データスペースが産業の在り方を変える!カギを握る「機運醸成」
(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2026年3月26日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)
社会課題の解決と同時にイノベーションによる経済成長を目指そうと、企業や業界、国境を横断するデータ共有・連携を目指す動きを追った政策特集「ウラノス・エコシステムで企業はどう変わるか?」。
最終回は、「ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会」(RRI)WG1共同主査やデジタルエコシステム官民協議会企画運営委員を務め、この道の民間有識者である日立製作所シニアストラテジストの入江直彦さんと経済産業省情報経済課の依田大希、磯部光平が、データ共有・連携の現状と展望について語り合った。
データの共有・連携で、企業、産業界、日本経済はどう変わっていくのか。
欧州の動きに呼応。官民協議会も発足
依田 経済産業省は産業データを連携し、新たな付加価値を創出しようと取り組みを進めてきました。ウラノス・エコシステムはそのイニシアチブの名称で、車載蓄電池のトレーサビリティー(追跡可能性)、製品含有化学物質・資源循環情報プラットフォーム(CMP)などユースケースを広めています。
一方で、「データ連携しよう」と政府が言っているだけでは、なかなか前に進みません。そこで産業政策と対になる技術政策として、経済産業省傘下の独立行政法人「情報処理推進機構」(IPA)で進めているのが「Open Data Spaces」です。ウラノス・エコシステムのユースケースから見えてきた共通要素を体系立った形に整理したもので、OSS(Open Source Software)として今年度末に公開します。これを参照することで、様々な産業でデータスペース※が構築され、ユースケースが広がっていく一助となることを期待しています。
本日は産業データの利活用に関して民間有識者である入江さんのお話を伺いながら、データ共有・連携の現状と展望について、語り合いたいと思います。
入江 2015年に「ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会」(RRI)が設立されました。安倍晋三首相(当時)が「ロボット戦略」を打ち出し、ドイツで「インダストリー4.0※」の議論が盛り上がった時期で、国内でこの問題を議論していくためにつくられた組織です。
欧州で「GAIA-X※」や「Catena-X※」がスタートし、こうしたテーマを国内でどう考えていくかRRIの中で議論し、欧州の動向調査や国内のユースケースをまとめて、その一部は経済産業省の「ものづくり白書」にも記載いただきました。
その後、もっと大きな枠組みで議論しようということで、経団連に産業データスペースの検討会が発足し、提言を発表したところ結構な反響があり、さらに民間だけでなく関係省庁とも連携して、2025年6月にデジタルエコシステム官民協議会(官民協議会)が発足、議論を重ねている状況です。
※インダストリー4.0…IoTやAIなどのデジタル技術を活用し、製造業を高度に自動化・最適化する取り組み。第4次産業革命とも呼ばれる。2011年にドイツ政府が提唱した産業振興政策に由来する。
※GAIA-X…データガバナンスとデータ流通の基盤プロジェクト。データ連携を進めるプロジェクトとして、ドイツやフランスが主体となってスタートした。
※Catena-X…BMWとベンツ等の欧州自動車メーカーが共同で、GAIA-Xの一環として設立した。非競争領域のデータを企業間で交換することで、EUの自動車産業全体の発展を目指している。
進まぬ製造業のDX。国主導でデータスペース構築を
磯部 入江さんの中には、日立製作所という一つの企業からの視点とRRIという企業の枠を越えた視点の二つがあると思います。この点はこれまでの活動の中で、どのように整理されているのでしょうか。
入江 私が現在所属している大みか事業所(茨城県日立市)は、2020年に世界経済フォーラムから、先進的にDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んでいる工場である「ライトハウス(Lighthouse)」に認定されました。我々としては、DXはどうしても必要なものだという認識で取り組んできました。
ただ、RRIの中で議論していると、DXを進めている企業もあれば、「どこから手を付けたら良いか分からない」というところもあります。大みか事業所にも100社近い企業が見学に来られ、私自身いろいろとお話をうかがっています。日本全体として製造業のDXが進まないという課題は「ものづくり白書」にも毎年のように取り上げられますが、日本の産業力を向上させていくためには、企業のDXのレベルを引き上げていく必要があります。
