、現場を体験しながら業務の効率化に知恵を絞る日々が続いたという。

やがて、妊産婦の送迎や外国人観光客へのおもてなしなどのサービスを始め、そのような営業活動の様子をSNSで積極的に発信すると顧客が増え出し、営業成績が上昇していった。このIT活用による集客力アップと経営の合理化を進めたことで、実家のタクシー会社を承継して5年間で経営は見事に回復した。

ITエンジニアとの出会い 独自の配車システム開発へ

「過疎化が進む徳島県はいわば課題先進県です」と近藤氏は語る。徳島県の人口は減り続けており、2023年4月に「70万人をほぼ1世紀ぶりに割った」と県が発表し衝撃が走った。2025年3月現在では約68万1千人とさらに減少している。少子高齢化の進展とともに進学や就職による若者の県外流出など社会減が止まらない状況だ。人手不足はタクシー業界も例に漏れず、ドライバーの高齢化も深刻化している。車両台数が10台までの会社がほぼ7割を占めるタクシー業界は、放っておけば衰退を余儀なくされる状態だが、地域の重要な交通手段であることに変わりはない。

大都市部では大手タクシー会社を中心に配車アプリが普及してきていたが、地方部ではまだ電話で配車依頼を受けて無線でドライバーに連絡するという会社が多かった。コールセンターの要員配置の人件費は経営を圧迫しているし、会社で車両の稼働状況の確認や空車管理が正確にできないという問題を中小各社は抱えていた。近藤氏はそのような業界の現状を分析し課題を棚卸しして、配車システムのDX化を模索していた。

それを解決してくれたのが現在電脳交通の最高技術責任者である坂東勇気氏だ。2015年春、近藤氏は徳島青年会議所の会員として「IоT(モノのインターネット)」に関するシンポジウムを企画した。そのパネリストとして来てもらった坂東氏と後日会って語り合い、意気投合したという。

坂東氏は複数の大手IT企業でアプリ開発を手掛けてきた異能のエンジニアだ。近藤氏が解決を目指す業界の課題を説明すると「分かった。基本的なソフトは2週間でできるよ」との返答。それまで何人かのエンジニアに打診してきたが、桁違いな日数とコストが示されていただけに、近藤氏は驚くとともに開発実現に確信を持ったという。

早速、吉野川タクシーの車庫での開発作業が始まった。坂東氏はその言葉通りに2週間でソフトを仕上げ、近藤氏が自ら運転するタクシーに実装してバグを検証。使い勝手の要であるユーザーインターフェースの改良などさまざまなオーダーを繰り返した。そして3カ月後に初めてのクラウド型タクシー配車システムを完成させた。

全国47都道府県で導入 交通インフラへ公共的責任

近藤氏は「現場の課題を熟知し、それを解決できるシステムなので絶対売れるという自信があった」という。その年の12月、2人は資本金を出し合い徳島発のスタートアップ「電脳交通」を立ち上げ、課題を共有する中小タクシー会社に売り込んでいった。さらに、各社の重荷になっているコールセンター業務の受託代行もセットに営業を進めていった。

システム開発とその営業が順調に進み、会社が成長していく中で、組織の改編も必要になってきた。そこで2019年に招いたのが現在最高執行責任者の北島昇氏だ。大手中古車販売会社の執行役員などを務めた新規事業、人事、マーケティングのプロで、急成長する電脳交通に新たな人事評価制度を導入した。坂東、北島の両氏とも近藤氏より数歳年上だが、成長する企業体の確立へトロイカ体制が整った。

地域交通の未来を切り開く北島氏(左)、坂東氏(中央)、近藤氏(右)。各分野のエキスパートが集結し、新たなミッションに挑む
地域交通の未来を切り開く北島氏(左)、坂東氏(中央)、近藤氏(右)。各分野のエキスパートが集結し、新たなミッションに挑む

このタクシー配車システムはクラウドサービスなので、常に最新機能を提供できるのが強みだ。2024年2月に、このシステムを導入した会社のエリアがついに全国47都道府県を網羅した。現在、提供会社は約600社だ。コールセンターは本社のある徳島市と岡山市、北九州市の3拠点あり、約150の提携会社の配車を代行している。広報や人材確保のための東京オフィスも設け、創業10年目で従業員約200人の規模にまで成長した。

2023年に移転した徳島市の本社オフィス。フリーアドレスを採用し、部署を超えたコミュニケーションが生まれやすい環境を整えている
2023年に移転した徳島市の本社オフィス。フリーアドレスを採用し、部署を超えたコミュニケーションが生まれやすい環境を整えている

また、バス路線の廃止など公共交通の空白地帯の拡大が全国各地で大きな問題になっている。そのような地域課題を解決するために、自治体と連携して乗り合いタクシーの配車システムと配車サービスを提供している。すでに新潟県加茂市など延べ70以上の自治体と協力している。

さらに、JR西日本グループやNTTドコモなど交通、通信の大手などと提携し、さまざまな交通サービスの創出に関わることで地域交通インフラを支える企業として大きな期待が集まっている。近い将来、東証グロース市場での上場を目指しているが、それは「公共的な企業として責任を明確にしたい」という思いからだ。近藤氏は「徳島で創業して上場した企業は10社くらいしかないそうだ。将来の起業家のためにも頑張りたい」と話す。徳島で生まれ、育ってきたスタートアップが「地域交通を支える」という大きなミッションを担っている。

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