生活用品から宇宙ロケットまで 金属加工で「オンリーワン」のモノづくり

(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2024年10月11日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

東京南部の大田区は約3500もの工場があり、モノづくりの街として知られる。とりわけ、精密な金属加工を請け負う中小の企業が多く、「大田区に空から図面を投げ込むと、翌日には見事な製品になって出てくる」と言われるほど。1947年に創業した北嶋絞製作所もそうした工場の一つだ。金属の板に「へら」と呼ばれる工具を押し当てて加工する「へら絞り」を得意とし、照明器具のような生活用品から、精密医療器具やロケットや航空機の部品までを幅広く手がける。その多くが熟練した職人の技によって支えられ、機械による大量生産と一線を画した「人間くさい」モノづくりが特長だ。近年は廃棄物を輩出しないゼロエミッションや、デジタル技術を使って業務を改善するDX(デジタルトランスフォーメーション)にも取り組んでいる。機械がまねすることのできない、人間の感覚や勘を重んじた「オンリーワン」のモノづくりとは?

北嶋絞製作所の外観
外観はミニマルな北嶋絞製作所。近隣は近年、工場に交じって倉庫なども目立つように

社内に置かれている金属加工品たち
社内に無造作に置かれた金属加工品は、現代アートのインスタレーションのよう

大田区には住んだことも働いたこともない。しかし、大田区には不思議と親しみがある。学生のころよく通った、シネコンの先駆けとされるキネカ大森が今も大田区にあるし、東京国際空港(住所は大田区羽田空港!)も公私問わず数え切れないほど利用した。航空機の離着陸を間近に眺められる京浜島つばさ公園で若い時、デートしたことだってある。京浜島は、工場用地として埋め立てられた大田区にある人工島。そこに北嶋絞製作所はある。だから、取材で再訪して懐かしい心持ちがした。製作所までは、JR大森駅からなら車で約20分。東京モノレールの昭和島駅から、歩こうと思えば歩けないこともない。

へら絞りでしか実現できない精度と強度

さて、仕事の話。製作所の外観は町工場然としていて、取り立てて面白みはない。ところが、中に入ると、大きな鈴やら、ロケットの先端を思わせる円錐形の金属部品やらがあちこちに転がる、不思議な空間が広がっていた。その中で目に付いたのが、直径30センチほどのアルミ製のボウル(?)。「これも作ったのですか」と尋ねると、その通りで売れば、かなり高額になるらしい。形は家庭で使っている調理用ボウルと似ているが、こちらがプレス加工で大量に作られているのに対し、製作所のボウルは手作りの一点物。そもそも「ボウル」と呼んでは失礼で、通信用パラボラアンテナを作る際の精度の高さを示すための試作品だという。曲面の歪が限りなく少なく高精度で作られていて、曲面に当たって反射した電波が一点に集まる。アルミの厚さは0.5ミリと市販の調理用ボウルの半分ほど。さらに試作品の見込みには企業名が彫ってあり、その部分のアルミの厚さは0.2ミリしかないという。実際、持ってみると軽い。それでいながらしっかりとした強度。「この精度と強度は、へら絞りでしか実現できません」と工場を案内してくれた高橋輝雄さん(55)と半澤実さん(37)が教えてくれた。名刺を交換すると、肩書がない。「うちは社長以外、肩書がありません。強いて肩書を入れれば職人ということになるんでしょうか」と2人は笑った。

ボウルの画像
北嶋絞製作所が技術力の高さを示すために試作した加工品。写真で軽さを表現できないのがもどかしい

100分の1ミリの精度で金属を加工するへら絞りの技

へら絞りは、回転する金属板に「へら」と呼ばれる棒状の工具を押し当てて、少しずつ変形させながら設計図通りの形状に仕上げていく加工法。シンプルな工法で、最後は人間の感覚が頼りだ。プレス加工が雄と雌の金型を必要とするのに対し、へら絞りは雄の金型だけで作れ、繊細な力の加え具合によって精密な製品を作ることができる。熟練した技術者になると、へらが金属に当たるかすかな音で成形の具合が分かり、100分の1ミリの精度に対応できるようになるという。もっとも、一人前になるには「10年はかかるかも」とのこと。1枚の金属板が複雑な形状に変化する過程はマジックのよう。それをへら一本で表現する職人たちのカッコいいこと!

