2014年12月号

地方創生 2つの輪

小泉八雲、ブルーノ・タウト...... 外国人が再発見した日本美

嶋田淑之(自由が丘産能短大・教員、文筆家)

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「外国人が見出す“日本人の気づかない日本の魅力”」に注目が集まっている。明治期を中心に訪日した、欧米知識人が注目した“日本の魅力”には、現代日本の地方創生にも繋がり得るヒントが多々隠されている。

ブルーノ・タウト。桂離宮・伊勢神宮・白川郷の民家などに日本美の本質を見出した

外国人観光客が日本で最も感動した点として、京都などの神社仏閣以上に、“新幹線ホームに整然と体育座りしている修学旅行生(小学生)たちの姿”を挙げるなど、我々日本人とは異なる視点からの日本評価に驚くことはとても多い。

「ジョハリの窓」を持ち出すまでもなく、「他国民は知っていても自国民は知らない自国の姿」というものが産業・観光分野においても多々存在する。

桂離宮。「一切は清純であり、それ故にまた限りなく美しい」(タウト) Photo by David Sanz

また、バブル崩壊以降の長期低迷を通じて日本人がすっかり自信を失ってしまったのに反し、諸外国においては今や“空前の日本ブーム”であり、その温度差が著しく拡大しているという現実もある。

そうした背景もあって、特に今年に入ってから、民放キー局の番組編成においても“外国人から見た日本の魅力”をテーマにした番組が花盛りになっている。

そこで本稿では、“外からの視点で見た日本”という方向性を踏襲しつつも、それを歴史的視点から捉え直し、幕末から昭和・戦前期までに日本を訪問した外国人が、日本のどんな点に注目し、それをどのように評価してきたか、という点を検討してみたい。

それを通じて、日本や日本人が本来的に有していた美質で、今なお気がついていない点はないか、あるいは、いつしか忘れ去ってしまったものはないか、などを確認し、そうした美質を活用しての地方創生につなげることができればと願う次第である。

もちろん、日本を訪問した外国人と言っても、その質において多様である。ここでは、一過性の旅行者ではなく、明確な問題意識を持って日本を訪れ、長期滞在した人物に限定したい。それによって、表層的な“異国趣味”で日本を礼賛するような向きを排除し、専門性をベースにした忌憚のない評価・意見を抽出する。

こうした観点から今回調査した結果浮かび上がってきた彼ら共通の関心事・評価ポイントは4つ、すなわち「建築」、「工芸」、「子ども」、「女性」であり、これを順に見ていきたい。

日本文化の本質はどこに?

日本の建築に関する発言で最も注目されるのは、「日本美の再発見」(1939)などの著者で、ドイツの建築家のブルーノ・タウト(1880~1938)である。

彼は言う。「桂離宮は、伊勢の外宮と共に、日本建築が生んだ世界標準の作品と称してさしつかえない」と。

伊勢神宮外宮。「日本のこの独創的な業績、その美しさこそ全世界共有の傑作」(タウト) Photo by ajari

タウトによれば、日本文化の本質は、“簡潔”、“明確”、“清純”にある。その典型例が伊勢神宮(外宮)や桂離宮であり、そこに見出される本質は、日本各地に根づく伝統的な日本家屋や工芸品、さらには一般庶民の生活様式の中に生き続けている。

そして、日本文化のこうした特質は時代を超えて“現代的”であり続け、それを追求することこそが、日本が世界に貢献できる一番の道であると、彼は喝破しているのである。

実際、19世紀末以降、日本のそうした本質的要素が、建築・美術・工芸などの分野を中心に、欧米各国に革命的な影響を及ぼしてきたことは歴史が証明する通りである。

タウトにとっての日本美は、神道にもとづく様式にあり、仏教伝来と共に入ってきた中国由来の装飾的な様式は「未消化の輸入品で日本的でない」と見做す。

そういう意味で、徳川将軍家の権勢を誇示すべく造成された日光東照宮の豪華絢爛は、「俗悪」という評価になる。そこからの当然の帰結として、明治以降の「文明開化」で中途半端に欧米化した日本の都市の街並みや建築物に対する評価は厳しい。

