北海道大学発のスタートアップ エッジAIによる映像解析で社会課題を解決
(※本記事は日本政策金融公庫が発行する広報誌「日本公庫つなぐ」の第36号<2025年12月発行>で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)
北海道大学発のスタートアップ・AWL株式会社(アウル)は、独自のエッジAIカメラによる映像解析で、リアル空間全体の課題解決や価値向上に取り組んでいる。約20カ国の多国籍メンバーが在籍しており、「大学発ベンチャー表彰2024」では、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)理事長賞を受賞した。全国で人口減少が進む中、特に北海道は深刻な少子高齢化や過疎化に直面している。アウルの北出宗治社長は北海道大学調和系工学研究室の川村秀憲教授の支援を受け、AIを活用して、より良い社会づくりを目指している。
アウルの創業は2016年 サツドラの社長が川村教授を紹介
アウルの札幌本社は札幌駅から徒歩十数分の、ドラッグストアチェーン、サツドラホールディングス(サツドラ)本社の2階にある。
北出氏は、大学在学中からインターネットビジネスを始め、米国でコンサルティング会社やレコード会社に勤務。帰国後に英会話学校の上場に貢献した他、株式会社ライブドアにて多数の事業の立ち上げに関わった。2006年に独立し、大手企業を中心としたコンサルティングの仕事を経験した後、川村教授との出会いがきっかけとなり、2016年にアウルを創業した。
「AWL」はAI(人工知能)とOWL(フクロウ)を足した造語だ。フクロウは北出氏の出身地・北海道に住むアイヌの守り神で、フクロウのように人間を見守り、人間がより豊かに暮らせるようなパートナーとして、そばにいるためのAIを提供するとの思いが込められている。
川村教授を紹介してくれたのが、「サツドラ」の富山浩樹社長だ。当時、北出氏はコンサルティングをしている会社から「AIを使った業務改善を提案してほしい」と依頼を受け、富山社長に相談したところ「いい人がいる。この人に会うべきだ」と言われ、川村教授と出会うことができた。
北出氏は川村教授から「AIがリアルな空間に実装され、IT空間とリアル空間が融合していく未来」の話を聞いた。当時はAIに関する知識がほとんどなかったが、これがきっかけで、AI事業に取り組む決意を固めた。
最初の仕事はカタログの文字校正で、これまでは職人が校正していたが、AIによる自動校正ができないかという相談だった。これがうまくいったら会社をつくろうと考えており、実際に成功したことから創業にこぎ着けた。
アウルが飛躍したきっかけは「サツドラ」と業務提携したことだ。リテール向けのAIカメラソリューションを開発するため、「サツドラ」の店舗で実証実験をできたことが大きい。
アウルは現場を持っているわけではなくデータもないため、この実験で大量にデータを得ることによって、エッジAIを活用したプロダクト「AWL BOX(アウルボックス)」を開発することができた。
エッジAIは端末側でAI処理を行う技術だ。クラウド上でAI処理するクラウドAIに比べて、消費電力などのコストが非常に安く済む。また、クラウドにデータを飛ばさないことから、リアルタイム性に強みがあり、さらに個人を特定できる情報をクラウド上にアップロードせず、必要な情報のみをテキスト化する設計のため、個人情報の流出を防ぐことができる。
留学生が土台つくる ノウハウの蓄積と海外拠点の充実へ
創業に当たって鍵を握るのが人材の確保だ。川村教授との関係で、北海道大学調和系工学研究室の留学生が入社してくれたことで順調なスタートを切ることができた。
国費で留学してくるような優秀な人材が他の研究室にもいて、アウルには多くの応募があった。日本語が必須でないことが留学生のコミュニティーで広まり、全国からもAIエンジニアとしての人材が集まるようになった。
創業時に無名のスタートアップが高給のAIエンジニアを雇うことは難しかったことから、外国人の留学生は貴重な戦力となった。初期メンバーが土台をつくり、その後は2〜3年ほどで入れ替わっているが、ノウハウは蓄積され続けている。
2018年にベトナムのハノイに100%子会社となる研究開発拠点を設立。2020年にはインド工科大学ボンベイ校と共同研究を開始し、2022年にインド・バンガロールに現地法人を設立するなど海外の拠点も充実してきた。
社員約75人のうち、外国人が6割を占め、エンジニアは9割が外国人だという。
汎用 的な防犯カメラをAI化 属性に合わせた広告を配信
