増収続くユニバーサルミュージック ミセスら育てる才能発掘と世界戦略
(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2026年5月7日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

『ケセラセラ』『ライラック』『ダーリン』と3年連続で日本レコード大賞を受賞するなど快進撃を続けるMrs. GREEN APPLE。大手の音楽会社ユニバーサルミュージックには彼らのほか、DREAMS COME TRUE、Ado、藤井 風など、そうそうたるアーティストが所属している。
ここ10年ほどで、音楽業界はCDなどのパッケージからストリーミング配信へと市場環境が大きく変化。業界全体の売り上げは微増にとどまっている中で、ユニバーサルミュージックの売上高は過去最高を更新し続け、約3倍にまで伸ばしている。
この会社を率いているのが、2014年に46歳で社長に就任した藤倉尚さんだ。世の中はデジタル化が進み、AIの活用が当たり前になりつつある。楽器が弾けなくてもコンピューターで作曲でき、誰もが簡単に世界に発信できる時代。だからこそ「他との差別化が大切」「人間は、人間らしさに惹かれる」と語る。
学生時代にバンド 「これしかない」と転職
──音楽業界に入ったいきさつを教えてください。
音楽は以前から大好きで、洋楽ならポリスやスティング、邦楽では現在も当社に所属しているTHE ALFEEなどをよく聴いていました。高校時代に友人とバンドを組み、THE ALFEEのものまねのようなことをしていたのを懐かしく思い出します。
ただ、好きなことを仕事にすることに迷いがあり、いったんはお酒の会社に就職しました。ですが、仕事で音楽関係の人と出会う機会があり、人を笑顔にできるような楽しいことを仕事にしたいと強く思うようになりました。それで、自分がやるのはこれしかないと、当社の前身となる「ポリドール」というレコード会社の門を叩いて、この世界に飛び込みました。
──ポリドール入社後は、どんな仕事をしていましたか?
最初は営業で、いわゆるレコード店回りをしていました。当時はまだCDやカセットテープの時代で、「こういう新譜が出るので何枚仕入れてください」とお店に提案していました。宣伝も担当し、SNSもない時代でしたから、多くの人に知ってもらうために新聞や雑誌などのマスメディアを回っていました。その後は、アーティストや曲をどうやって売るのか考えるプランニングや新しい才能を探す仕事もしました。音楽を届けるためのさまざまな仕事を担当させてもらったことが、今の自分に役立っていると思います。
アーティストの力を信じ、共に成長していく感動
アーティストとしては、松田聖子さんやAIさん、徳永英明さんらとご一緒してきました。松田聖子さんは、ポリグラム(現・ユニバーサルミュージック)傘下だったマーキュリー・ミュージックエンタテインメントに移籍してこられました。言わずと知れた大スターですが、「あなたに逢いたくて~Missing You~」(1996年)が大ヒットとなりました。
AIさんには、その力強い歌声に圧倒されました。まだ広くは知られていなかったころから関わることになり、2005年に「Story」がヒットして紅白歌合戦に初出場されました。世の中に素敵な才能を届け、アーティストもその過程を一緒に喜んでくれる。共に成長していく感動を味わいました。
徳永さんはご病気を経て活動を再開され2002年にユニバーサルミュージックに移籍してこられました。独特のハスキーなハイトーンボイスで、類いまれな歌声の持ち主です。徳永さんご本人とスタッフが何度も話し合い、「その声を生かすには女性の歌を歌ってみたらどうか」という方向性になりました。そして発売されたのが「VOCALIST」(2005年)。中島みゆきさんの「時代」、久保田早紀さんの「異邦人」、山口百恵さんの「秋桜」などを収録したアルバムです。これがカバーアルバムとしては異例の大ヒットとなってシリーズ化され、「VOCALIST 6」(2015年)まで続きました。
幸運にもいくつかのヒットに関わることができましたが、どれもアーティストの力があってこそ、です。ヒットする人や作品の背景には、必ず何かしらのストーリーがあります。いくら宣伝しても、真ん中に素晴らしい才能と、それが磨かれていくストーリーがないと世の中には届きません。
社長になって何をやりたいか…世界へ目線
──2014年に当時46歳の若さで社長に就任されました。当時の心境について教えてください。
今でこそスタートアップ企業などで40代の社長は珍しくありませんが、当時の音楽関連の企業の代表は60代、70代が一般的でした。そのころは会社の業績もあまり良い状態ではありませんでした。しかも外資系企業に居ながら、私は英語が特別できるわけでもありません。
社長就任は大きなプレッシャーでした。ある方に相談したところ「社長になることは目的ではない。社長になって何をやりたいのかが大切」と言われました。そこで私がやりたいことは何か、と考えたときに、日本のアーティストを世界に飛躍させることだと思いました。そのために何をすべきかを考え続けてきました。
──業績が上向き始めたきっかけは何だったのでしょうか?
