日本の書籍が海外で注目 中小出版社も狙う世界的ヒットと版権商談会
(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2025年12月16日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)
ラーメン、すし、ゲームにアニメ……。日本のソフトコンテンツはすっかり海外に浸透したが、ここに来て、「本」にも大きな注目が集まっている。取材を進めていると、どうやら日本語の本が海外で読まれ始め、「商機」が到来していることが分かった。
来場者が1年で倍増 「TOKYO RIGHTS MEETING」
2025年11月5、6日の2日間、東京ドームシティ(東京都文京区)で大イベントが開かれた。国内外の出版関係者が本の翻訳権を交渉する商談会「TOKYO RIGHTS MEETING(東京版権説明会)2025」だ。
ホールにはたくさんのブースが設置され、本がぎっしりと並ぶ。日本語だけでなく、英語、中国語も飛び交う。「今回は広いホールを借りたけど、それにしてもすごい人ですね」。商談会を主催した一般財団法人「出版文化産業振興財団」(JPIC)の松木修一専務理事は満足げに語った。
商談会はコロナ禍による20~22年の中止をはさみ、今回が6回目。JPICは23年から事務局として携わっている。日本95社、中国7社、フランス5社、ウクライナ1社の計108社が出展し、2日間の期間中、中国、韓国、台湾、タイ、インドネシア、米国、イタリアなど19の国・地域から計182社、約550人の出版関係者が来場した。24年は出展社が79社、来場社が92社だったので、それぞれ大幅に増えたことになる。今回は商談と並行し、海外の出版関係者らを交えたセミナーも初めて開催され、出版市場の開拓、漫画家や編集者の育成といった本にかかわる幅広いテーマについて、情報交換が行われた。
実用書やコミックなどを手がける二見書房(東京)のブースで「日本の文化の本はありますか」と質問をしていたのは、タイの出版社のジュリ・ソムサートさんだ。ソムサートさんは日本の哲学や文化に関する本を求めて来場したといい、茶道の本を手に取ると、「タイは空前の抹茶ブームで、日本まで買いに行く観光客もいる。茶道には『わび・さび』といった日本の心が込められていると聞き、とても興味深い」と笑みを浮かべた。
コストかからず 中小出版社に思わぬ「鉱脈」も
商談会で売り買いされるのは、「翻訳本を、海外の出版社がその国で出す権利」(版権)だ。東京での商談会は、日本の出版社が版権を海外の出版社に売るのが目的となる。
資金力と人材に余裕のある大手出版社であれば、海外展開に関する部署を作り、現地の出版事情に精通したエージェントと呼ばれる仲介人と交渉、版権を直接売ることもできる。しかし、海外の需要の見極めや調査には相応のコストがかかり、中小の出版社が自力で版権を売り込むことは難しい。
日本の出版社と海外の出版社が一堂に会する商談会は、こうしたコストがかからない。出展さえすれば、作品を海外に送り出せるチャンスがあり、中小の出版社が思わぬ「鉱脈」を掘り当てることもできるのだ。JPICの松木専務理事は「小規模な出版社も安心して自分たちのコンテンツを売り込むことができ、『夢』がある」と意義を語る。
日本国内以上に英国で売れた小説
世界に目を向けると、版権の商談会は各地で行われている。
有名なのは、ドイツのフランクフルトでの商談会だ。25年10月の商談会では4350社が出展(日本からも19社が出展)、来場者は23万8000人と、世界各国の出版関係者が集まる巨大イベントになっている。イタリア・ボローニャで開かれる児童書を対象にした商談会も知られている。
これまで、日本で商談会が活発ではなかった理由として、(1)国内で書籍の需要があり、出版社が特段海外に目を向ける必要がなかった (2)書籍の売り上げが下落し始めた時には、出版社のイベントを開催する体力がなくなっていた (3)様々な書籍関係の団体があり、商談会を開催するまとまりに欠いていた――ことなどが挙げられる。
だが、アニメやゲームなどのソフトコンテンツが海外で注目され始めると、書籍の海外への売り込みにも関心が高まった。大きなきっかけは2020年の世界的なコロナ禍だ。欧米でも家庭で読書をして過ごす人が増え、読書の良さが見直されたことも影響した。
英紙「ガーディアン」によると、英国では24年、翻訳書の売り上げ上位の40作のうち、日本文学が約4割を占めた。中でも柚木麻子さんの「BUTTER」は記録的なヒットとなり、新潮社の25年7月の発表によると、英国版は45万部を超え、日本国内(累計35万部超)以上のヒットとなった。
日本語の壁によって「未知」の存在だった
次々と日本の書籍の翻訳本を海外に売り出し、ヒットさせ続けている出版社の1つが、実用書や小説などを手がけるサンマーク出版(東京)だ。
同社の翻訳本のうち、大ヒットとなった3作品は、
▽「人生がときめく片づけの魔法」シリーズ(近藤麻理恵著)1340万部
▽「コーヒーが冷めないうちに」シリーズ(川口俊和著)700万部
▽「生き方」(稲盛和夫著)638万部
それぞれの売り上げ部数は日本語版の4~8倍になるという。
