近江八幡と京都大学の連携で 次世代リーダーをつくる

吉積 巳貴(京都大学森里海連環学教育ユニット 特定准教授)

2016年1月1日に「持続可能な開発目標(SDGs)」が発効され、ミレニアム開発目標(MDGs)で十分に手を打てなかった課題に加え、Rio+20で議論された深刻化する環境問題を解決するために、17の目標が設定された。SDGsは、環境・経済・社会にわたる幅広い複数の目標を取りこぼすことなく達成していくことが必要である。このSDGsを実施できる人材を育成する方法として、持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development, ESD)が位置づけられる。日本ユネスコ国内委員会によれば、ESDが目指す人材の能力は、「関わり」「つながり」の尊重、学際性・総合性が必要とされる。このような能力を育成する教育が、次世代リーダー育成のために必要となる。

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地域と大学の抱える課題

近年のまちづくりの現場で現れる課題として、一つは地域のそれぞれの主体が個々に活動していることが多く、行政内における縦割り行政も問題であるが、地域コミュニティ組織間の連携ができていないことがある。特に、地域コミュニティ組織においては、一部の「意識の高い」人によるリーダーシップによって成立している活動が多く、リーダー同士の連携が難しいことがある。さらに、地域コミュニティ組織のメンバーの多くは、時間的に余裕のある活発な高齢者が中心となっている活動が多く、地域の若者がほとんど参加しておらず、担い手不足のため、活動の持続性の問題が生じている。

一方大学においても、学内の研究分野における縦割り問題が、社会で活躍できる次世代リーダー育成に大きな弊害となっている。研究もさることながら、大学内で提供される講義は、各研究分野の専門家によって提供されるため、どうしても研究分野における偏りが生じ、問題の一側面しか学べないことが起こる。

このような大学の教育現場やまちづくりの現場で生じている課題の中、近江八幡では、地域内の主体の連携と大学との連携を通じて、持続可能な社会づくりのための次世代リーダー育成が試みられている。

「三方よし」の地域づくり

近江八幡では、古くから根付く「近江商人の三方よし」の精神をもつ近江八幡の私企業が集まる近江八幡商工会議所がリーダーシップを取りながら、長期的な視野をもって、地域の課題解決に向けた様々な取り組みを行っている。

例えば、近江八幡の水郷が「重要文化的景観」として全国で初めて2006年1月に認定されたが、この水郷景観を代表する八幡堀は元々、交通手段が舟から車に移行したことや八幡堀内の水質悪化などの問題もあり、近隣住民の要望から埋め立ての計画が行政によって決定されていた。しかしながら、近江八幡青年会議所のリーダーシップにより、行政によって予算も配分された計画は中止され、八幡堀は国内初として選定された「重要文化的景観」を構成する主要な景観となっており、水郷巡りなどの観光資源として活用されている。

また2015年10月には「近江八幡市まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定し、その戦略に基づいた人材育成プロジェクトとして、近江八幡商工会議所によるリーダーシップの中で「近江八幡未来づくりキャンパス」が2016年3月から開設されている。このプロジェクトでは、近江八幡の自然と文化を受け継ぎ、地域に根ざし、自立した暮らしと営みをつくるため、市民が自分ごととして町の未来を考え、未来を担う世代を育むことを目的としている。

2016年には、計6回の公開講座を開催し、地域の高校生、大学生、そして近江八幡で地域活動を行っている地域住民や企業、コミュニティ組織などが参加しており、年代や組織、部局に捉われず、地域づくりを議論する場となっている。この公開講座をきっかけとして、活動を実施したい人に対して、課題解決モデルの事業化、ボランティア活動などグループ活動からの事業化のスキルを学べる「地域資源活用塾」を2016年に開設している。

