観光のニューノーマル ICTを活用した公民共創の新戦略

山口県北部に位置する長門市。人口減少問題が進む中、地域の観光資源を活かした公民協働による産業振興を進めている。中でも"ニューノーマル時代"の観光振興を促す、ICTを活用した取り組みが効果を上げているという。公民双方の視点から、関係者3名が取り組みの詳細を語った。

観光業と農林水産業の
活性化で地方創生を

2005年、旧長門市・三隅町・日置市・油谷町が合併し長門市が誕生した。豊かな自然や温泉資源を活用した観光業・農林水産業が盛んだ。一方、高齢化問題は深刻で総人口は加速的に減少、2025年には生産年齢人口と老齢人口が同程度になると予想されている。江原達也市長は言う。

江原 達也 長門市長

「人口減少を前提とした、地方創生の取り組みが急務です。地域特性を活かした観光業や農林水産業の活性化が鍵となります」

現在、主に3つの取り組みが進行中だという。

1つ目は、長門市初の道の駅〈センザキッチン〉。仙崎・長門食材でおもてなしをする生活の中心となるキッチンだ。"食べる+遊ぶ+つなぐ"をコンセプトに長門おもちゃ美術館や観光案内所を併設し、観光拠点にもなっている。2018年の開業初年度で、3年目の入場者数・売上目標を達成、同年グッドデザイン賞を受賞した。2019年のトリップアドバイザーが選ぶ道の駅ランキングでは全国5位にランクインしている。

2つ目は、林業の成長産業化だ。長門市は面積の75%が山林であり、県内初のウッドスタート宣言により木育を推進している。森林環境譲与税を活用し、林業関係団体と長門市の協働により〈一般社団法人リフォレながと〉を立ち上げた。長門おもちゃ美術館の開設や、市庁舎など公共施設への市内材木活用で、公民連携で林業の成長産業化に取り組んでいる。

3つ目は、長門湯本温泉観光まちづくり計画だ。開湯600年を誇る山口県最古の温泉街だが年々宿泊客が減少、ついに2014年に大型老舗温泉旅館が廃業に追い込まれた。それを機に公民協働による温泉街再生プロジェクトが始動したという。星野リゾートを誘致し、行政・民間事業者・地域住民がそれぞれの役割で計画を進め、星野リゾート 界の開業・公衆浴場〈恩湯〉の再生・温泉街の整備を2020年3月に完成させた。新型コロナウイルス(以下、 コロナ)の感染拡大で一時休業を余儀なくされた旅館などもあったが、先進的な取り組みが評価され2020年グッドデザイン賞を受賞している。

これらの取り組みには、デジタル技術の活用が欠かせない。来訪者の利便性の向上、観光デジタルマーケティング推進のため、2019年度に日立システムズと連携してフリーWi-Fiを導入。2020年3月、同社と観光分野等に関する包括連携協定を締結し、来訪者から収集した情報をもとにさまざまな施策で実証実験を進めている。持続可能な自治体運営に向け、江原市長は熱く語った。

「私の政治理念は市民の命と生活を守ること。"市民が主役のまちづくり"を目指し、公民一体の取り組みを進めてきました。20年先に長門市が存続するためには、新たなビジョンの構築が必要です。若手職員のプロジェクトチームも始動させています」

公民協働とICT活用で
観光振興を目指す

長門市の来訪者が、近年急増しているという。2015年に、米国CNNTVが日本の最も美しい場所31選に長門市の元乃隅神社を選んだからだ。道の駅〈センザキッチン〉開業の追い風もあり、かつて年間120万人で推移していた来訪者は、2019年には過去最高の250万人を突破した。

長門市の観光資源・センザキッチン(上段左)、長門湯本温泉(上段右)と元乃隅神社(下段)。豊かな魅力を持つ観光地をいかに周遊してもらうかが課題だ

長門市は他にも多くの観光資源を有している。長門湯本温泉など5つの温泉地、バイクツーリングの聖地として名高い千畳敷、広域でも松陰神社(萩市)・秋吉台(美祢市)・角島大橋(下関市)など魅力的な観光コンテンツがある。

