富山をフィールドに都市デザインを考える

富山大学は昨年春に都市デザイン学部を設立した。学際融合教育を積極的に行い、SDGsを核としながら、持続可能な地域づくりのための人材育成が行われる。

学修フィールドの中心となるのは、公共交通を核とした拠点集中型のコンパクトなまちづくりが、国際的にも評価されている富山県富山市。富山の歴史や文化の独自性を踏まえながら「デザイン思考」のプロセスを踏んで地域の課題を見つけベストな解決策を見出す力が養われている。

時代の急速な変化にどう挑むのか。

渡邊 了(富山大学 都市デザイン学部 学部長、大学院 理工学研究部 教授)

 

 

持続可能な地域づくりの
担い手を育成する

文部科学省が国立大に改革を促すため、収入の柱である運営費交付金の一部について傾斜配分制度を導入した。これにともない富山大学は、地域活性化の中核的拠点になることを選んだ。18歳人口が減少に転じるなど大学経営を巡る環境が厳しさを増す中で、2018年の春に都市デザイン学部を新設した。近年、新学部の設立は稀なこと。また、教養教育の一元化を図るなどして、学内の融合を進めている。

「社会が人口減少や高齢化などの事態に直面する中で、都市デザイン学部は持続可能な地域づくりについて、学部の枠を超えた学びの核を担うことになりました」。こう話すのは、富山大学都市デザイン学部の渡邊了学部長。これまで富山大学は、学部や学科ごとに地域とつながりを持ってきたものの、学部間や学部内での連携、学びに関しての連携は活発ではなかった。これからは大学全体で地域に貢献するために、都市デザイン学部がハブの役割を担っていくという。

21世紀の急激な社会変化に対して、都市をデザインするとはどういうことなのか。

「人口減少や高齢化などの問題は、学部の専門だけでは扱えるものではありません。我々の役割は、人口減少・高齢化の問題を全学的に考える場や雰囲気を作ることだと思っています」。社会を取り巻く問題は山積しており、例えばジェンダー平等の実現などの課題にも、ほかの学部の教員に意見を聞くなど、総合大学の人的資源を最大限に生かしたい考えだ。またこれからの都市環境は、インフラ整備よりも地域の自然や歴史、文化、産業に根ざしたものが求められる。「地域の問題に対してクリエイティブなアイデアを導き出す人材を作りたいと考えています」。

都市デザイン学部の教育の柱となるのは「デザイン思考」(クリエイティブなアイデアを出すための方法論)である。これは観察、分析、発想、試作、評価の5つのプロセスを繰り返す思考法だ。「特に『観察』に特徴があります。世の中を観察して課題を見つけたときに、本当の目的、人の幸せはどこにあるかを考えて発想につなげていきます。デザイン思考は、深く掘り下げて、楽しいものを目指したり創造的でベストな解決策を見出すための方法なのです」。

都市デザイン学部の授業は、他分野の人間の知識や経験を互いに融合しながら、チームで協創していくという特徴もある。地球システム科学科、都市・交通デザイン学科、材料デザイン工学科が垣根を超え、3学科連携のチームで課題解決を図ることで、専門分野における基礎学力を確実に身につけるだけでなく、都市デザインに必要な知識の全体像を総合的に学んでいける。

今、他学部との連携は、本格的な実施に向けた助走段階にある。今年になって、都市デザイン学部3年次の授業、「全学横断PBL(プロジェクト・ベースト・ラーニング)」の開講に向けた公開シンポジウムが実施されたところだ。授業は全学部の学生を対象としており、地域の課題に対してグループを作り解決にあたることから、各学部の授業を紹介してもらうことでこの授業の方向性を探っているという。学際融合教育に対しての動きは始まったばかりである。

先進的なまちづくりを進める
富山県、富山市をフィールドに

学生たちの学びの実践フィールドになるのは、富山県、そして富山市である。富山市は市街地にトラムを走行させるなど、公共交通を核とした拠点集中型のコンパクトなまちづくりを進めてきた。2008年には国の「環境モデル都市」、11年には「環境未来都市」に選定され、14年には米国ロックフェラー財団から「100のレジリエント・シティ」(100RC)に日本で初めて選ばれるなど、国際的にも取り組みが認知され、高い評価を受けている。現在「LRTネットワークと自立分散型エネルギーマネジメントの融合によるコンパクトシティの深化」が自治体SDGsモデル事業に選出されており、これまで以上に、まちづくりを深化させながら持続可能な付加価値創造都市を目指している。

都市・交通デザイン学科では、都市と交通を支える建設技術の基礎知識を身につけるため、富山グランドプラザでのまちなか授業で、森雅志富山市長による講義を受けたり、LRT城川原車庫、新湊大橋などを見学した。

