2019年11月号

サステナブル・シティの最先端

富山市長と考える 公民連携で実現する住みよいまちづくり

月刊事業構想 編集部

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都市経営の推進で、企業の経営スタイルや中心商店街の事業主たちの取り組みは変化している。その背景にあるコンパクトシティ構想の全体像とは何か。市政をリードする立場、その基盤を整える立場から、議論が交わされた。

森 雅志(もり・まさし)富山市長

高密度なサービス提供で 顔の見える行政を実現

事業構想研究会は、事業構想大学院大学のプロジェクト研究員が富山市の未来像を構想し、その達成に必要な実践知を探る狙いから、継続的に開催されている。このほど市政を牽引する森雅志氏(富山市長)及びまちづくりの担い手である京田憲明氏(富山市民プラザ専務取締役)を招き、8月初旬に富山市内で開催された。

京田 憲明 富山市民プラザ 専務取締役

2002年1月に合併前の旧富山市の市長として就任した森市長は、当初から「企業経営者から見て魅力的な都市構造、都市イメージを作る必要がある。」と考えていた。以降、7市町村による市町村合併を経た後も、交通や教育、居住、余暇の過ごしかた、事故や犯罪の少なさなど、包括的にまちの総合力を高め、社員や社員の家族が安心して住みたいと思う都市を作るという視点で、まちづくりを進めている。

その間、一貫して推し進めてきたのが、「公共交通を軸とした拠点集中型のコンパクトなまちづくり」である。当時、2050年までに日本の人口は3,000万人減少すると推計されていたものの、まだ大きな社会課題とはされていなかった。「日本の人口は全国均一の割合で減るのではなく、地方では激しく減る傾向にあります。減少は避けられなくても、緩やかに減少する都市構造をつくらなくてはいけません。そのためには企業が積極的に投資をして、雇用を作るまちにならなくてはいけませんでした」と森市長は振り返る。

就任から18年目を迎え、近年は福祉政策にも注力しているが、市政における福祉の充実も、まちづくり構想の重要な要素として当初より考えていた。富山市は本庁舎のほかに地区センターなどの出先庁舎が79カ所あり、これは総務省の考える地方都市のあり方に逆行しているとも言える。全国の多くの自治体は出張所を統廃合してワンストップサービス化を推進、コールセンターを設立して職員数を減らし、人件費を抑制しているからだ。しかし富山市は「Face to Faceの市民サービス」という考えから、維持できる限りこの体制を続けようとしている。

市民の98.9%は、行政庁舎から2km圏内に居住しており、子どもでも歩ける距離に市職員がいる。相談や災害時にも地区センターの機能は非常に有効な役割を果たしているという。さらに地域包括支援センターが市内に32カ所あり、中核市で最多。市立公民館は89カ所、図書館は25カ所。「コンパクトシティと言いつつも、その外側では地域における拠点を設置してきた」と森市長。

また鉄軌道やバス路線から750m圏内に、市民の98%が居住、65歳以上の高齢者のうち97.3%が往診・訪問診療の3㎞圏内に居住している。これにより家から出られない人、通院が難しい人も診療を受けることができる。また2年前に市直営の「まちなか診療所」を設立し、常勤医師3名と常勤看護師3名を配置した。24時間365日、往診に向かう。このように医療、交通などの面においても、独居老人でも安心して暮らせる都市構造にするという考えは、一定水準まで到達してきた。

富山市は、今後ますます「選ばれるまち」になるという期待が持たれる。公共交通を軸としたコンパクトシティや、まちなかを住みやすくする居住誘導によって7年前から連続して県外からの転入超過が続いている。5年前から地価(全用途平均)の上昇も続き、固定資産税と都市計画税も伸びている。税収を上げて還流させることで、郊外地域での取り組みを進めていけるという側面もある。

様々な政策を推し進めてきた富山市であるが、「最近は市民一人一人のシビックプライドが高まってきたと感じている。これこそが、今後につながる最大の成果になっていると思います」と森市長は胸を張る。

富山型都市経営の構築で
第3セクターの果たす役割

「富山市民プラザ」は資本金35億円の株式会社で、筆頭株主は富山市。いわゆる富山市の第3セクターである。今年4月に「株式会社まちづくりとやま」を吸収合併した。1989年に建てた自社ビルの不動産賃貸料(行政テナント、民間テナント)、駐車場業(630台)に加え、2年前から宅地建物取引業を始めており、今後はまちなかの空き家、空き店舗を利用した事業の実施も視野に入れている。「まちづくりとやま」は、「富山市中心市街地活性化基本計画」に基づき、まちなかの賑わいづくりをしてきた。自主財源はなく、富山市からの補助金や委託料で事業を行なってきた。この春の合併の大きな目的は、合併後の新会社がまちなかでの事業を一元的かつ効率的・効果的に実施すること及び富山市の税負担や支出を減らすこと。今後「富山市民プラザ」がまちなか拠点として果たす役割は、さらに大きくなるだろう。

富山のまちづくりの転機はいくつかある。コンパクトなまちづくりが意識されるようになったのは、1999年に小渕首相(当時)が来県時に歩いて暮らせるまちづくりの推進を発表したのがきっかけだ。富山市では翌年から国の調査事業として歩いて暮らせるまちづくりの検討が始まり、直後の2002年に森市長が初当選し、富山市のまちづくりの方向性は、現在富山市が進める「公共交通を軸とした拠点集中型のコンパクトなまちづくり」へと大きく方向転換した。それ以降、鉄軌道をはじめとする公共交通を活性化させ、その沿線に居住、商業、業務、文化等の都市の諸機能を集積させた。富山市の事業は、公共交通の活性化、公共交通沿線地区への居住の推進、中心市街地の活性化にかかわるものが中心である。その点において、富山市民プラザは、大きな役割を期待されている。

「富山市型都市計画とは、市民を応援団にした広域エリアマネジメントです。コンパクトシティを目指すからこそ、事業の評価基準はコンパクトシティへの影響です」と京田専務。「富山市民プラザ」でも、この方針にのっとって、合併の効果を活かし、まちづくりとやまがこれまで行ってきた「コミュニティバスの運行」、「まちなか賑わい広場の運営」、「農産物直売所の開設」など、多様な事業を引き継ぐとともに、イベントの企画運営におけるノウハウや人材ネットワークなどを多方面で活用し、まちづくりとやまでは自主財源がないためこれまで取り組めなかった事業を実施するなど、中心市街地のエリア全体を俯瞰し、より積極的にコンパクトシティ政策に寄与する事業を展開し、市民の注目を集めている。

 

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