しかも、欧州では更に企業間でデータ連携し、DXを加速化させるという動きが出ている中で、これ以上遅れてしまうのはまずいという危機感があります。企業の自助努力だけではどうにもならないところもあり、国としてデータスペースを構築して様々な国や地域と連携を図っていくことを真剣に考えなければいけません。官民協議会という座組ができたことで、議論が進むことを期待しています。
「ユーザーフレンドリーな日本」「トップダウンの欧州」
磯部 いろいろな企業とお話をされる中で、あるいは日立製作所という企業としての目線で、欧州と日本の双方のアプローチをどのように評価されていますか。
入江 ウラノス・エコシステムはどちらかというと、自動車用蓄電池のトレーサビリティーのようにユースケースを地道に積み上げているイメージです。参加する企業にできるだけ負荷がかからないようインターフェースもシンプルにできています。一方で、欧州はトップダウンで、ルールやユースケースについて「こうあるべきだ」と、強く発信する傾向があります。発信することで企業や団体、大学、研究機関を巻き込んでいくのです。まずはデータ主権です。データは必ず企業の中にあって、それをコネクターで結ぶというつくりです。ただ、実際に企業が自分の工場に取り入れるには、技術的になかなか難しいという印象です。
最終的にデータスペースで国や地域をまたいで連携する際、日本と欧州のやり方が違いすぎると相互運用性、相互接続性が難しくなるので、どう折り合いを付けていくかは大きな課題だと思います。
ただ、今年度末にIPAが公開するOpen Data Spacesは、欧州型も含むハイブリッド型になると言われているので、ユーザーフレンドリーな部分とトップダウンで「こうすべき」というところの折衷案が出てくるのではないかと楽しみにしています。
勝負は「拡大フェーズ」。中小企業の参加がカギ
依田 Open Data Spacesをオープンプロトコル、オープンソースとして公開できるのは価値あることだと思いつつ、一方で実際のユーザーの方々がどのように実装すれば良いか分からないという課題は依然としてあると思います。そこは、ユーザーとなる産業界のみなさんの声を聞きながら、経済産業省、IPAとして考えていかなければと思っているところです。
入江 昨年、RRIの国際シンポジウムでドイツ政府の方が、データスペース構築のフェーズには「Influence(感化)」「Build(構築)」「Run(運用)」「Scale(拡大)」の四つがあり、「欧州は今まさに運用のフェーズに入り、次は拡大フェーズに入っていく」という話がありました。日本においても、今後いかに拡大していくかが勝負になると思います。
国内外のデータスペースに参加している企業は、現状数100社程度です。例えば、実際に化学物質のトレーサビリティーを実現するには、実際には1万社の参加が必要だといいます。大企業から中小企業まで、どこが欠けてもトレーサビリティーは実現できないので、必要な方たちを巻き込んでいくことが重要になるので、そのための政策をどう打っていくのかが問われることになると思います。
「高速道路は作ったけれど、走らせる車がない」はダメ
磯部 日本企業のサプライチェーンは国内に限らず、アジア、北米など幅広いエリアに存在しています。海外展開についてはどのようにお考えですか。
入江 電子電機に関わる業界の方と議論しますと、サプライヤーは主に東南アジアの企業になります。タイ、インドネシア、シンガポールといった国々をどうやってデータスペースに組み込んでいくかは極めて重要です。ただ、データスペース以前に、必要なデータを東南アジアの企業が整理して、出せるようにするかが、まず重要です。「データスペースができました」というだけではなく、そこで流通させるデータのつくり方、整理の仕方を一緒になって考えて、ガイドラインをつくっていかないと、多分うまくいきません。
高速道路はつくったけれども、走らせる車がないということになってしまいます。
民が機運醸成、官は参加しやすい制度設計を
磯部 国内でも中小の事業者がDXに着手できていない問題と似ている側面があると思います。官民協議会が発足し、官民が一緒になって推進のギアをあげていくに際して、官民はそれぞれどんな役割を担えば良いのでしょうか。
入江 データスペースを大きくしていく際、最初のステップは機運醸成です。その役割はどちらかというと、官ではなく民だと思います。「あれやれ、これやれ」ではなく、いかに「みんなでやっていこう」という機運を醸成するのは民間の役目です。また、最終的に経済合理性を持たないといけません。どうすればペイするか、設計して持続可能なものにしていくのも民間の役割かなと思います。