観光収益の主力である長門湯本温泉は、1983年には年間宿泊客数39万人を誇っていた。しかし2014年には18万人に半減。創業150年の老舗温泉旅館の廃業は、地域雇用やサプライチェーンに影響し地域経済を脅かすものだった。長門市経済観光部 理事の田村富昭氏は言う。

田村 富昭 長門市 経済観光部 理事

「大型旅館廃業により温泉街に大きな遊休地が生じることになりました。山陽側からの玄関口である場所に廃墟があることは、長門市全体のイメージダウンにつながります。そこで市が土地を取得・解体し、その場所に星野リゾート様を誘致したのです。負のサイクルから正のサイクルを生み出す観光まちづくりマスタープランを公民協働で策定しました」

全国人気温泉地ランキングTOP10入りを目標に、風呂(公衆浴場〈恩湯〉)、食べ歩き(かまぼこ・地鶏・農水産物)、文化体験(萩焼)、そぞろ歩き(回遊できる街)、絵になる場所や佇む空間(SNSの情報発信)の6つの要素を満たす温泉街を作る計画だ。道路協力団体制度と河川準則特区を活用することにより、民間主体の道路・河川の公共空間利活用を進めるため、3年間の社会実験も行った。

「そぞろ歩きができる街にするため、公共空間を"使い倒す"計画を立てました。道路をテラスにしたり、音信川の清流を味わう川床を設置するには、法的ルールを乗り越えることが必要でした。ベンチ・パラソル・飲食ブースの設置を法的にどう解釈するか、安全対策はどうするのかなどの課題がありましたが、法的ルールをクリアした山口県初の事例となったのです」

宿泊客のため、夜の魅力をアップする整備も行われた。約700基のスマート照明を設置し、集中制御により季節やイベントに応じてカラーが変化するライトアップを実現したのだ。これらの設備を維持し、継続的にプロモーションを行うための原資は、150円だった入湯税を300円に増税することで解決したという。

「星野リゾートの星野佳路代表にも参画いただき、定期的に〈みらい振興評価委員会〉を開催していきます。コロナの影響でマイクロツーリズムが注目され、県内からの来訪者は増加傾向にあります。そのため"近くで湧いています"をキャッチフレーズとしたプロモーションを展開中です。コロナ対策にも、温泉街一体となって取り組んでいます。対策をPRし、屋外空間の活用促進やテイクアウト需要に向けた温泉マップの作成などを行いました。個々の旅館でも入浴客の混雑状況を見える化したシステムの導入など、ウィズコロナ、アフターコロナに向けた対策を進めています」

観光デジタルマーケティングによる取り組みも強化した。従来のSNSやウェブサイトを活用したマーケティングでは、ウェブコンテンツの訴求力は強化されるものの、来訪につながっているかわからないのが欠点だった。そこで、日立システムズと協働で主要観光地にフリーWi-Fiを導入。通信インフラの提供のみならず、長門市が来訪者の情報を検知・収集し分析に役立てている。各エリアにおける訪問客数や属性データを収集、エリア別の訪問客数・滞在時間などをほぼリアルタイムで見える化した。その結果、男性客や県内・近隣の県からの来訪者が多いこと、そして観光地間の周遊が極端に少ないことが明らかになった。

「センザキッチンや元乃隅神社には年間100万人が訪れていますが、その間を周遊しているのはわずか5%。衝撃的な数字でした。元乃隅神社に来た方はそこにしか興味がなかった、センザキッチンへの誘導がほとんどできてなかったということです。今後はどのように来訪者に周遊を促すか、リピート率を高められるかが課題となっています」

