日本の月・惑星探査を牽引 立命館大学が日本初のセンター設置

官民による月探査・資源開発の機運が高まる中、立命館大学は2023年7月1日、立命館大学宇宙地球探査研究センター(ESEC)を設置した。月を主たるフィールドに位置付け、「宇宙資源学」や「宇宙建設工学」の創成や、産学連携のハブ拠点化を目指す。

立命館大学宇宙地球探査研究センター(ESEC)設立記者会見の模様。
左から小林泰三理工学部教授、仲谷善雄学長、佐伯和人センター長

生存圏の維持と拡大に貢献

2023年7月1日に設立された立命館大学宇宙地球探査研究センター(ESEC)は、「人類の生存圏の維持と拡大に貢献する」というミッションを掲げ、立命館大学総合科学技術研究機構教授の佐伯和人センター長以下、25名を超える探査や拠点開発に関わる多様な領域を専門とする研究者が集う。

立命館大学の仲谷善雄学長は、ESECの設立目的を次のように語る。

「宇宙を取り巻く情勢はこの数年で大きく変化し、民間企業による月面着陸が試みられるなど、宇宙は我々の日常に近い存在になりつつあります。太陽系の起源・進化の解明を目的とする発見型探査が中心だった宇宙・地球に関する研究は、月面基地建設を目指すNASAのアルテミス計画に代表されるように、人間の生存圏や居住空間の構築に向けたフェーズに大きく広がりをみせています。官民問わず宇宙ビジネスへの機運が高まる中、大学への宇宙の研究や人材育成の期待が、今後、急速に高まることが予想されます」

今後5~10年が日本の宇宙探査・開発の将来を見通す上で非常に重要な時期だと目されるなかで、仲谷学長は「立命館大学が高度で個性的な宇宙探査関連の研究を推進し、社会からの期待に応え、日本の宇宙開発や宇宙の平和利用に貢献する存在になることを目指して、ESECを設立しました」と述べる。

「立命館大学には宇宙に関する研究者、もしくは、地球に関する研究成果を宇宙に応用することに意欲的な研究者が自然科学、人文社会科学を問わず多数在籍しています。ESECには、日本の月・惑星探査を牽引することができる強力な研究者を集結しました。日本で類を見ない、人類の生存圏拡張と将来の居住経済圏拡充に焦点をあてた研究に真っ向から挑み、国内外の多様な研究者・事業者との連携のもとに、新たな価値を創造していきます」

宇宙資源学の創成を目指す

具体的に、ESECはどのような研究に取り組むのだろうか。ESECの佐伯和人センター長は、宇宙開発のフェーズを3つに分けて説明する。

ESECは「探査の展開と生存圏の構築」にフォーカスして研究活動を行う

「フェーズ1が発見型の宇宙探査で、研究テーマは宇宙機からの観測技術やロケット、人口衛星等の開発が該当します。フェーズ3は生活圏の構築・充実化、つまり宇宙での都市開発であり、居住と産業化を見据えた環境整備や長期滞在に向けた衣食住研究などが求められます。フェーズ1と3の間のフェーズ2が『探査の展開・生存圏の構築』であり、拠点を構築しつつフロンティアを探索して、生活圏構築に向けたインフラの整備をすること、そして資源開発・有人探査を行うことを指します。この段階を経なければ人類はフェーズ3には到達しません。フェーズ3への移行までは30年程度の研究が必要と言われています。フェーズ2は見落とされがちですが、実はいま一番必要とされている研究領域であり、今後5~10年の宇宙探査の鍵を握る技術だと私達は着目しています」

ESECは人類の生存圏の維持・拡大のため、フェーズ2にフォーカスし、領域横断的に研究・探査・開発を推進していく、日本初の研究組織である。「月・火星における人類の生存と活動を支えるインフラの開発構築という『宇宙での活動』と、地球における未踏の地を探査し、技術開発とイノベーションを促進しようという『地球での活動』の2つを両輪で行い、人類の生存圏の維持・拡大に貢献します」

主要研究テーマとしては、①地球・惑星フィールド探査学の創成、②自然災害のメカニズムの解明、③宇宙・海洋・大深度地下・極地等の人類フロンティア領域の開拓と利用、④宇宙資源学の創成、⑤未来の新たな生活圏の提案、⑥地球環境と生命の共進化メカニズムの解明、⑦変動する地球環境の理解と持続可能な生活圏の探求、の7つを挙げる。

また、今後積極的なアウトプットを目指す重点テーマとしては、①フィールド探査の新手法開発、②ベースキャンプ構築技術開発、③宇宙飛行士訓練フィールド開発、④人跡未踏のフィールド探査、⑤リスクと共存する生活圏構築技術、の5つを定めた。

「これらは一見ばらばらなテーマのように見えるかもしれませんが、宇宙と地球の自然に立ち向かっていくスピリッツという意味では共通しています。ESECが目指すのは、世界に伍する研究拠点です。国内のスペシャリストが集結し、世界のフィールド研究者とのネットワークを醸成しながら、地球・惑星をフィールドにした産学官のイノベーション創出に取り組みます。日本学術振興会の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)など、大型研究推進事業への挑戦も視野に入れています」と佐伯氏。

月極域の資源探索をリード

ESECでは、すでにさまざまな研究活動がスタートしている。

月極域探査では、JAXAの小型月着陸実証機(SLIM)プロジェクトに参画している。SLIMは月の狙った場所へのピンポイント着陸や、着陸に必要な装置の軽量化などを小型探査機で月面にて実証する探査計画で、8月26日に種子島宇宙センターからの打上げられる予定だ。本プロジェクトで、佐伯センター長は月の土壌探査に用いるマルチバンド分光カメラ(MBC)開発リーダーを担う。

