2016年4月号

環境会議

唱歌「ふるさと」から里山の変化を考える

高槻 成紀(麻布大学いのちの博物館 上席学芸員)

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「うさぎ追いしかの山」で始まる唱歌「ふるさと」は広い世代に共有される愛唱歌といってよいだろう。この歌をうたうと、すがすがしい気持ちになる。とくに最後の「山は青きふるさと、水は清きふるさと」という歌詞をうたうと、情景が浮かび、心に染み入るような気がする。

私は長い間、野生動物を研究してきたが、その立場でこの「ふるさと」の歌詞を読むと、動植物とわれわれのあり方、さらには環境問題や社会のあり方までが内包されていることに気づいた。

「うさぎ追いし」を動植物の視点で読み解く

冒頭のウサギを追うという歌詞からして示唆的である。この歌詞から現代人のどれだけがウサギを追ったことがあるだろうかという疑問が生じる。追うどころかほとんどの人は野生のウサギを見たことさえない。だが、この歌が作られた大正初期には多くの日本人がウサギを見ていた。そうでなければもっとも重要な冒頭の歌詞に選ばれるはずがないし、この歌詞がうたう者の心をとらえたから愛唱されてきたはずである。当時の日本にはウサギが溢れるようにいた。ではなぜ今いなくなったのか。自然が破壊されたからだろうか、あるいは狩猟が強くなったからだろうか。

実はそのどちらも正しくない。日本の哺乳類の多くが森林にすむのに対して、ウサギは草原を好む数少ない哺乳類である。日本列島は降水量が多いから、草原はすぐに森林に移り変わる。つまり自然を「守れば」、草原は森林になってしまうのである。現に現在の日本列島には草原はほとんどなく、森林に覆われている。草原がなくなったのは、必要でなくなったからである。

草原といっても「ふるさと」の舞台となった草原は「茅場」と呼ばれ、モンゴルや北アメリカのプレーリーのような乾燥草原ではなく、森林にならないように定期的に刈り取りをすることで維持されるものであった。茅場は入会地として維持管理されてきた。そこからとれる茅は茅葺屋根に使われたし、家畜の飼料としても利用された。また茅場は中秋の名月をながめるためにススキを活けるなどの使われ方もした。このように茅場は伝統的な日本の農業に欠かせない存在であり、里山の景観を特徴づけていた。茅場を生活の場とするウサギは、繁殖力が高いから、狩猟されても茅場がある限りいくらでもいた。

高野辰之記念館に建つ唱歌「ふるさと」の碑 Photo by Qurren

この茅場が1970年代くらいを境に急速に消滅することになった。茅場を生活の場としていたウサギは、「自然植生が破壊された」せいでも、「獲りすぎ」のせいでもなく、むしろ人手によって管理されていた茅場が森林に「戻った」ためにいなくなったのである。

このように「ふるさと」の歌詞を動植物の視点で読み解くと、冒頭の一行だけでも、戦後の日本の里山の変化や農業社会の変化を考える深い意味を持っていることに気づいた。

大正時代と現代で大きく変わる里山

「うさぎ追いしかの山」に続く「小鮒釣りしかの川」はどうだろうか。ウサギと同じように、現代人と動物の関係という文脈で読み取ると、やはりフナ釣りをする人は激減したといえる。それはフナがいなくなったためでもあるが、同時にフナがすむ川が破壊されたためでもある。戦後、日本の川は河川工事によって大きく変形を強いられた。これはフナの生息地の物理的破壊といえる。しかし日本の川は水質汚染によって化学的にも破壊された(ただし、これは最悪の段階は過ぎ、今は回復しつつある)。フナへのダメージはそれだけではない。ブラックバスなどの外来魚の猛威により、日本の水生動物は壊滅的ともいえる悪影響を受けている。つまりフナを含む日本の水生動物は物理的、化学的、生物的なトリプルパンチを受けて瀕死状態にあるといってよい。

私はこれを日本の川の問題と位置づけて読み解いたが、それはとりもなおさず水の問題でもある。日本は雨の多い国であり、したがって水の豊富な国である。私たちの生活は水を軸に成り立っているといってもよいほどだ。恥ずかしながら私は自分が1日にどれだけの水を使うかを知らなかった。5リットルくらいかなと思ったが、調べてみたら、乾燥地を含む世界の平均が50リットルで、日本ではなんと320リットルも使っていると知って仰天した。もっとも、日本でも明治時代には80リットルに過ぎなかったので、最近になって4倍にも増えたのである。