観光業を主産業とする長門市にとってコロナの影響は甚大だった。これまでの取り組みの蓄積や公民の努力によって、観光業は回復の兆しを見せている。ニューノーマルに対応するため、キャッシュレス決済の導入や感染予防のための集客定員の縮小、混雑の見える化など新たな取り組みが必要になる。まだまだやることは多いと田村氏は言う。

「ICTシステムによるデータマーケティングを活用して、来訪者に適切な情報発信を行っていかねばなりません。スマートフォンを持たない高齢層へのリーチも課題です。来訪者に安心で質の高い旅のコンテンツを提供し、長門市ファンを増やしていきたいと思っています」

観光を足がかりに地方創生を
ICTで支える日立システムズ
のサービス

日立システムズは、システム構築から運用保守まで幅広いITサービス事業を展開している。AIやロボティクスを使いこなすスマート自治体の実現を図るADWORLDブランドは、全国の市町村で200以上の実績をもつ。

長門市との協働について、日立システムズの渋谷透氏は言う。

渋谷 透 日立システムズ ビジネスクラウドサービス事業グループ

「2020年3月、長門市の7カ所の観光地や交通要所に、合計28台のフリーWi-Fiアクセスポイントを整備しました。来訪者は自治体が設定したアンケートに答えることで、高速でセキュアなインターネットを利用できます」

長門湯本温泉に設置されたWi-Fi

スマートフォンのWi-Fi信号を検知することで、その日のエリア別の来訪者数・Wi-Fi接続の割合・平均滞在時間・時間ごとの推移・混雑状況などを見える化できる。アンケートからは、来訪者の性別・年代・居住地・交通手段などの属性を検知、端末の設定情報からは国籍・スマートフォンの種別・アンケート回答場所などの情報収集が可能だ。

デジタル技術を活用したスマートツーリズムでは、収集情報の可視化にとどまらず、来訪者の周遊の動線、イベントや施策実施前後の効果やリピート分析を数値で把握することができる。フリーWi-Fi開始直後の2020年4月では県内から長門湯本温泉を訪れた20代の来訪者はわずか約5%だったが、2020年7月には20%に増加している。マイクロツーリズムの影響で、近隣の県から自家用車で来る人が多いこともわかっている。しかし、元乃隅神社を発着地とした場合では、9割以上の来訪者が他のエリアを周遊せずに帰っており、観光エリア全体で8割以上の来訪者が初回訪問であることが見えてきた。周遊性の低さと、リピート率の低さが課題である。問題解決に向け、渋谷氏はこう語る。

「旅まえ・旅なか・旅あとと、来訪者と複数のタッチポイントをつくることが大切です。2020年11月から、Wi-Fiエリアの来訪者に向け、おすすめの周遊プランや属性に合った飲食店とその混雑状況を、SNSでプッシュ配信し、来訪客の周遊を能動的に促す実証実験を開始します。四季折々の長門市の魅力を発信し、3密を回避した旅情報を提供することで周遊を促します。今後は来訪者の行動履歴を分析し、旅あとでその方にマッチした季節のおすすめプランを配信予定です。また来訪者のSNS上でのつぶやきなどを分析することで、隠れた魅力や見えなかった課題を抽出することもできます。このような施策によりロイヤルカスタマー創出につながると考えており、長門市様と協力して進めてまいります」(図)

図 「旅まえ・旅なか・旅あと」のタッチポイント

デジタル化にあたっては、単なる可視化にとどまらず、あらゆるタッチポイントの観光客の動態データと施策をつなぎ、観光地の活性化を目指す

出典:日立システムズ

 

また、あらゆるタッチポイントから収集されたデータを、地域の観光事業者にも積極的に提供することで、デジタルマーケティングの有効性を感じて頂くことも重要であるという。

「引き続き、長門市様をテストベッドとした実証実験を進めていきます。デジタライゼーションの力でウィズコロナ時代のスマートツーリズムを実現し、観光を足がかりとした地域の発展に貢献してまいります」

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ビジネスクラウドサービス事業グループ
Mail toru.shibuya.sa@hitachi-systems.com

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