2019年4月号

環境会議

簡易アセスメントの浸透でよりよい合意を形成

原科 幸彦(千葉商科大学 学長、東京工業大学 名誉教授)

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持続可能な社会をつくるには、目標達成への意識共有と行動が大切だ。国連「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成にインパクト・アセスメントは、緊密な結びつきをもち、日本でも国際協力の分野では、高い実績を上げている。日本の将来を左右するのは、人びとの行動を促す新たな意識の浸透であり、アセスメントはインパクトの情報を社会に知らせ、賢明な意思決定へ導く優れた仕組みである。その理念と運用法を適切に理解し、活用することで、よりよい合意形成へむけたコミュニケーションの活発化が期待される。

原科 幸彦(千葉商科大学 学長、東京工業大学 名誉教授)

 

 

優れた環境テクノロジーを
商いの力で社会へ流通

――工科大学と商科大学という、専門を異にする大学で研究と教育に幅広くご活躍なさってきました。

未来の日本の経済社会がどのように持続していけるのか、その可能性を考えると、私は自然エネルギーの普及は極めて重要だと考えています。日本は自然エネルギーの宝庫で、テクノロジーもあります。工科大学で開発された自然エネルギーを商科大学の力で流通させたいと考えています。

――「自然エネルギー100%大学」の構想とは何でしょうか。

現在、キャンパス内の省エネと野田メガソーラーも含めた創エネによって、2018年度には電力で、2020年にはガスを含む全てのエネルギーにおいて、消費量の100%相当の発電を目指しています。

元々、環境エネルギー分野は私自身の専門分野でした。しかし、このように大学全体の理解を得、意思決定を経てスムーズな行動が起こせたのは、今世紀の初頭以来、千葉商科大学で環境と社会に配慮するカルチャーが脈々と築かれてきたからだと考えています。

そのきっかけは、故加藤寛先生(元学長)が政策情報学部を2000年に開設し、2001年には環境ISO学生会議を設立したことにさかのぼります。環境社会配慮と情報発信の教育に力が入れられ、有名な環境ジャーナリストでもある三橋規宏氏(政策情報学部教授)の指導により、2003年には千葉県内の大学では初めて、ISO14001認証を取得しました。学生主導によるものでは全国でも初めてでした。

市川キャンパスのソーラーパネルは2010年に導入されていましたが、2011年3月の東日本大震災後に固定価格買取制度(FIT)ができたのを契機に、野田市にあった野球グラウンドの移転に伴って跡地の有効利用が検討されました。環境への負のインパクト(影響)は生じないという判断をふまえ、大学単体では日本一大きいメガソーラーが一気に導入されました。投資リスクは低くありませんでしたが、その社会的意義は大学経営陣も理解していました。着工の前年に、私は千葉商科大学に赴任しました。

初年度(2014年)の実績は、学内消費量の77%に相当する電力を自然エネルギーで発電していました。これが分かったとき、私は「これなら実現可能ではないか」と考えました。なぜかと言うと、東日本大震災直後の計画停電対策の経験からです。当時、東工大の総合理工学研究科長として学長らと対策を相談していたとき、理工系の大学では消費電力量が大きすぎて再エネでは対応が難しいことがわかりました。

しかし、人文社会系の大学は消費電力量が少なく、状況が違うと考えられるからです。通常、人文社会系の大学は自ら発電するという考えを有していないものですが、本学に赴任してみると太陽光発電の施設がある。さらに、メガソーラーも導入した。そこで、学内外の意識啓発を目指し、2013年からCUC公開講座を始め、初年度は「持続可能な環境エネルギー政策を考える」のシリーズとしました。さらに、2014年からは、再エネ推進を政策情報学部のプロジェクトとして鮎川ゆりか氏(政策情報学部教授[当時])らと一緒に推進してきました。

2018年12月現在、過去1年間の学内消費電力の98・5%に相当する電力を発電しており、1月にも100%を達成する見通しです。また、2月には屋上にソーラーパネルを追加します。さらに、本学でつくるワイン用の葡萄栽培と太陽光発電を両立させた営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)も始めました。

――2020年に向けての施策をどうお考えですか。

2020年は熱も含む総合エネルギーでもって100%達成という、さらに高い目標を設定しました。

私達の計画の根底にある理念は、RE100企業の定義に近いもので「自分で使うエネルギーは自分の責任で産出する」という考え方です。社会工学的に見れば、地域内で総消費量と総産出量を均衡させ、あとは地域内で流通させればよいのです。エネルギーの流通を前提にすれば、自分の敷地内での発電にこだわる必要が無くなり、かつ近場ならば送電ロスもありません。このため、立地制約の大きい自然エネルギー発電ですが、事業者にとっては選択肢が拡がります。