「山は青き」から森林の問題を考える

最後の「山は青き」は森林の問題ととらえた。豊富な降水量に支えられて日本列島の3分の2は森林であり、これは先進国にはまれな高い値である。ただしその4割強はスギやヒノキの人工林である。戦争はいつも自然を破壊するが、太平洋戦争でも森林は強く伐採された。戦後の大洪水は大雨にもよるが、山に保水力がなかったことも要因として大きい。当時の林業被害はネズミとウサギによるものであったが、それは禿山のような山が多かったからである。現在ではこれらの野生動物による林業被害は収束し、シカの被害が大きくなっている。その後、スギやヒノキが育って今は一年中暗い林が広がっており、しかも手入れされない林が膨大な面積を占めている。一方、炭をとった「薪炭林」も燃料革命により無用のものとなった。そのような雑木林は人工林に変えられたり、宅地に開発されたり、あるいは放置されたりしている。関東地方ではヒサカキやアズマネザサなどが繁茂し、荒廃している。

このように、「ふるさと」に描写された里山は動植物からみると、この歌が作られた大正時代と現在で大きく様変わりしたことを読み取ることができた。

里山の谷津田(東京都町田市)

人口の移動と家のあり方を問う

「ふるさと」の歌詞では、自然描写とともに「いかにいます父母」や「つつがなしや友垣」もまた重要な存在である。私はこれらの歌詞に近代化にともなう人口の移動と家のあり方を読み取ろうとした。

この歌詞は生まれ育った故郷で大人になった人のものではない。都市に出て、ふるさとの両親や旧友のことを想うものである。その歌詞が多くの人の心をとらえたということは、その心情を共有する人が多かったということである。

大正から昭和に移る戦前にあってもそうであったが、戦後、民法が変わり、工業化に力点をおいた政治は地方から都市へという人口の流れを一層強くした。自分を育ててくれた両親、友だちと分け隔てなく過ごした子供時代をなつかしむ人の心は、都会での生活に耐えながらいつでも故郷を向いていたであろう。

「雨に風につけても」は天候のことではあるまい。人生の荒波にさらされ、人との関係に悩み、経済的な困難にも直面しながらも、多くの人は勤め先や地域でよく生きようと努力した。そうしたときに、ふと子供の頃を思い出し、「あの頃はよかったなあ」と思ったことであろう。

歌詞は3番に移ると、「志を果たして」と始まる。現代の私たちにこの感覚はややわかりにくい。かつての農山村あるいは漁村は現金収入という意味では貧困であった。だが、自給自足的に食べることはなんとかできた。家は継ぐべきものであったから、長子にとって農家に生まれれば農業を継ぐことは自明のことであった。だが、家を継がない者はよくいえば家の束縛がなく、悪くいえば寄る辺がなかった。そうした人々は都市に出た。そのとき、心の中には自分が育ったあの故郷に「よくがんばったね」、「立派な人になったね」と言ってもらいたい気持ちがあったであろう。当時の価値観からすれば、事業に成功するとか、偉い人になるとかいうことが「志」だったであろう。

考えてみれば、それが実現した人はほんの一握りであったはずである。それでも誰もが夢を持ち、「自分はあの故郷に育てられたのだから、恩返しがしたい」と思った。強く結びついた地縁社会は家族同様であった。その感覚は現代の都会人には理解しづらいものになっている。

人口の都市集中の問題を考える

いずれにしても戦後30年ほどして日本の農村社会は大きな変化をとげ、そのことにより里山の景観と、そこにある植物とそこにすむ動物が大きく変化した。その後、人口の都市集中はさらに進み、今や過疎を超えて、「限界集落」とか「地方消滅」といった言葉が生まれ、現実味を帯びるようになった。地方が人と力を失うことの影響には心配なことが多い。一方、さらに進む人口の都市集中は、人と動植物との関係という観点で見つめると、かなり深刻な問題をはらんでいるように懸念される。

動植物のことを考えてきた立場からすれば、都市住民とは消費者であり、動植物のことを体で知る農民とは動植物に対する感覚がまったく違うということを指摘したい。そのことは唱歌「ふるさと」が描く里山の景色を想像するだけで、実感をもってそこに生きる動植物のことを理解することを困難にする。人口の都市集中と地方の過疎化の持つ意味は今後、社会のリーダーが考えるべき重大な課題であると思う。

茅葺屋根の農家(東京都青梅市)

高槻 成紀(たかつき・せいき)
麻布大学いのちの博物館 上席学芸員

 

『環境会議2016年春号』

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