参入プレイヤーを増やせ 成功事例を出すため必要な支援とは
日本が再生医療で世界をリードしていくための構想を考える「再生医療で描く日本の未来研究会」の第2回会合が2023年9月7日、東京都内の事業構想大学院大学で開かれた。実用化が進む再生医療だが、産業化と経済の活性化につなげるためには成功事例を出すこと、投資先としての魅力向上が不可欠だ。
実用化が進む細胞移植治療
10年で9疾患にFIH
日本再生医療学会理事長の岡野栄之氏は「幹細胞生物学に基盤を置いた中枢神経系疾患の再生医療と創薬の研究とその臨床応用」のテーマで発表。2014年に再生医療等の安全性の確保等に関する法律 (安確法)及び医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)が施行されて以降、国が承認(保険適用)した再生医療等製品は17品目に達し、4品目が条件及び期限付承認されたことを説明した。
また日本医療研究開発機構(AMED)による再生医療実現早期拠点ネットワークプログラムにより、この10年でiPS細胞に由来する治療用細胞の人体への初めての投与(ファーストインヒューマン、FIH)が国内で9つの疾患に対して行われたことについても言及し、「今後、実用化まで日本が世界をリードできるか正念場」と述べた。
岡野氏が取り組んできた神経幹細胞を用いた脊髄損傷の再生医療も、iPS細胞の登場によって進展し、2021年には亜急性期完全損傷の患者にFIHを実施。今後は損傷から時間が経過した慢性期の患者でも、機能改善が安定的に誘導される遺伝子導入細胞を用いた治療の研究を進める予定だ。
岡野氏は、幹細胞技術と遺伝子・再生医療の今後の課題として「科学者がトップジャーナルに論文を発表するつもりで取り組んでいる研究が、そのまま見事にビジネスにつながっている。産業化に向けては倫理学的な密な議論を経たうえで、患者さんが安心して細胞移植を受けたいと思えるようなパブリックアクセプタンスが重要です」と述べた。
求められる創薬ベンチャーの
成功事例
続いて、Heartseed COOの安井季久央氏が「スタートアップから見た再生医療の産業化のための課題と道筋」のテーマで発表した。同社は、世界の死因の第1位である心臓病領域での事業化に着手。移植細胞が分泌する因子で治療するパラクライン効果に頼った治療ではなく、iPS細胞から分化誘導した心筋細胞そのものが生着して再筋肉化を目指す「次世代再生医療」に挑んでいる。
2022年12月には治験1例目の患者へ細胞を移植した。「多くの患者さんから期待の声をいただいている。他国に先駆けて日本で上市し、グローバル大手企業の主力製品となるような当たり前の治療にまで成長させていきたい」とロードマップを示す。
一方で、国内では創薬バイオベンチャーの成功事例が少なく、投資してもリターンが少ないために投資が抑制され、優秀な人材が入ってこず、事業もうまく進まず、バイオベンチャーの設立に消極的になる、という負のスパイラルが長年続いている。アニマルスピリットを発揮して、不確実性があっても大きなリターンがあればそれに見合ったリスクを取る投資が行われ、好循環ができている米国とは対照的だと安井氏は指摘した。
日本がいち早く悪循環から脱却するには「国際競争力のあるシーズと人材を備えたホームランを狙えるスタートアップの成功が起爆剤になる」とし、そのためには「成功に近づいている有望なレイターステージのスタートアップが事業推進にフォーカスできる環境が整うような支援の充実が重要。これが日々奮闘されているアーリーステージ企業の成長後の環境好転にもつながる」と述べた。
VC出資額の2倍相当の
開発費用を支援
最後に「再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた経済産業省の取り組みについて」、同省商務・サービスグループ生物化学産業課課長の下田裕和氏が登壇。アカデミアの研究を支援する文部科学省、FIHから実用化までの研究を支援する厚生労働省に対し、経産省はあらゆるシーズで必要となる製造・品質評価などの基盤技術の開発を支援していることを説明した。
具体的には、iPS細胞から分化誘導される各種臓器の細胞などを用いて、薬物代謝や安全性を評価し、動物実験や臨床試験の一部を代替できる創薬支援ツールの開発支援などの取組を紹介。また、「保険の制約で薬価収入によるリターンが限られる国内市場で成功者を生むためには、出口のところで夢の持てる産業にするためのマーケットをしっかり作っていく必要がある」と話した。そして「科学的・客観的データを収集し、品質の担保、改善につなげるシステムの構築を支援していきたい」と展望を語った。
世界的にはスタートアップ企業が創薬の担い手となっているが、国内においては創薬ベンチャーが必要な資金を調達するのは困難な状況が続く。そこで経産省では、「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」において、特に資金調達が困難な前臨床、治験第I相、第II相を対象に資金面での支援を用意した。認定を受けたベンチャーキャピタル(VC)による出資額の2倍相当の治験費用を拠出するというもので、3500億円の基金が設けられている。対象となる認定VCに資金力が豊富な海外VCを認定していくことも検討しているという。
質疑では、再生医療イノベーションフォーラム会長の志鷹義嗣氏からの「ベンチャー企業の支援策が出ていることは心強いが、最適化研究へのVCの投資が行き届いていなのでは」との指摘に対し、下田氏は「製造・技術・最適化の部分の支援を用意しているが、採択件数がまだ少なく、今後増やしていきたい」と述べた。
意見交換の場では、慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授の後藤励氏が、基礎研究における倫理学的課題について、「アカデミアの活性化と倫理的な議論、パブリックアクセプタンスのバランス」などに触れ、日本総合研究所 プリンシパルの南雲俊一郎氏は「産業化における人材育成や人材循環の重要性」について指摘した。また、参議院議員の古川俊治氏は、適切なタイミングで投資できるVCの育成について「条件付き承認制度ができたことで、生まれたベンチャーは多くあったが、ホームランを狙える企業とそうでない企業が乱立している。IPOしたら手を引くというVCもあり、IPO後も会社を育てようとする日本の投資家を育成することも必要だ」と述べた。
次回の研究会のテーマは「再生医療の普及」。医療費を誰が、いかに負担するかなどを議論していく。