将来の日本の成否を分けるのは、意識と行動です。ドイツの専門家によると、日本はドイツの9倍もポテンシャルを有しながら、現状ではドイツの9分の1も発電していないと言っています。つまり、日本はその気になれば現在の数十倍ものエネルギーを産出でき、国内の需要は簡単に満たせ、さらに輸出することもできるのです。外国から化石燃料を買う必要が無くなり、その供給で脅かされることもありません。この好機を逃す手はありません。

――大学発の子会社を設立し、全学的なスキームを展開されています。

2016年5月にCUCエネルギー株式会社をつくりました。本学が主導権を持ち、地域金融機関や個人からの出資があります。ここで資金調達をして、行政機関の補助金も受け、まず、自然エネルギー100%大学に向けた設備導入を行っています。

ハードやソフトの整備は学長判断で推進することができますが、「ハートウェア(行動につながる意識)」に基づく実践は、教職員や学生皆の理解と協力がないと成り立ちません。千葉商科大学には先に触れた学生活動の伝統があり、現在も形を変えて息づいています。

千葉商科大学の「自然エネルギー100%大学」に向けたスキーム

出典:千葉商科大学提供資料

アセスメントの本質は
情報に基づく合意形成

インパクト・アセスメント(影響評価)とは、事業者が事業活動による環境・社会へのインパクトを予測して、その情報を公開する仕組みです。元々は1969年にアメリカで、国家環境政策法に基づき考案され、現在では世界中で、持続可能でフェアなビジネスを営むうえでのマナーにもなっています。

このような情報を社会に流通させると、人びとのコミュニケーションが円滑になり、適切な合意が形成されやすくなります。予測評価の結果を社会に開示すると、無理解による反対は起こりにくいものです。アスベストなどの化学物質や、地球温暖化のような大規模現象は、感覚だけでは認識できませんが、的確な情報があれば身近な変化や問題の所在を把握でき、事業者や地域住民、行政の意識を高めます。

ところが、日本では一般市民がアセスメント(アセス)に接するチャンスがほとんどありません。その結果、一部の専門家、あるいは、特に関心の高い人に実践と情報が集中している傾向があります。アセス実施件数を、アメリカや中国と比較すると、雲泥の差です。これらの国では日本の1000倍以上ものアセスを行っています。

例えばアメリカでは、まず、簡易アセスが実施されるので件数が多いのです。これは、いわば「集団検診」で、その結果、注意を要すべき案件だけに「精密検査」を施すという二つの段階を踏みます。要注意案件といっても簡易アセス総量の200分の1程度にすぎません。99・5%は簡易アセスで終わっていますから、事業者の負担感は少ない。ところが日本では簡易アセスがなく、初めからごく限られた対象事業だけに詳細なアセスメントを実施するため、他にも精密検査すべき対象があっても見過ごしてしまいます。また、「アセス逃れ」をされたりしてしまう点が大きな問題です。

アメリカの国家環境政策法は高い理念を掲げていますが、アメリカでは議会が充分議論して法律を制定するからです。これに対し、日本の場合は、多くの場合、行政が法律を起案します。内閣へ提案する際には行政的な調整・妥協が加わって提出されるので、各省庁が嫌う内容の法律では、本来あるべきものから乖離してしまいがちです。アセスメントは事業官庁や産業界が余計な負担を嫌いました。加えて、1973年の石油危機から、当時芽生えた環境重視の流れが変わり、アセスメントは邪魔者と見る風潮が現れました。環境庁も当時発足したばかりで権限が弱く、アセスメントは激甚な公害対策に限定され、省庁間調整の場である事務次官会議では、環境庁の意向が通りにくい状況がありました。

こうして、本来は意思決定支援のための仕組みであったアセスメントは、日本では、民主主義の未成熟や制度の未整備により、非常に不充分なものとなってしまっています。

SDGsの表現は
アセスメントそのもの

――日本的な感覚では、アセスメントは専門家が「計測」する印象です。

アセスメントの検査項目は、定量的なものとは限りません。それでは評価できる範囲が限られるからです。皆の懸念する事項(パブリック・コンサーン)すべてが対象です。

2015年に国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」では、17のゴールおよび169のターゲットにより、「この課題に対してこう配慮する」という内容を解説しています。欧米のアセスメントは人々の懸念事項に対応するもので「こう書かれているから、こう行動する」という慣習がそなわっていますが、日本的な感覚では、そうでないために、SDGsが出てきたときに「全然分からない」という反応が起きることになったと思います。コミュニケーションが本質だという、本来のアセスメントに馴染んでいれば驚くことはないのです。無理に定量化せず、定性的な項目を適宜加えてチェックしようという発想が、極めて重要です。