JAXAの小型月着陸実証機(SLIM)プロジェクトに参画し、月の土壌探査に用いるマルチバンド分光カメラを開発(JAXA提供)

「世界は今後、月の北極や南極といった『極域』に資源を求めて探査機を打ち上げる時代に突入します。そのときに必要なのは、降りたい場所に高精度に降りられるピンポイント着陸技術です。MBCによって月のマントル物質の組成を調べ、月の起源の謎に迫ることもSLIMの目的のひとつです」と佐伯氏。

また、JAXAとインド宇宙研究機関(ISRO)による国際プロジェクト「月極域探査ミッション(LUPEX)」にも参画。これは月極域の水資源の分布・埋蔵量を探索する計画で、ESECメンバーが氷探査用画像分光カメラの開発リーダー・サブリーダーを務めている。

JAXAとインド宇宙研究機関(ISRO)による国際プロジェクト「月極域探査ミッション(LUPEX)」では、氷探査用画像分光カメラの開発を担当(JAXA提供)

「月極域の氷を電気分解して水素と酸素を製造し、ロケット燃料に活用しようという構想があります。実現すれば、地球に帰還する燃料や、月から火星に行く燃料を獲得できるようになります。そんな次代の宇宙開発の幕開けになるのがLUPEXです」

さらに、最先端の月探査データを獲得できる立場というアドバンテージを活かし、資源物質の移動や蓄積メカニズムの解明などの基礎研究もスタートしている。「例えば、水分子が極地に凍りつくメカニズムのシミュレーションなどを開始しています。私達はこの研究を『宇宙資源学』と呼んでいます。月の氷資源は、将来の太陽系探索の鍵を握る重要なエネルギー源になるでしょうし、エネルギー源を探査することが重要な活動になるはずです。その時代に向けて、探査ノウハウや資源の埋蔵情報を提供できる集団をつくろうと考えています」

ESECは、各プロジェクトを通じて得た宇宙機搭載の観測機器の開発・運用ノウハウを活かし、同分野の製品開発に参入したい企業や研究者に提供するハブ拠点になることを目指すという。立命館大学びわこ・くさつキャンパスにクリーンルームや研究室を整備し、観測機器の開発・運用技術を学べる仕組みをつくるほか、極限フィールドでの観測技術の開発や試験フィールド提案も検討している。

宇宙建設工学を推進

ESECのもうひとつの注力研究分野が、宇宙工学だ。小林泰三理工学部教授は、取り組みの背景を次のように説明する。

「JAXAのシナリオでは、日本は2020年代から本格的な月探査・調査をスタートし、2040年代には20~50人規模が常駐できる月面基地を建設する方針です。実現に向けては、土木・建築や地盤・地質調査、エネルギー、輸送、宇宙医学、宇宙農業などさまざまな要素技術が必要になります。

特に、2030年代から本格的にスタートする月面での拠点構築では、科学探査のための観測基地と資源利用のための精錬・精製・貯蔵プラントの建設が求められ、建設・インフラ整備や電力・エネルギー、ロボティクス、データ活用・シミュレーションなどの技術が不可欠です。さらに、プロジェクト推進のためのマネジメント論や、宇宙法などの国際関係法への対応も求められます」

地盤工学の研究者である小林氏は、これまで月面土の力学挙動を予測する研究や、月面地盤調査装置の研究開発に取り組んできた。「月面表層は非常に細かいパウダー状の土で覆われています。その地盤上を探査ローバが滑らず走行できるか、居住棟などのモジュールを安定して設置できるか、拠点同士をつなぐ道路を建設できるかなどを研究しています。また、私達は月面地盤を無人で調査するロボットを開発中です。これは地上においても、災害現場や汚染された現場、海底など人が入れない現場で活用できると考えています」

宇宙フィールド探査手法の最適化や新手法の開発を理工連携で推進する(JAXA提供)

近年では、月面での無人建設技術の開発を加速し、月面探査拠点建設と地上事業への波及を目的とする、国土交通省・文部科学省の所管プロジェクト「宇宙無人建設革新新技術プロジェクト」にも、月面の3次元地質地盤を作成するための測量・地盤調査法の開発プロジェクトリーダーとして参加している。

「立命館には通信、インフラ、エネルギー、ロボティクスなどの分野をリードする多彩な研究者が揃っています。彼らは今まで地上技術を主に研究開発してきましたが、ESECに結集して、今度は宇宙を目指していきます。地上技術を極限環境の宇宙に転換する際には、さまざまな課題が出てくるでしょう。しかし、それらの課題を克服すれば、必ず技術革新が起きますし、その技術革新は再度地上に還元できるはず。地上技術と宇宙技術の両方を高めていく、いわゆる宇宙と地球の『デュアルユース』の連鎖を生むような研究展開を図っていきます」と小林氏は語る。

センター長の佐伯氏も「最初の宇宙資源は月の極域に凍結された氷です。これから5~10年間の月面資源開発で日本がどれだけ活躍するかによって、将来、太陽系に国際地図が広がっていく時の日本の発言権が変わると思います。人類が宇宙に進出するというターニングポイントを迎える今、そこに積極的に貢献できるESECができたことに、非常にわくわくしています」と意気込みを語った。

佐伯和人センター長は「宇宙と地球での活動を両輪で行い、人類の生存圏の維持・拡大に貢献したい」と述べる