興味深いことに、以上のような見方は、タウトに限ったものではなく、“知日派”外国人に共通している。

都市の街並みに関して、「醜悪」「絶望的な全体感」など各人各様に酷評する一方、地方の町村の家並みに関しては、日本の伝統が生きているがゆえに高い評価となる。

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲、1850~1904)は、「日本の面影」(1894)の中で、文学者らしい独創的な見解を述べている。

小泉八雲。1896年、日本に帰化し、日本人の内面や日本文化を描いた作品群を執筆

「名画のようなこの町並みの美しさのほとんどは、戸口の側柱から障子に至るまで、あらゆるものを飾っている、白、黒、青、金色のおびただしい漢字とかなの賜物ではなかろうか」

ハーンによれば、“肉筆で書かれた”日本の表意文字(漢字・かな)こそは、生き物として人に語りかけ訴えかけてくる魅惑的な存在であり、それが町中にあふれていることの素晴らしさを彼は称賛しているのである。

現代において、諸外国の若い世代が、漢字のタトゥーを入れることを好んでいるのと一脈通じるものがあろう。

伝統工芸の光と影と

明治中期、その質の高さをシドモア女史らに絶賛され、今も生き続ける四日市萬古焼

幕末期にスイス政府を代表して条約交渉のため訪日したエメェ・アンベール(1819~1900)は、日本の工芸品を絶賛する。

「私はその特性を、上品な風格にあると断定する」「江戸の職人は真の芸術家である」(「絵で見る幕末日本」より)。

しかし、その後の「開国」で、日本の伝統工芸をめぐる状況は一変する。

アメリカの人文地理学者で、明治期にたびたび訪日し、人力車で全国を駆け巡ったエリザ・R・シドモア(1856~1928)は、「シドモア日本紀行」の中で、こう指摘する。

「西洋の手本や教育、貿易上の無知な注文は、島帝国ニッポンに芸術的荒廃をもたらしました。外国の指図に従っているところはどこも素朴な製品の質が低下して俗悪となり、しかも安っぽくなりました」と。

エリザ・シドモア。無類の親日家で、ワシントン・ポトマック河畔の桜植樹実現の立役者

彼女はその典型を、当時すでにイギリスのスタッフォードシャーと並ぶ世界的陶磁器産地として有名になっていた瀬戸(周辺)の陶磁器(瀬戸物)に見出す。

「名古屋や瀬戸は粗悪な装飾の磁器茶壺によって豊かになり幸せになりました。つまり、芸術が消えるということは産業が潤うということです!」

その一方において、シドモアは、三重県伝統の「萬(ばん)古焼(こやき)」のクオリティの高さを絶賛する。それは、“四日市萬古焼の父”と称された山中忠左衛門が、地元の貧農救済のための事業構想として、萬古焼の革新・普及に尽力していた時期とも合致する。

彼女は言う。「憂うべき名古屋窯業界の悪夢の真っただ中にあって、この製造はとても嬉しいことです」と。

日本の伝統工芸の抱える問題に対するこうした指摘は、タウトやハーンはもとより、イギリスの旅行作家イザベラ・バード(1831~1904)の「イザベラ・バードの日本紀行」(1880)においても、重大な問題としてたびたび登場する。

現代に通じる、伝統産業の選択し得る2つの方向性が明確に看て取れよう。

驚嘆すべき日本の子ども

“知日派”外国人たちは「日本の子ども」を絶賛する。

彼らの分析に共通するのは、「母親が乳幼児を背中におぶって外出する(仕事に行く)こと」の積極的意義である。タウトは「ニッポン」(1941)の中で指摘する。

「母親に背負われた幼児が母のする動作を絶えず見守っているのを私はよく観察したことがあるが、彼らは母親のどんな動作も見逃さず、これらの意味が大して説明も要せずに自然に彼らの心に刻まれるのである。

漁師の女房は、その夫達と一緒になって船を浜へ引き上げるために、身を屈める。すると子どもは、母に背負われたままでその複雑錯綜した動作を共にしながら、泣き叫びもせず、その一部始終をわき目も振らずに見つめている」

日本の子どもは、乳幼児期に母親におんぶされて生活する中で社会性を培ったという(ポンティング撮影)

日本の子どもは、幼児の時から親と一体となって行動することを通じ、社会性を涵養しており、それが、「他国民の場合に比して物分かりよく悧巧な点で、はるかに優っている」(タウト、前掲書)という好結果を招いていたようだ。