私が社長に就任したのは、EMIミュージック・ジャパンと合併してまだ間もないころ。社内はまだまとまっているとは言えない状態でした。就任翌年の2015年、DREAMS COME TRUEのベスト盤を発売することになりました。社員に「力を合わせて100万人に届けよう」と呼びかけました。営業などの部門に限らず、社員ひとりひとりが目標に向かって取り組んだ結果、累計出荷100万枚を達成することができました。そのころから社内のムードは良くなってきました。
契約社員を正社員化 米国本社を押し切る
2018年には契約社員の正社員化を打ち出しました。当時、正社員は全体の3分の1で、約66%が契約社員でした。契約社員の場合は、成果が出れば報酬も大きくなりますが、何年か結果が出ないと契約も更新されません。
そのころから、音楽配信サービスが伸びていました。レコードやCDの時代は、新曲が出ると、発売日が売り上げのピークということがほとんどです。一方で、配信では、徐々に売り上げを伸ばすということが多く、1年前、2年前に出した曲が、何かのきっかけで聴かれ始めるということも珍しくありません。
ところが1年ごとの契約では、結果が出ないとアーティストの担当も代わることになります。そういうやり方ではいけないのではないか、と疑問を持ったのです。やはりじっくりとアーティストと向き合い、長期的な視点で取り組むことが必要なのではないか、と。
正社員化は、固定費が増えることになりますので、アメリカの本社は当然ながら難色を示します。だけど私は、「日本では正社員化した方が必ず業績を上げることができます」と何とか説得しました。
全社集会を開催したタイミングで、正社員化を発表したのですが、当時は、だれも正社員になれるとは思っていませんでした。その後にパーティーを開催したのですが、涙を流す人や、家族に電話して喜びを伝える人もいました。時間をかけてアーティストを発掘し、育てていくことができる環境が整い、その後、幸いにも業績は伸び続けています。
ただ、どんな職種でも正社員化すればうまくいく、という訳ではありません。私たちは、あくまでもアーティスト本位。音楽を巡る環境が激変する中で、アーティストにとって何が一番かと考えたとき、正社員化が必要だった、ということです。
16歳の大森元貴さんに注目、寄り添い続けた社員
──楽器が弾けなくても作曲でき、自分で世界に発信できる時代になっています。音楽会社の役割はどのように変わっていますか?
レコードやCDの時代は、レコードを売るレコード会社、アーティストのマネジメントをする芸能事務所、ライブを手配するプロモーターなど役割がそれぞれ決まっている、いわば分業制でした。現在はその境目が徐々に薄れています。アーティストにしてもかつてはメジャーデビューするためには、デモテープをレコード会社に送ったり、オーディションを受けたりすることから始めていました。今はレコード会社を通さず自ら配信することもできます。藤井風さんなどは、子供のころに岡山の実家でのピアノ演奏などを、YouTubeに投稿したことから始まっています。
技術革新には対応しなくてはいけません。むしろ一歩先を進まなくてはいけない。ただ、それはあくまでもツールにすぎません。今後もツールは変わるでしょう。だけど、「新しい才能を探して届ける」という本質は、「ポリドール蓄音機」や「日本グラモフォン」という社名だった蓄音機の時代から不変です。
Mrs. GREEN APPLEも、近年多くの人に楽曲を聴いていただいていますが、実は13年前、まだボーカルの大森元貴さんが16歳だったころから、一人の女性社員が「すごい才能の子がいる」と注目し、寄り添い続けてきました。世の中に届くまで、その才能を信じるスタッフがいたのです。どれほど優れた才能があっても、それを世の中に届けたいという人や届け方を考える人が必要なのです。
今は楽譜が読めなくても、プロでなくても、簡単にきれいな音楽を作り、世界に発信することができる時代です。その中で他の誰かと「差別化」されるものは何だろうか? 結局はそのアーティストの持っている才能であり、生き方であり、ストーリーだと思います。たとえばAIが生成した楽曲が一時的に注目を集めることはあっても、長く支持されることは難しいでしょう。人間は人間らしさに惹かれると、私は信じています。
──ユニバーサルミュージックは、音楽だけにとどまらず、アパレルや教育などの事業も行っていますね。
ユニバーサルミュージックは、単に音楽を届けるだけでなく、アーティストの価値を高める会社を目指しています。その中で、アパレル商品などもアーティストの表現の一つとしてとらえ、事業化しています。
教育については、また別の側面があります。今、若い世代の人たちは、洋楽、すなわち英語の歌詞の曲をあまり聴かなくなってきています。ビートルズやローリング・ストーンズなどの楽曲を題材にすることで、英語に親しんでもらいたい。そして洋楽をより身近に聴いてもらいたい。そしてさらには、音楽やエンタメ業界で働きたいと思うような若い世代が増えてほしい。そのように考えています。
プロフィール
藤倉 尚(ふじくら・なおし)
ユニバーサルミュージック合同会社社長兼最高経営責任者
1967年、東京都出身。日本大学卒業後、メルシャン株式会社を経て1992年、ポリドール株式会社(現・ユニバーサルミュージック)入社。徳永英明、AIなどのヒットを手がける。2008年執行役員、2012年副社長兼執行役員。14年1月から現職。
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