――企業では、企業の社会的責任(CSR)の延長とも捉えられます。

本来、規模の大小を問わず事業主体は社会への責任を伴います。自然エネルギー100%大学も、根底ではSDG12「つくる責任、つかう責任」と結びついています。SDG12は、廃棄物問題として捉えられることが 多いのですが、これには資源管理という観点もあります。自然エネルギーの導入においても、企業が自主的にアセスメントを実施し相互にチェックし合えば、信用が高まります。

アセスメントは国際協力の分野でも展開されてきました。世界銀行が中心になって環境汚染や人権侵害を防ぐべく実施してきました。日本でも実は国際協力機構(JICA)が世界標準の、簡易アセスを含む仕組みを持っています。その結果、JICAは年間600ほどの事業を全て対象にアセスプロセスを行い、その中から300~400のチェック対象を分類し、アセスメントを実施しています。そのパフォーマンスはとてもよく、事業に関する異議申立登録の出方が世界銀行に比べて10分の1以下と少ない。極めて高い質の環境社会配慮を達成しています。JICAは世銀と基本的に同じ仕組みですが、世銀等と違い外部専門家による審査機構がある結果、10倍ものパフォーマンスが出ています。

JICAの事業規模は1兆円台、日本のGDPが550兆円ほどですから、日本全体でJICA水準のアセスメントを実施したとすれば、実施件数は15万〜20万件。米国や中国の水準にすぐ追いつくことが分かります。先にも述べたとおり、日本の将来を左右するのは、人々の環境配慮意識を変えることです。そのためには、簡易アセスメントの導入により、日常的に環境情報に接する社会とすることが効果的です。

大学から輩出する「商いの力」

――2013年以降、公開講座は毎年開講され、2017年度以降は「学長プロジェクト」に継承されています。

「持続可能な社会づくりへ大学はいかに貢献するか」という発想が原点にありました。本学の社長輩出数が1300数十名、全国780ほどの大学のうち上位47位(6%)に入っています。「商業道徳の涵養」という建学の理念と、それに根ざす伝統を踏まえ、次の4つの柱での全学的な活動の実施を考えました。

第1に「会計学の新展開」。会計は英語でアカウンティング。これはアカウンタビリティの語源で、アカウンタビリティは、日本語で訳される「説明責任」より広い概念です。これは、アセスメントが果たす役割に通じ、中身は十分な環境社会配慮ですが、そのエビデンスを示すことです。アカウンティングも、その役割は会計判断のエビデンスを示すことで、今では社会経済の基本です。

昨今はAIなど高度情報化の進展により「会計士不要」とまで言われることもありますが、果たしてそうでしょうか。最近、経済界では不祥事が頻発していますが、会計学の知識、智恵を適切に使いエビデンスを示す。そして、倫理観の高い経営者、専門家がいれば、不祥事多発とはならないはずです。経営者に倫理観を持たせることが不祥事の未然防止につながります。その思いも込めて「新展開」と銘打ちました。

第2に「CSR研究と普及啓発」。現代の経営者に大切なのは環境や社会への十分な配慮です。これは近江商人の「三方よし」の商業道徳と根は同じです。企業が社会に対して果たす責任(CSR)とは何か、企業の行動規範や、その状況を示すインディケータ(指標)の開発などを考えています。エシカル・コマースも重要な領域で研究と実践を進めています。

第3に「安全・安心な都市・地域づくり」。歴史的にも江戸の東部地域では、安全なのは、西は駿河台、東は国府台と言われてきました。戦中は陸軍の基地でもあり、自然災害に対して強靱な台地です。首都直下型地震などを想定しても、この地理的特性を活かし、震災時の地域貢献が必要です。国府台地域の良さを活用できるよう、国府台地域の10機関に市川市も協力して、コンソーシアムをつくりました。

第4の「環境・エネルギー」を含め、全てがSDGsに結びついてきますが、特に会計学はCSRと深く関わります。会計士という人材、会計監査という制度は非常に重要で、それは商科大学の専門分野であり、よりよい社会のあり方に対して貢献するものだからです。

日本社会に透明性ある意思決定というカルチャーが醸成されれば、未来への変革につながるはずです。一社会工学者として、また歴史と伝統のある千葉商科大学の学長として、社会に貢献していきたいと思います。(談)

 

原科 幸彦(はらしな・さちひこ)
千葉商科大学 学長、東京工業大学 名誉教授

 

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