これは現代日本でも見出される現象である。筆者の知人に、ある有名企業の社長秘書がいるが、彼女は、子どもが生まれて以来、その子をおぶって出社し続けており、オフィス内や公共の場所で見るその子の様子は、まさにタウトが観察したのと同様なのである。

「待機児童問題」が深刻化している現代日本であるが、やり方次第で、今後解決し得る可能性を感じさせる事例である。

日本を支える主役は「女性」

戦後民主教育を受けた我々は、明治民法下の日本女性に関して、差別・抑圧された存在という否定的な捉え方をしがちである。

しかし、少なくとも、彼女たちと同時代の欧米知識階級から見る限り、状況は異なる。

シドモアは、同じ女性の立場でこう明言する。

「結婚法、離婚法、財産法は、欧州女性が守られている以上に立派な権利を日本女性に保障しています。家族の生活と威厳は変わりなく保たれ、家庭プライバシーも油断なく守られ、外人は神聖な家族の中心人物が女性であることを見抜くことはできません」(前掲書)

また、バードも言う。「日本の妻はよく働きますが、単調で骨の折れる仕事をする存在というより、むしろ夫のパートナーとしてよく働くのです」(前掲書)

このテーマに関し、最も熱心な考察を行ったのは、イギリスの写真家ハーバート・G・ポンティング(1870~1935)である。

ハーバート・G・ポンティング。日本を「この世の楽園」と称え、日本女性を絶賛した

「家の中で婦人の演じる役割について、人々の見解が分かれることはない。彼女は独裁者だが、大変利口な独裁者である。彼女は自分が実際に支配しているように見えないところまで支配しているが、それを極めて巧妙に行っているので、夫は自分が手綱を握っていると思っている。そして、可愛らしい妻が実際にはしっかり方向を定めていて、彼女が導くままに従っているだけなのを知らないのだ」(「英国人写真家の見た明治日本」より)。

諸外国と異なる日本ならではの魅力は、「女性の優雅な支配力」にあるという(ポンティング撮影)

彼は、日露戦争に従軍し、帝政ロシアから「クロキンスキー」と恐れられた猛将・黒木為楨(ためもと)陸軍大将(伯爵、薩摩藩出身)とも親しく交わったが、同大将はこう述べたという。 「日本の婦人は非常に優しく、おとなしく、そして謙虚で......(中略)一国の歴史の上で婦人の果たす役割は大きく、どこの国でも、もし婦人たちが、何にもまして勇敢で優しく謙虚でなければ、真に偉大な国民とは言えません。兵隊と同様に、日本の婦人は国に大きな貢献をしているのです」

砲弾飛び交う血腥い(ちなまぐさい)最前線の司令部で、淡々と語られた日本女性への感謝と尊敬。その場に居合わせた参謀将校たちも深く同意し、「日本婦人はこれからもそうあってほしいものです」と全員で乾杯したという。ポンティングが強い感銘を受けたことは言うまでもない。

現代日本の政府要人や経営者の中で、緊迫した仕事の現場において、心からのこうした発言ができる人物は一体どれほどいるだろうか。それが出来るようになった時、日本女性は、その本来の美質を如何なく発揮できるのかもしれない。

 

日本文化の本質的な美点を活かす

明治期を中心に来日した外国人たちが気づいた、日本の本質的な美。その価値は今も揺らぐことはない。我々日本人が忘れがちな、日本の正統的な伝統や行動様式を、観光創造に活かしていくべきだろう。

世界に圧倒的な影響を及ぼし続ける“簡潔・明確・清純”という日本文化の本質を生かした建築・まちづくり。美術・工芸など伝統産業において、伝統に立脚した「ホンモノ」を現代に生かす努力。「おもてなし」の主役である女性のあらゆる産業における活躍。以上のような取り組みが考えられる。

地方創生のアイデア

月刊事業構想では、「地域未来構想  プロジェクトニッポン」と題して、毎号、都道府県特集を組んでいます。政府の重要政策の一つに地方創生が掲げられていますが、そのヒントとなるアイデアが満載です。参考になれば幸いです。

※バックナンバーには、そのほかの都道府県も掲載されております。是非ご一読ください。

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