学びの核はSDGs
一部は富山市との連携も

都市デザイン学部の学びの核となる「持続可能な地域づくり」は未来を見据えて行われる。学びのキーワードとして力を入れていくのが「持続可能な開発目標(SDGs)」である。17の目標のうち、もっとも重視するのはSDG11「住み続けられるまちづくり」だ。

都市デザイン学部では、SDGsの推進に向け、富山市の要望を受けた中高生向けの取り組みも展開する。2月には中学・高校教諭を対象としたプレワークショップを行った。

渡邊学部長は「高低差4000mという変化に富んだ自然環境に暮らしているものの、富山県民は自然災害に対しての防災意識が低く、富山では大きな災害は起きないと信じ込んでいる人もいる。気候変動にともなう環境変化によって、台風や集中豪雨など、近年は大きな災害が日本各地で起きているのに」と警鐘を鳴らす。地域の人々の防災意識を高める方法を考え、日ごろから自然災害のリスクに備える防災・減災社会の構築を目指すのが、地球システム科学科の課題の1つになっている。

北アルプスが迫り、何本もの急流河川があるという自然環境においては、今後も国直轄の砂防工事を継続していかなければならない。また最新の活動に不明な点もある呉羽山断層が身近にあるという意識を持つことも必要なことだ。

材料デザイン工学科は、富山県の基幹産業であるアルミの価値を探り、デザイン思考から新たに世の中に提案できるアイデアを見つけようとしている。

「これまでインフラ整備に用いられる構造材といえば鉄鋼が主。しかし将来的なまちづくりを考えれば、長寿命インフラが必要となります。耐久性に優れ維持管理コストの低いアルミは有効です」。リサイクル性やメンテナンス性が高いので、構造材など建設土木分野での需要を増やし、資源循環のプロセスにのせてしまえば、持続可能な地域づくりにとって有効な素材になっていける可能性があるという。

富山大学は学内にアルミニウムの研究者が多く、緊密な連携のもとで1つの課題に総合的に取り組む体制ができている。富山県内のアルミ産業との協働により、学術産業の間にある難題を乗り越える産学連携研究が既に実施されている。

そして富山市の都市政策を理解しながら、地域づくりのあり方を考えるのが都市・交通デザイン学科だ。富山駅前広場やグランドプラザといった場所が近くにあることで、先進的な都市・交通計画や地域創生等の幅広い分野について国際水準の学びと研究を行える。また地域の文化や歴史資源といった複合的な要素を踏まえながら、豊かな都市の未来を描くプロセスを学んでいける。

富山をフィールドとしての授業が積極的に行われており、地球システム科学科では、呉羽山や立山、北陸地方整備局富山防災センターを訪れている。

女性が活躍できる社会づくりと
地域の人びとの幸福度向上

「『住み続けられるまちづくり』に次いで重視しているのは、SDG5『ジェンダー平等を実現しよう』です。富山県は20歳代女性の流出率が高く、このことが人口減少に繋がっています」。

スイスにある国際機関「世界経済フォーラム(WEF)」は毎年、女性の社会に対する参加機会がどのくらいあるかという、ジェンダー格差指数を発表している。2018年12月の発表で日本は149カ国中110位。順位を下げる1つの要因が、女性の政治参加。女性の国会議員比率は13.7%と少ない。女性の閣僚比率は20人中1人なので5%。そして女性の医師はOECD加盟の35カ国の平均が39%だが、日本は最下位の20%。こうした数字が、日本における女性の社会に対する参加機会の低さを象徴している。

「女性の活躍を進めることは、すぐに結果が出せることではありません。目標値を設定しながら、女性管理職の比率を上げるなど、長い目で少しずつ変えなくてはいけません。

ちょうどいま、慶應義塾大学の教授である井出英策先生の『富山は日本のスウェーデン――変革する保守王国の謎を解く』(集英社新書)がきっかけになって、女性の働き方について、富山でもさまざまな議論が起きています。これを大きなチャンスととらえたいと考えています」。

ただ、いくらデザイン思考でクリエイティブなアイデアを導き、課題に対してベストな解決策を導いたとしても、結局は地域で暮らす人びとが楽しさや豊かさを感じなければ、そこでは暮らし続けられず、持続可能な地域づくりも叶わない。地域の人たちの幸福度の増進に対し、何ができるか。答えのない課題を考え、デザイン思考を繰り返すプロセスの中で考え続けねばならない。

 

渡邊 了(わたなべ・とおる)
富山大学 都市デザイン学部 学部長、大学院 理工学研究部 教授

 

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