また(株)たねや(たねやグループ)は、「自然を愛し、自然に学び、人々が集う繋がりの場」を目的にした「ラ コリーナ近江八幡」を設立し、菓子づくりを通して、持続可能な社会の実現に向け、近江八幡から世界へ発信するための様々な取り組みを行っている。2015年3月2日には、京都大学森里海連環学教育ユニットと連携のための覚書を締結し、森里海連環学の理念に基づいた地域社会への貢献を目指して相互に連携協力を図っている。更に、たねやグループのCEOである山本昌仁氏は、近江八幡商工会議所会頭の秋村田津夫氏等と共同で、次世代リーダーのグローバル・ネットワークをつくり新しい価値観と行動の和を広げることを目的にNELIS(Next Leaders, Initiative for Sustainability)を2015年1月に設立している。さらに産官学民連携によるまちづくりを推進するため、山本氏が代表取締役社長となり、近江八幡商工会議所と連携して、まちづくり会社「株式会社 まっせ」を2013年6月7日に設立している。現在この(株)まっせが中心になって、地域の様々な組織やその活動をつなげながら、持続可能な社会づくりを推進している。上述した「近江八幡市まち・ひと・しごと創生総合戦略」や「近江八幡未来づくりキャンパス」、「地域資源活用塾」は(株)まっせにより、多様な主体を巻き込みながら実施が実現できている。

また近江八幡の取り組みを更に促進させるため、近江八幡では近隣の大学と密な連携をとっている。その中の一つとして、京都大学森里海連環学教育プログラムとの連携について紹介する。

大学と地域が手を携える

森里海連環学教育プログラムは、日本財団との共同事業「京都大学・日本財団高度人材育成プログラム」として2013年4月に開設された大学院生対象のプログラムである。「森里海連環学」は、森から海までの連環とそれに対する人間活動の影響を科学的に解明し、これに基づいて人と自然のつながりを取り戻すための新たな発想と社会の仕組み、そして技術を提案することを目指し、自然、人文、社会科学に関するあらゆる分野が含まれた分野横断型の学問である。

履修する大学院生は、それぞれの多様な専門分野において深く掘り下げるための研究を行っているが、自分の専門分野を森里海連環の全体の中で活かすことができる知識、技能、経験を養うため、フィールドにおける実践体験型の教育プログラムを、地域の様々な主体と連携しながら整備している。

そのプログラムが提供している講義「森里海連環学の理論と実践」では、大学内の教室で座学として、我が国の地域で近年生じている地域課題である、森林の荒廃、獣害、農林業の衰退、少子高齢化、河川や湖沼の水質汚染、里山保全、生物多様性や生態系破壊などの問題と原因について学ぶ。そして、近江八幡における1泊2日の実習で、地域住民やそれぞれの課題に取り組む主体から「生」の声を聞き取りしながら、なぜそれらの問題が実際に生じており、その問題がなぜすぐに解決できないかを、異なる研究分野から参加している大学院生達でグループワークをしながら分析し、地域の様々な主体に向けて、解決案を提案する構成となっている。学生の提案に対して、地域の人々から現実的な状況に基づいて、率直で厳しい指摘を受け、実践の難しさを学べるようになっている。

このフィールド型学習プログラムの開発および実施は、京都大学森里海連環学教育ユニットが(株)まっせや(株)たねやと深く連携しながら、地域の里山整備や景観整備などを行っている地域コミュニティ団体や農業・観光に関連する団体との関係を構築・調整することで実現してきている。大学・学生側のメリットとしては、フィールドを通じた教育プログラムを通じて、現場において何が問題なのか、そしてその問題がなぜ生じているのかを、研究分野に捉われず学ぶことができることである。現場のパートナー側のメリットとしては、フィールド型学習を通じた学生との意見交換の中で新たな視点や考えが生まれる刺激となることや、地域の様々な主体の活動の情報共有の場となることである。

近江八幡の事例に見られるように、地域の様々な主体、そしてあらゆる世代が連携しながら持続可能な社会づくりを議論し、活動を進める場づくりが必要である。あわせて大学と連携することで、議論の場の硬直化を打破し、次世代リーダー育成への更なる貢献が可能になるのではなかろうか。

「森里海連環学の理論と実践」における近江八幡での実習(以下、近江八幡実習)の様子。八幡堀について(株)まっせの田口真太郎氏による京都大学学生への説明の様子

近江八幡実習における竹林整備体験の様子

吉積 巳貴(よしづみ・みき)
京都大学森里海連環学教育ユニット 特定准教授

 

『環境会議2017年秋号』

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 環境と事業の共生 SDGsに根ざす経営
根本かおる(国連広報センター 所長)、玉木林太郎(経済協力開発機構[OECD] 前事務次長) 他
特集2 環境教育で次世代リーダーをつくる
望月要子(ユネスコ)、寶 馨(京都大学大学院総合生存学館[思修館] 学館長) 他

(発売日:9月5日)

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