『起業の科学』著者が語る 大きな成長へ、成否を分けるものは何か

スタートアップが失敗する理由の70%以上は、時期尚早での拡大――。事業を拡大するためには、適切なプロセスで経営の努力を積み重ねる必要がある。『起業の科学』の著者・田所雅之氏が、スケールする事業づくりのポイントを語る。

田所 雅之(ベーシック CSO(チーフストラテジーオフィサー)/ユニコーンファーム CEO)

――田所さんは日米で合計5社を起業し、ベンチャー投資にも携わりました。そうした経験を踏まえて、起業家が直面する課題とその対策を整理したスライド集『スタートアップサイエンス2017』を公開しました。

それは全世界で約5万回シェアされ、スライド集をベースにした書籍『起業の科学』も大きな反響を呼んでいます。

田所 AmazonやFacebookのような「大成功するスタートアップ」をつくることはアートだと思いますが、「失敗しないスタートアップ」は高い確率で実現できます。私は1000人以上の起業家、投資家を取材し、失敗しないための方法を形式知化しました。それは再現性があるものであり、「サイエンス」と言えます。

ユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場スタートアップ)になれるかどうかは結果論であり、目標として設定するものではありません。ただ、適切なプロセスで努力を積み重ねれば、結果としてユニコーンになり得る可能性は広がります。

起業や新規事業のノウハウについては、数多くの書籍やウェブで紹介され、有用な情報はたくさんあります。

しかし、それらは世の中に散在し、また、成長ステージのどの段階で有効なのか判断しづらいという問題がありました。

スタートアップが死んでしまう理由の70%以上は、時期尚早での拡大。『起業の科学』では、スタートアップの成長プロセスを「アイデア検証」から「スケール(事業の拡大)」までの20ステップに分解し、それぞれの段階でやるべきこと、やるべきでないことを具体的に解説しました。

『起業の科学』は、エリック・リース氏が提唱した手法「リーン・スタートアップ」を発展させたものでもありますが、起業や新規事業について、これだけ包括的・実践的にまとめた本は、世界でも稀だと思います。すでに中国、台湾、韓国、ベトナムでの出版が決まっていますが、英語圏でも刊行し、この本を世界標準にしたいと考えています。

スタートアップが成長するまでのプロセス

出典:田所雅之氏・資料

事業をスケールさせるうえで、
陥りがちな失敗とは?

――事業をスケールさせるうえで、スタートアップが陥りやすい失敗、ボトルネックになりやすい要素は、どういったところですか。

田所 事業がスケールすると、創業者は「起業家」から「事業家」に変わらなければなりません。しかし、それは簡単にできることではなく、困難を伴います。

初期の段階では、経営陣の仕事は限定的です。資金調達してプロダクトをつくり、顧客を開発して、仲間を集める。重要なのは、仮説と検証を繰り返してプロダクトの質を高めることであり、そこで創業者に求められるのは、やり抜く力です。

しかし、市場に受け入れられるプロダクトの開発に成功し、それを広げていく段階になると、経営陣がカバーしなければならない範囲は一気に広がります。

ステークホルダーが増え、IR・PRや採用戦略が重要になりますし、ミッション・ビジョン・バリューの磨き込みや浸透、業務の標準化も必要です。やるべきことが増える中で、人に任せる力が不可欠となり、自分たちが変われるかどうかが問われます。

さらに、企業価値10億ドル規模を目指すとなると、1つの事業を伸ばすだけでなく、事業間でシナジーを発揮させるコングロマリットでないと難しくなります。ポートフォリオ戦略の構築も重要です。

どんなKPIを設定するか、
そこに経営センスは表れる

――日本では、ユニコーンの規模にまで事業拡大せずに、早期に上場するスモールIPO(株式公開)も多くなっています。

田所 シリーズA(初期の投資ラウンド)で資金調達した後、スタートアップは3~5年でエグジットするよう投資家からプレッシャーをかけられます。それが上場を急ぐ要因の1つかもしれません。

資金調達において一番大事なのは、それをどう使うのか、ストーリーが描けていることです。資金の用途について解像度を高めていないのに、資金調達をしようとするスタートアップが多すぎます。

投資のリターンには「PLリターン」と「バリュエーションリターン」の2つがあります。PLリターンとは、例えば広告投資や人員拡大による売上増など、PL(損益計算書)に直結する短期で得られるリターンです。

一方、バリュエーションリターンとは、PL・BSには表れない定量化できない価値の向上です。例えば、プロダクトや組織の質、優秀な人材やノウハウなど、様々な価値があります。バリュエーションリターンは中長期的なものであり、大きな成長を目指すスタートアップにとって、重要なのはバリュエーションリターンのほうです。

また、そもそも、最重要KPI(評価指標)の設定を間違えているケースもよくあります。どんなKPIを見ているかは、起業家の経営センスや専門知識を示します。売上げやPVは結果指標ですが、なぜその結果になったのかを分析することはできず、自社の目標達成に向けてインパクトのある指標を探さなければいけません。

多くの場合、適切な最重要KPIは先行指標となる数値です。その数値を改善すると、それに伴って結果も大きく改善するものになります。

各成長ステージにおける人材面のポイント

出典:田所雅之氏・資料

オープンイノベーションを
機能させるために必要なこと

――CVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)の増加もあり、日本でもスタートアップへの投資は増加しています。大企業とスタートアップの協業も増えていますが、試行錯誤が続いています。

田所 私は今年、新しいスライド集『オープンイノベーションの極意』を公開しました。その背景には、手段(オープンイノベーション)が目的化しているという私の問題意識があります。スライド集では、オープンイノベーションを成功させる9ステップを紹介しました。

オープンイノベーションが機能していない大きな要因は、ベースとなる組織が未整備であること。多くの大企業が、従来の組織の枠組みを維持したまま新規事業に取り組みますが、それではうまくいきません。

既存のコアビジネスが存在する事業部内で新規事業を創出しようとしても、短期のPLが組織内の絶対的指標であるため、新規事業は評価されず、また、組織を統括するマネージャーがリスクを嫌い、新規事業は潰されます。新規事業は他社に破壊されるのではなく、自ら崩壊していくのです。

ドラッカーが「イノベーションの仕事は、既存の事業から分離して組織しなければならない」と語っているように、イノベーション創出のためには、「3階建て組織」を実装する必要があります。3階建て組織では、1階が「コアビジネス」、2階が「新規事業」、3階が「イノベーション」を担当し、それぞれの階で別々のKPIを設定します。

併せて、3階部分を統括するCIO(チーフ・イノベーション・オフィサー)を置きます。3階はイノベーションを創出するための実験の場であり、できるだけ多くの打席に立ち、小さな失敗を繰り返すことが重要です。3階で0→1でプロダクトを開発し、それを実行部隊である2階、1階へと渡していくことで、1→10、10→100へと新たなビジネスの種を育てることができます。

3階建て組織のイメージ

出典:田所雅之氏・資料

 

田所 雅之(たどころ・まさゆき)
ベーシック CSO(チーフストラテジーオフィサー)
ユニコーンファーム CEO