伊原木隆太・岡山県知事が語る EV日本一へ旗を立てる

外資系コンサルタント出身で、「選択と集中」を重視する岡山県伊原木隆太知事が、注力する産業分野の一つがEV(電気自動車)だ。岡山県は、なぜEVに注力するのか。狙いと戦略を聞いた。

伊原木 隆太(岡山県知事)

――平成30年7月豪雨からの復興の状況についてお聞かせください。

2日間降り止まない雨に、ダムも川も水位がどんどん上がり、甚大な被害を受けました。発災からの一週間は、救助活動、不明者の捜索、避難所への物資サポートなどに奔走する中、全国から多数の応援をいただきました。心より感謝いたします。

県内経済は、平成30年7月豪雨災害の影響を受けたものの、個人消費や生産活動を含め、全体では緩やかに回復しています。ただし、被災地域では、工場や店舗の被災だけでなく、従業員の被災や物流網の寸断、消費の減退等の影響も大きく、本格的な復旧に時間がかかっています。

東日本大震災の津波被害や、熊本地震の爪痕に比べると、「見た目」の被害は小さく、すでに「晴れの国おかやま」の明るさを取り戻したように見えるかもしれませんが、現実はシビアです。骨組みしか残っていない建物や、水に漬かったために壁がカビだらけになっている家屋など、解体を余儀なくされるケースが少なくありません。建物は無事でも、機械や設備が使えなくなっている工場なども多くあります。

――産業振興で重視していることは何でしょうか?

産業振興については、外資系コンサルタントとして培った「選択と集中」の視点を生かして取り組んでいます。例えば、食品製造業分野は岡山県の特徴を生かせ、雇用の創出にも貢献する分野として期待しています。2018年は豪雨災害があったとはいえ、気候は温暖で自然環境に恵まれているので水質も良いですし、陸海空の広域交通網の結節点であることから輸送アクセスも抜群です。消費地に近く、深夜に製造した商品を早朝に出荷して、その日のうちに販売することもできます。これなら、人件費の安い海外に競り負けるリスクも低いでしょう。その上、地元農家がつくっている卵や果物などを使っていただけたら農業出荷額も伸びて県全体の産業が潤います。県独自で認定している化学肥料・農薬を一切使わない「おかやま有機無農薬農産物」栽培の推進や、環境保全型の農林水産業などにも取り組んでおり、国内外に対して攻めの姿勢で「岡山ブランド」の確立を目指している農林水産育成プログラムとも合致します。

――全国に先駆けてEVシフトを進める方針を打ち出されています。

現在、EVシフトが世界的に進んでいます。地球温暖化対策の視点からも、温室効果ガスの削減に寄与するEVや家庭でも充電できるPHEV(プラグインハイブリッド車)の普及、EV・PHEVを安心して利用できる充電環境の整備が求められています。

知事が先頭に立ってEVのアピールを行っている

EVはエンジンやトランスミッションが不要となるなど構造がシンプルで、ガソリン車に比べて部品点数が大幅に減ります。つまり、エンジンやトランスミッション関連の部品を製造している県内企業は、EVシフトにより受注が減ると予想され、自動車産業が基幹産業である岡山県にとって、これは見過ごせない問題です。県内にはEVを生産している三菱自動車工業水島製作所や、多くの自動車部品サプライヤーが集積していることから、EVシフトによって大きな影響を受けます。

こうしたことを背景に、岡山県ではEVシフトをチャンスととらえて、EVで必要とされるモーターやバッテリーといった新たな部品を製造することや、充電環境の整備への挑戦を行っていきたいと考えています。EVという新分野で「先行者利益」が約束されているわけではありません。しかし、このようなピンチをチャンスに変えるには、一日も早く変化に対応しておくことが産業構造の変化に対するリスクヘッジになると考えています。

そこで、2017年度にまとめた「EVシフトへの対応方針」では、2018年度から概ね5年間、「全国に先駆けてEVシフトに対応した産業と地域の実現」を目指した取り組みを集中的に実施することにしました。そして、2018年8月7日には、三菱自動車工業と連携協定を締結しました。この協定により、三菱自動車工業が持つEV・PHEVに関連する情報・技術を地元メーカーに提供してもらい、部品メーカーの製品開発や地域振興につなげていくことで、世界的なEVへのシフトに対応できる生産拠点を育んでいきます。

また、2017年8月に設立された「岡山県自動車関連企業ネットワーク会議」とも連携し、EVシフトを前向きにとらえて頑張る企業を増やしていきたいですね。2019年度までに空白地域や充電渋滞といった当面の充電環境の課題を解決することを基本方針の柱とし、2022年度までに県内サプライヤーのEVシフトへの円滑な対応を実現したいと計画しています。

世界的な大潮流であるEVシフトに取り組んでいる自治体は他にもあります。今後、自治体間の競争も激しくなることが予想される中、新工場の進出や実験場所を選ぶ段階になったときに、「どれほど熱心に取り組んできたか」「住民のEV保有率が高いか」「その地域でのEV製造が増えているか」といった条件がそろっているほど、選ばれる確率は高くなるでしょう。岡山県は、東京や大阪には経済力で大きく劣り、地方都市のひとつにすぎませんが、地下鉄が発達していないからこそ自動車というモビリティが生活に必須で、わざわざ実験場をつくらなくても、リアルな暮らしの中でEVを動かしながら、ユーザーの声に耳を傾け、改良に生かしていくというサイクルを回すことができます。自分たちが使うものをつくるという戦略の強さは、かのマイケル・ポーターも認めるところです。

製造のみならず、それを支援する研究開発へのサポートも大切ですので、モーターやバッテリーなどの部品製造に関わる技術はもちろん、軽量化や静音化技術などの実用的な技術開発に関する研究を大学等へ委託し、その研究成果の県内企業への技術移転を図っていきたいと思います。

図1 岡山県におけるEVシフトへの対応方針

 

――今後、岡山県を活性化していくために、特に注力されていく取り組みは何か、思いとあわせてお聞かせください。

EVシフトに対応した産業・地域づくり推進事業は、まだ"旗を立てた"だけの段階に過ぎませんが、シリコンバレーが恵まれた気候と、多くの起業家を輩出したFairchild Semiconductorというひとつの会社の挑戦に端を発して今のシリコンバレーになったように、みんなが目指す先を迷っているときこそ、「こっちに行こう!」と旗を立てて、意志を示す勇気が大事だと思うのです。その代わり、立てたからには、いかに風をはらむかを真剣に考え、諦めずに取り組んでいくしかありません。私は、覚悟を決めたつもりですし、次世代、次々世代の人たちにも引き継いでもらって、「そういえば、岡山は昔からずっと頑張ってきたからね」と外から評価してもらえるような取組を作っていきたいですね。

全体としては、すべての県民が明るい笑顔で暮らす"生き活き岡山"を実現する「晴れの国おかやま生き活きプラン」には、教育、産業振興、そして安心で豊かさが実感できる地域の創造という3つの重点戦略の下に、17もの戦略プログラムがあります。いずれの分野においても、県、事業者、県民等のすべての主体が、それぞれの責務を明確にしながら自主的かつ積極的に動き、互いに連携・協力し、県総ぐるみで目標達成を目指していきたいと思います。

図2 新晴れの国おかやま生き活きプラン

 

伊原木 隆太(いばらぎ・りゅうた)
岡山県知事