2015年10月号

環境会議

家庭用プリンターで作るセンサーで農地の水を管理

川原 圭博(東京大学大学院情報理工学系研究科 准教授)

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水ストレスの増大で、世界の農地では今後ますます、水使用量を減らすことが求められる。新たな土壌モニタリングのセンサーネットワークとして注目を集めている「センスプラウト」は、家庭用プリンターで印刷できる電子回路を使い、従来は高額で入手しにくかった土壌モニタリングセンサーの低価格化を実現するものだ。国内外で実用化され、普及が進めば、世界の農地の水利用を大幅削減することも可能になるかもしれない。

土壌モニタリングのセンサー「センスプラウト」は、印刷技術を用いているため小ロットでも低コストで製作できる特徴がある。

求められる農業での節水

米カリフォルニア州では現在、1000年に一度といわれる干ばつが起きており、今年で4年目を迎える。現地では様々な節水対策がなされているが、最も懸念されるのは農作物への影響だという。東京大学大学院情報理工学系研究科の川原圭博准教授によれば、農業では意図せず多くの水が使われることが少なくない。

「渇水時でも地下水を汲み上げて農業を続けることはできますが、カリフォルニアでは既に浅いところの地下水はなくなっており、深いところを掘る状態となっています。生産量を減らせば、農家はビジネスが成り立たなくなるため、井戸を掘って水をやります。干ばつがあまりにひどいため、長年かけて溜まった地中のかなり深い位置の地下水が使われているのが問題です」

世界各地で今後、水ストレスが増大すると予測される中、より少ない水で農業を行うための技術が求められている。

「農家へ行って調査を行うと、農家の方も自分自身がどの程度の水を使っているか把握していないことが多いのです。水分計を導入すれば計測できますが、広範囲で計測できる物は高額で入手しにくく、多くの農家が勘と経験に基づいて水やりをしているのが実状です」

川原 圭博 東京大学大学院情報理工学系研究科 准教授

銀インクを使った電子回路でセンサーを低価格化

このような中、川原氏らが提案しているのが、低価格のセンサーを利用した農業での節水だ。川原氏は、農地の水分管理や地滑りの予測に活用できる、低コストで環境負担の少ない土壌モニタリングのセンサーネットワーク「センスプラウト(SenSprout)」を開発した。今年1月には、株式会社SenSproutも設立し、世界での実用化を目指している。センスプラウトは、インクジェットプリンターを使って印刷した紙が電子回路となる「インスタントインクジェット回路」の技術が活用されている。現在、市販のインクジェットプリンターに通電できる銀ナノインクを装塡することで、回路基板を印刷することが可能になっている。

センスプラウトでは、土壌水分センサーで静電容量の変化を検知し、土の中の水分量を測れ、いつどの程度水やりが必要かを知らせる。家庭用インクジェットプリンターを使って電子回路を作れることから、従来は数十万円と高額だった土壌水分センサーの価格を、数千円程度に抑えられる可能性がある。

また、エナジー・ハーヴェスティング(EnergyHarvesting)による無線給電技術を現在研究中。環境中の微弱なエネルギーを利用して、電池なしで電子機器を動かす技術であり、実現できると電池交換が不要なため、メンテナンスコストも最小限にできるほか、電池の液漏れで土壌を汚染する恐れもない。

さらに、研究室で開発されたマイコン(集積回路)の最適な動作周期を動的に自動決定するアルゴリズムによって、超低消費電力しか得られない状況でも安定的に動作を続けることが可能になった。川原氏はセンスプラウトの導入によって、農家では現在よりも3割程度の水を節約できると考えている。将来的には、大規模農業や高付加価値作物の灌漑の最適化、地すべりやがけ崩れのようなリスクの評価への応用も期待されている。

「今後は可能であれば、センスプラウトを農家に無料配布し、クラウドへのアクセスで毎月少額の使用料が支払われるような収益化も考えています。また果物などでは、実がなった後に与える水を減らすと甘みが増すなど、付加価値を上げる方向へ行くこともあります。そういった匠の技のようなものに利用することも、将来的には狙いたいと思います」

「ザ・ベンチャー」で世界2位に

センスプラウトは現在、国内外で注目を集めている。川原氏は今年1月、国内で「シーバスブラザーズ・ヤングアントレプレナー基金」を受賞し、7月には米サンフランシスコで開かれた世界大会の「ザ・ベンチャー(THE VENTURE)」ファイナルイベントにも出場した。世界大会では16ヵ国のローカル大会を勝ち抜いた社会起業家が競う中、高い評価を受けて第2位に選ばれた。

現在は数ヵ所の農家の協力を得て、国内で実験を行っているが、今後はインドや米国のジョージア州にも広げていく方針だ。世界では米カリフォルニア州だけでなく、他の主要な農業生産地も干ばつや土壌劣化の問題を抱えており、中でも深刻なのはインドだという。

「インドでは人口が非常に多く、穀物の消費量が多いにもかかわらず、雨があまり降りません。インドの54%の土地で、水ストレスにさらされているともいわれます。ブラジルなどでも同様に、深刻な事態が生じています。また、インドでは昔、海だった地域で地下水を汲み上げることによって、農地に塩分が入り、使えなくなるというケースもみられます」

川原氏は現在、インド工科大学(IIT)と共同の研究開発も進めている。インドではコメが主要な作物となっており、水田には絶えず水を張っている必要があるが、そのための水が足りなくなっている。「しかし、ある成長段階では、水田から水を抜いても問題ないといったこともわかりつつあります。これを試験的に試す取り組みも、始めようとしています」

降雨量が少ないインドは、54%の土地で水ストレスにさらされると予測されている。今後、「センスプラウト」をインドの農場で活用する予定だ。

国内農業者の高齢化対策にも

一方、国内の農家は現在、多くが家族経営となっているが、高齢化が進み、農地を手放す人たちも増えている。それらの農地を農業生産法人が受け継ぐケースもあり、農業生産法人が多数の農地を管理する場合には、センサーに基づく情報が、より重要になると考えられる。国内外の農地におけるセンスプラウトの普及によって、将来的に、世界の農地での水資源活用が最適化されることが期待される。

全国の数カ所の農家で実験をしている。農場に設置し、土の中の水分量をパソコンやスマートフォンなどでクラウドで把握し、管理することができる。

川原 圭博(かわはら・よしひろ)
東京大学大学院 情報理工学系研究科 准教授

 

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