自立・発展した「自治体職員3.0」の創出がDXを実現させる

地域の課題が複雑化する中、人手不足に加えて、自治体職員の仕事は増すばかり。地域の課題を解決しつつ職員の負担を減らすには、自治体DXと官民共創の発想が欠かせない。社会構想大学院大学特任教授の牧瀬稔氏が、自治体職員を取り巻く状況や自治体DX推進に向けて、今何が必要かを語る。

関東学院大学 法学部地域創生学科 准教授/
社会構想大学院大学 特任教授 牧瀬 稔氏

政策公害がもたらす
外部不経済

自治体職員を取り巻く環境は、時代とともに変化してきた。1999年代までの地方公共団体を取り巻く環境は、国をトップに、都道府県、市町村という形で、国の指揮監督のもとで自治体運営を進める上下・主従の関係となっていた。政策づくりにおける市町村職員の創意工夫は必要なく、国や都道府県から言われたことを忠実に行っていく能力が求められた。

「当時は“シビルミニマム”が基本で、自治体が住民のために保障しなければならない最低限度の地域づくりが求められ、全国どの自治体でも同じ水準の画一的な行政サービスの提供が目標とされました。私はこの時代の自治体職員を、『自治体職員1.0』と位置付けています」

図1 自治体職員1.0

出典:牧瀬氏作成

2000年代に入ると、地方分権一括法によって市町村の裁量が広がり、国・都道府県・市町村が対等・協力の関係になったことで、自主性を基調とした自治体運営が行えるようになった。シビルマキシマムをキーワードに、地域の個性を最大限に活かした特徴的な地域づくりが求められるようになったのだ。

「『自治体職員1.0』に対し、2000年以降から現在までは『自治体職員2.0』の時代と言えます。自治体職員2.0では、裁量の幅が広がり、生き生きと働けるはずでしたが、実際は真逆となっています。原因は、あまりにも仕事が多すぎることです」

図2 自治体職員2.0

出典:牧瀬氏作成

地方創生に始まり、1億総活躍社会、働き方改革、近年ではSDGsへの取り組みも求められている。行政のデジタル化も始まり、事務量がどんどん増える一方で、自治体職員数は減るばかりで増えることはない。このギャップを埋められなければ、職員の多くが鬱になってしまう。昨年度の総務省の調査では、一般行政職員のうち約2万人が休職していることが明らかになっている。

「私は、こうした状況を『政策公害』(造語)と表現し、改善を呼びかけてきました。政策公害の定義は、『自治体の多すぎる政策づくりと政策実施によって、自治体職員や地域住民に外部不経済をもたらすこと』です」

DXはITの延長ではない

行政事務の増加と職員数減少というギャップを埋めるパターンにはいくつかあるが、従来の方法では、解決はなかなか難しい。例えば、「職員の勤務時間を増やす」ことはできるが、職員の不幸の上に自治体経営があるのでは持続性はない。「職員数を増加する」ことも考えられるが、定員増は議会や住民がOKと言わない。「職員の能力開発」は必要だが、多忙の中で研修への参加は停滞。さらに、一般的には財政が悪化すると職員研修費をカットする傾向にある。

「こうした中、新しい解決法として注目されているのが『DXによる生産性の向上』です。総務省の設置した『自治体戦略2040構想研究会』の報告では、『ICTの活用を前提とした自治体行政を展開する必要がある』と言及されています」

DXにより業務負担の軽減、生産性向上を狙うことが可能となる一方で、問題もある。

「DXは行政においては未知数なため、大きな可能性がある一方、基本的に冒険をしたがらない自治体職員がなかなか動かず、前に進まないという状況があります。特に問題なのは、自治体職員の脳が『DX(ICT)脳』になっていないことです」

現時点では、多くの自治体職員にはDXに関する知識が少なく、DXを未知なるものと捉えてガードする傾向にあるという。

「DXの正しい理解の促進と、『DXが輝かしい未来を創造するのではなく、輝かしい未来を創造するためにDXをどう活用するか』という発想を持つ人材の育成が必要です。これは、政策人材の創出とも言えるでしょう」

民間企業ではDXへの取り組みが進んでおり、その成果も見えてきている。しかし、自治体はDXを何にどう活用していいか分からず、苦悩している現実がある。電算がITになり、ITがDXになったと考えるケースも多いが、「DXはITの延長にはなく、自治体にイノベーションを起こす土壌の1つ」だと牧瀬氏は語る。

消極的DXから積極的DXへ

知識やノウハウの少ない自治体でDXを進めるには、官民連携や共創、市民協働といった発想が欠かせない。民間企業の視点が自治体に入り込むことで、新しい発想が生まれてイノベーションが起こる。そのイノベーションが、自治体を前進させていく原動力となる。

「特にDXは民間企業にノウハウがありますが、DXに限らず、民間企業との連携・協働を積極的に進めていく必要があります」

DXの推進には、「DXが生産性を高める(から楽になる)」という「消極的DX」ではなく、「生産性を高めるためにDXを活用する」という「積極的DX」の発想が重要だ。この「積極的DX」の発想によってDXの果実を確実に享受できるようになるが、結局は、新しいことを受入れられる組織づくりが必要となる。

DXとは、ウメオ大学(スウェーデン)のエリック・ストルターマン教授が2004年に提唱した概念であり、その本質は「ICTの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」と明記されている。

「DXの価値を最大限に活かすためには、自治体職員の自立・発展が求められます。私は、そうした人材こそが、『自治体職員3.0』だと考えています」

自立とは、他者から支配や援助を受けず、自分の力で生きていけること。発展とは、量的拡大ではなく質的変化を意味する。

「デジタル化が、自立・発展を基調とした『自治体職員3.0』を生みだすのではありません。自治体職員3.0の存在がDXを推進し、その果実を確実に享受することにつながるのです。DXを推進し、DXと共創していくためには、積極的な自治体職員3.0の創出が求められます」