「アウルボックス」は、汎用的な防犯カメラをAI化するものだ。店舗内の既設の防犯カメラに接続することで、カメラの映像をリモートで管理できるとともに、店舗オペレーションで必要となる多様な作業をAIで手軽に利用できる。
さらにデジタルサイネージをAI化するプロダクトとして「AWL Lite(アウルライト)」も作った。来店客がデジタルサイネージの前に立つと、瞬時に取得した映像をエッジAIが解析し、年齢や性別などの属性に合わせた広告を配信できる。
「アウルライト」との組み合わせにより、「アウルボックス」は来店客の属性や店舗内行動の分析が可能になったが、「サツドラ」で特に効果を上げたのが万引防止だ。
「サツドラ」が2024年に数カ月にわたって実証実験をした結果、被害額は前年同期比で81%減ったという。毎年、数百万円規模の万引被害に悩まされていただけに効果は絶大だ。
この仕組みは、過去に店頭で万引が疑われる不審な行動をした人の画像をシステムに登録しておき、再来店時にAIが顔を識別して警告するというものだ。
いったん手に取った商品を棚に戻した行為を万引と間違える場合もあるため、AIだけで即断せずにスタッフが目視でも確認するダブルチェックもしている。
駅、工場、病院・介護施設、街中にも展開 すし店やスタジアムにも導入
今後の展開について北出氏は「店舗がメインターゲットですが、テーマパークやスタジアムなど大規模施設にも入れつつあります。今後は駅、工場、病院・介護施設、街の中にも広げていきたい」と話す。
例えば、回転ずし「スシロー」では、全店舗に顔認証サービスを提供している。従業員を瞬時に判別することによって、通用口の入退店時刻など勤務実態を正確に把握できるようになった。
サッカー・Jリーグのヴィッセル神戸のスタジアムでは、エッジAIを活用し、カメラ映像から安全管理に必要な異常を検知する実証実験を行っている。通信負荷を抑えながら、スタジアム運営の効率化と来場者の安心・安全を支える取組みである。
今後は「アウルが持つ技術の特徴やポテンシャルを理解してもらうことが重要です」と北出氏。2030年には世界のIoTデバイス数が約312億台に達すると予測されている。このうち、AIを組み込んだデバイスは急速に増加し、カメラやセンサーなどを含むAI対応機器が市場の主要部分を占める見込みで、いかにしてシェアを取っていくかが課題だ。将来的には上場も視野に入れている。
国・自治体主導のマッチングやスモールスタートを推奨
大学発スタートアップを加速させていくには「国や自治体の主導で、経営人材がいてもネタがない会社と、ネタがあっても経営人材がいない会社とのマッチングの機会を増やしていくこと」(北出氏)だと言う。
創業を目指す人に対して北出氏は「自分がリスクを取れる範囲で踏み出すスモールスタートを推奨したい。うまくいけばアクセルを踏み、うまくいかなかったら、辞めて別の道へ行ってもいいのではないか」と話す。
また、北出氏は未来の話として、AIカメラとロボットが直接やりとりできるようになると予測する。その場合、重要なのがいかにして人間とAIが共存していくかで、北海道大学の川村教授の研究室ではAIの基礎理論のみならず社会実装についても研究し、ケーススタディーを行っている。
川村教授は、こうしたAIの方向性についてアドバイスしている他、資金やエンジニア集めなど経営上の相談にも乗っている。
北海道大学発認定スタートアップは、2025年10月現在87社あり、川村教授はアウルの他にも十数社の社外取締役や顧問などを務めている。そのため、経営や組織づくりにも幅広い知見を持っている。
より良い社会を目指して大学にインセンティブの仕組み作りを
大学発スタートアップの課題について川村教授は「大学教員は研究教育が評価の軸のため、スタートアップに関わっても評価されにくい。これまでは共同研究をやっても給与などのインセンティブには反映されにくかった。今後はいかにしてインセンティブの仕組みを作るかです」と指摘する。
博士号を取っても大学には残らずに民間企業へ行く学生が増えており「大学に優秀な人材がいなくなるのではないか」と心配している。
今後のアウルに対して川村教授は、以下のような期待を語ってくれた。
「社会を支えるAI技術を世界規模で展開していくということをぜひ実現してもらいたい。後に続く学生のためにも、大学でやっている研究が世界を変えて、より良い社会にしていくことができるということを実証してほしい」
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