同社の国際ライツ部長・小林志乃さんによると、1990年代から海外向けに本を売り込んできたが、当初は「英語の原稿がないと読めない」と木を鼻でくくるような対応も受けたという。特に米国での「言葉の壁」は厚く、小林さんは「多様な海外の文化や価値観を受け入れる土壌ができあがっていなかった」と振り返る。
その「壁」が崩れたのは、コロナ禍の2020年頃。欧米では街に厳しいロックダウンが課されて人々が家で楽しめる娯楽を求め、「巣ごもり需要」ができた。急速に発展したSNSの影響もあり、欧米の人々が「未知」の日本の出版物に行き着いたとみられる。
同社は現地の出版社と直接契約を結ばず、各国のエージェントを通じて本の売り込みをかけている。2020年を契機に海外での販売実績が上がってくると、がぜん、エージェントから信頼を得られるようになった。小林さんは「今では『サンマークの出版物なら契約したい』と言ってもらっている」と語る。
海外に日本の作品が受け入れられる理由には、ストーリーや特徴的な登場人物もあるのではないかと、小林さんは分析する。「起承転結が必ずしも明確でないストーリーが多く、新鮮に映った面もあると思う。『男性優位の中で抑圧された女性像』が作品に反映されるケースが少なくない。長く『個』を尊重してきた欧米の人たちは、読書を通じて日本という異文化を目の当たりにして、ひるまない女性の姿に共感するのではないか」
翻訳版 電子書籍で自ら販売する書き手
「書き手」も行動を起こしている。作家・漫画家の小林エリカさんは2025年春、電子書籍出版社「アルバーロ・ブックス」を立ちあげた。自身が手がけたコミックの翻訳版などを、書籍サービス「Kindle(キンドル)」などを通じて海外向けに販売している。
戦時中に兵器製造を強いられた少女たちの体験を記した「女の子たち風船爆弾をつくる」などの著作で知られる小林さんが注目したのは、核や放射能をテーマにした作品だ。被爆国である日本には、長崎での被爆体験をもとに多くの小説を発表した林京子(1930~2017)の著作など、このテーマを扱った作品がたくさんある。小林さんは「これらの本があって、私たちの今がある。こうした本を、英語をはじめいろいろな言語で読んでもらい、もっと知ってほしいと思った」と語る。
その思いを実現した第1弾として、2025年にリリースしたのが、自身が手がけたコミック「光の子ども」(リトルモア刊、デザイン五十嵐哲夫)のシリーズの英訳版だ。2011年に生まれた主人公の「光」と猫の「エルヴィン」を通じ、目に見えない放射能の歴史をひもといていく物語を、米国在住の翻訳家ウィニフレッド・バードさんとカナダ在住のブレナン・ケリーさんで完成させた。
小林さんは海外の翻訳家やイラストレーターらと話す中で、欧米などでは今、「核」が切実な問題として捉えられていると感じている。ロシアのウクライナ侵略や、米国によるイランの核施設への攻撃などが背景にある。小林さんは「広島・長崎の原爆投下だけでなく、東京電力福島第一原発事故を経て来た場所に住む者として、核の歴史を少しでも伝えられたら」と語る。
「アルバーロ・ブックス」の取り組みはまだ始まったばかり。小林さんは「ゆくゆくは核や原爆に関する漫画やアートも紹介できれば。『これはぜひ読んでほしい』という本を広めていきたい」と語る。現在は電子書籍のみだが、小林さんは「各国で志がある出版社が見つかれば、『紙の本』として出してもらいたいという夢がある」と話す。
肝心の翻訳者が足りない…… 育成の必要性
11月のTOKYO RIGHTS MEETINGを無事に終え、JPICの松木専務理事は「日本の文化に非常に高いニーズがあることを改めて確認できた」と振り返った。今後は商談会の規模拡大も視野に入れているという。
こうした流れの中で注目を集めているのが「翻訳者」だ。
海外の読者が手に取る翻訳本は、翻訳者によって現地語に訳される。訳す際は、その本が書かれた背景や、海外で使われる言葉の意味の両方に精通していなければならない。どう訳すかで作品の出来不出来が決まるといっても過言ではない。
AIでは代替できない、まさに人の手が必要な分野だが、現状は、翻訳者の絶対数が少ないと関係者は口をそろえる。松木専務理事は「腕のいい翻訳者は『取り合い』になる。国や業界は連携して翻訳者の育成に取り組まなければならない」と語る。商談会に参加した二見書房の吉田芳史(よしちか)・取締役営業戦略本部長も「自社の本をどんどん海外に紹介したいが、その前に翻訳者の人数が少ない。本の面白さを知ってもらうには、特に英語に堪能な翻訳者が不可欠だ」と話した。
小林エリカさんは、自身も英語の本を日本語に翻訳することがある。「『この人の作品を訳したい』という翻訳者の情熱によって、いい本に出会える。これまで私も翻訳者たちに支えられてきたし、その人たちをたたえたい。いろんな言語で書かれたいろんな作家の本を読みたいし、日本語で書く作家も、いろんな人がいて、もっと広く知ってもらいたい。日本語の本もいろんな言語で読むことができるようになれば、これほど素晴らしいことはない」と翻訳者の大切さを語る。
日本の書籍を海外へ。その商機をつかむため、関係者の奮闘が続いている。
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