ただ、そうやってデータスペースに関するビジネスモデルをつくっても、技術的な問題や経済合理性から、なかなか入れないという中小企業もあるでしょう。その時に技術的な面やお金の面で、入りやすい枠組み、制度を国として設計してほしい。民間の立場からすれば官側に期待したいところです。
データのデジタル化、データスペースが促す
依田 中小企業をどうやって巻き込んでいくかは、データスペースに限らずデータ利活用全体として、私たちが取り組んで行かなければならない課題だと思っています。そもそも日本の製造業でデータの利活用が進まない一番のハードルは何なのでしょうか。
入江 データの全てをデジタル化するということを、大企業も含め日本の企業はあまりやっていません。例えば、今後CO2の排出量を算出しようと思うと、企業の活動量に関する情報をデジタル化して計算式に当てはめて算出しなければなりませんが、計算式に当てはめるデータができていない。また、デジタル化されても、それが整理されていないため、すぐに使えないなどの問題があります。日本の製造業のDXが進まない理由は、まさにここにあると思います。
磯部 そういう意味で、データスペースを推進することは、企業のDXを進める上で、「外圧」と言いますか、起爆剤となるのではないかと感じます。日本企業をデジタル化していくという点で、そうした期待のようなものはありますか。
入江 企業がDXを進める理由は大きく二つあります。一つはいかに業務を効率化するか。「Save Money」するかという点。もうひとつは、ビジネスそのものを変革していく「Make Money」のためです。自分たちのしてきたことの延長だと、なかなか進まないけれど、外圧によって「こういうデータはデータスペース上でやりとりすることが当たり前になります」となると、DXしよう、デジタルを使ってトランスフォーメーションしようという契機になると思います。
DX人材の不足、AIが解消?
磯部 今後AIの利活用にもデータが不可欠だと思います。データスペースという文脈でも様々な取り組みが生まれてくると思います。その点について、どのようにお考えですか。
入江 DXのコスト、データスペースにコネクトするためのコストは、AIによって劇的に下がるのではないかという気がしています。データを取ってくる、データを解釈するといったことが、生成AIですごく楽になるのではないでしょうか。長年、DXが進まない要因として人材がいない、エキスパートが不足していると言われてきました。これがAIを活用することによって解消する。DXにつながり、データスペースへの参加につながるということは、ありえると思います。
ただ、生成AIを活用したとして、どういう価値をどこに対して生み出すかというのは今後の議論だと思います。Make Moneyという点に関しては、企業はアイデアにしてもデータにしても囲い込んで出したがらない。企業の壁をうまく越えて、業界として大きな価値を生み出せるかというのは、RRIでも中長期的ユースケースの議論をしていますが、なかなか具体的な像が見えない。ここはまだまだ議論が必要です。
AI-Ready化、「経産省はどんどん引っ張って」
依田 データスペースに参画するためには、そもそもデータがあること、かつデータが整理されている必要があるとのお話がありましたが、私たちは最近「AI-Ready化※」という言葉をよく使います。企業内のデータが構造化されて、AIが解釈できる状態になっていないと、AIが学習することもできないし、AIアプリケーションを使おうと思っても、きちんとデータ検索ができず、満足なアウトプットが出てこない。データの構造化とコンテクストの付与が、より重要になってくると考えています。将来的な理想像としては、生成AIが企業内のデータの構造化・AI-Ready化を進め、AI-Ready化されたデータによって企業のAIの利活用が進むといったエコシステムがつくっていけるのではと考えているところです。
入江 国内企業のかなりの率でデータのAI-Ready化が進めば、産業のあり方が変わるのではないかという期待感を持っています。企業内データのAI-Ready化については、経済産業省にどんどん引っ張っていってほしいと思います。企業にとっては自分たちのノウハウになるので、あまり出したくないものです。なので、そこの研究開発を国としてサポートいただいて、みんなで広めていこうという活動は極めて重要だと思います。各企業がAI-Ready化されることは、データスペースを広げていこうという時、機運醸成に勝るとも劣らない基盤になると思います。
「やろう」という機運と、データをきちんと準備する方法論を各企業がしっかりと持っている。日本の製造業にそうした風土が欲しいと思います。
※AI-Ready化…分かりやすい構造・適切なサイズ・意味付け・高い品質等、データがAIで利活用しやすい状態となること。
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