「へら絞り加工方法」の説明図
棒状のへらを材料に押し付けて成形していく

職人がへらを当てて金属を加工している様子
棒状の「へら」を当てて金属の板を加工。熟練すると、金属に当たるわずかな音で歪の有無がわかるという

工場内に置かれた様々な形のへら
様々な形のへらは工場内で自作する。それぞれ、職人に応じてカスタマイズされたものも多いという

職人たちの誇りに裏打ちされた「困難な加工への挑戦」

北嶋絞製作所では、創業者の北嶋隆一(たかいち)氏が70年ほど前に1台のモーターを譲り受けたのを機に、へら絞りで鍋ややかん、そして欄干などの柱の上端に付ける擬宝珠(ぎぼし)などを作り始めた。その過程で、職人たちの熟練度が高まり、企業としての経験値も増え、より複雑で精密な加工によって市場を切り開いてきた。現在は経営の理念の大きな柱に「品質第一」「短納期」、そして「困難な加工への挑戦」を掲げる。その「挑戦」が職人たちの誇りにもつながる。「うまくいってもいかなくても、毎日、発見があって面白い仕事なんです」と入社17年目の半澤さんは話す。製作所では現在、何に使われるか知らされていない直径3ミリの微細な部品から、直径2.5メートルの巨大な通信用のパラボラアンテナまで、年間1000種類以上の加工品を作っている。

古いモーター
この小さなモーターから、北嶋絞製作所の挑戦の日々が始まった

他社では難しいレアメタルの加工も意欲的に手がける

「挑戦」はタングステン、チタン、タンタル、そしてモリブデンといった加工の難しいレアメタルの加工にも及ぶ。中には「鉄」というより「ガラス」に近い素材もあり、その特徴を熟知した職人たちが試行錯誤を繰り返しながら作っていく。綿密なマーケティングを重ねながなら進める商品開発とは対極のモノづくり。「だから営業の部隊もいないんです」と高橋さんは話す。精密な新製品の開発を行っている企業があちこちで断られて、最後にたどり着くのが北嶋絞製作所だという。価格は他社より高くなるが、それに見合う圧倒的な技術力を駆使したモノづくりを行うことで評価を高めてきた。技術の安売りはしないという。

ゼロエミッションにも取り組み、社会的な責任を果たす

もっとも,課題がないわけではない。炭素繊維のような金属に代わるハイテク素材が普及し始めていることに加え、高度な技を備えた人材育成も進めていかなくてはならない。「近年は、ただモノを作っていればいいというわけではなく、メーカーとして社会的な責任も果たしていかなくてはならない」と富永聡社長(57)は話す。そこで東京都中小企業振興公社と進めているのがゼロエミッション経営。ゼロエミッションを経費節減の手段として捉え、2022 年にスタートし、今年は生産性の高い設備の導入などを行い、空調効率を考えた工場レイアウトの変更など省エネにも取り組む。2025年度までに「新設備による生産性11%向上」「炭素生産性5%向上」、そして「へら絞り事業の売り上げ8%増」の達成を目指す。さらに2030年度までに「炭素生産性20%向上」という長期目標も掲げている。

人材育成にDXを活用し、さらなる進化を目指す

その過程でDXも進め、オンザジョブトレーニングが基本だった技術の伝承などもある程度はデジタルの力を応用していくという。現在はコンピューターを使って設計の支援を行うCADの導入を進めている最中だ。これまでは少量多品種のモノづくりが中心だったが、最新の工作機械やDXの導入によって、高精度を維持しながら量産できる態勢も整えていく。他社の追随を許さない高度な技術を掲げる北嶋絞製作所のへら絞りは、社会の変化に対応しながらさらに進化を続けている。

近い距離を飛行機が飛んでいる様子
工場のある京浜島は羽田空港に近く、航空機の離着陸も間近に望める。帰りのバスの中から、着陸する飛行機をパチリ

【企業情報】▽公式企業サイト=https://www.kitajimashibori.co.jp/▽代表者=富永聡社長▽社員数19人▽資本金1600万円▽創業=1947年

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