福井県坂井市 生活に溶け込む観光まちづくりを推進

福井県坂井市の三国エリアでは、まちの資産を活⽤して誘客向上をめざす「三国グランドビジョン」が推進されている。そのようななかで、2024年1月に誕生したのが分散・滞在型宿泊施設「オーベルジュほまち 三國湊」。三国グランドビジョンを策定した坂井市、プロモーションを担当するDMOさかい観光局、そして観光客を迎え入れるオーベルジュほまち 三國湊、それぞれの地域活性化に向けた思いを聞いた。

地域住民の協力のもと
歴史あるまち並みを保全

福井県坂井市は世界的に知られた名勝地である東尋坊を有し、県内最多の年間440万人の観光客が来訪する地域だ。更なる地域活性のために、坂井市では「坂井市観光ビジョン戦略基本計画」を策定しており、2021年には、数年後に北陸新幹線の延伸開業や⼤阪・関⻄万博開催などが控えていることから、東尋坊を核とする三国湊エリアの周遊観光を促進すべく「三国グランドビジョン」を定めた。

年間440万人の観光客が来訪する坂井市

三国湊エリアは九頭竜川の河口に位置し、千年以上前の文献に地名が記載されているほど歴史のある地域だ。江戸時代から北前船の寄港地として栄え、ここでしか見られない切妻造妻入主体部分の前方に平入の表屋をつけた建築様式である「かぐら建て」と呼ばれる江戸末期の建物も残っている。坂井市産業政策部観光交流課課長の谷根康弘氏によれば、「一時は建て替えが進んだものの、平成初期にまち並みを保存していくための政策がつくられ、地域の方の協力によって古くからのまちが守られてきた」という。

谷根 康弘(坂井市 産業政策部観光交流課 課長)

江戸の風情が感じられる「かぐら建て」の建物

「福井県には第二次大戦時の空襲や大きな震災に遭ったエリアもありますが、三国湊エリアはそうした影響を免れたことも、古いまち並みが残っている理由のひとつです。北前船の寄港地だったため往来が盛んで、域外からの来訪者を温かく迎える気質が根付いています。まち並みを残す取組においても地域の方々が非常に協力的でした」

左/西洋建築の旧森田銀行本店 右/江戸時代は北前船の寄港地として繁栄

来訪者を迎え入れるために欠かせない要素の一つが、宿泊滞在施設だ。三国湊にはもともと古い旅館が何軒かあったが、徐々に減っていき、近年では収容力の低さから、東尋坊にやって来た観光客が長時間滞在せずに、ほかのエリアへと行ってしまうことが課題になっていた。そこで、2013年に始まったのが「三國湊町家プロジェクト」で、行政と地元のまちづくり団体が協力して町家を含む古い建物をリノベーションして店や宿泊施設に改装する取組を進めてきた。

「第1弾として、東洋文化研究家のアレックス・カー氏に監修を依頼し、町家を改修したゲストハウスを2015年12月に開業しました。その後、民間の方が同じように古民家を改修してゲストハウスや店にする取組が相次ぎました。三国湊エリアには何軒も空き家があったのですが、以前から北陸三大祭りの一つである三国祭の山車を見るために、空き家の持ち主が町家に戻ってくる習慣があったんです。そのおかげで、絶えず風通しをするなどして家屋が良好な状態に保たれ、これがリノベーションのしやすさにつながりました」(谷根氏)

左/地域に点在する宿泊棟の1つ 右/宿泊棟の内観。部屋ごとに異なる風情を楽しめる

往時の姿をいまに伝える
観光資産にスポット

三國湊町家プロジェクトを通して活性化が図られるなかで、新たな施設が誕生した。レストランと9棟16室の客室で構成された「オーベルジュほまち 三國湊」だ。今年7月には、日本全国のホテル・旅館を対象に、個性あふれる魅力的な宿泊施設を評価するミシュランガイドのミシュランキーホテルのセレクションでセレクテッドとして選ばれた。

そんなオーベルジュほまち 三國湊を含めた広域周遊を見据えたプロモーションを担当しているのが、DMOさかい観光局だ。坂井市内の持続可能な観光地域づくりを実現するとともに、経済の発展、自然環境との共生並びに市民の生活と文化の向上など、地域の活性化に寄与するため、2020年3月に坂井市観光連盟、坂井市三国観光協会、坂井市丸岡観光協会を統合して発足した観光地域づくり法人である。

事務局長の八杉茂樹氏によれば「広域周遊を見据えた着地型旅行商品の造成、観光人材の育成、地域の行事催事への支援、教育旅行の誘致、高付加価値旅行商品の造成、インバウンド受入体制の整備など」が主な事業。特に三国湊エリアは人口減少や空き家の増加といった全国各地に見られるような社会課題が顕在化しており、それらを解決していくためにも、過去からつないできた観光資源をさらに磨き上げる取組を推進している。

八杉 茂樹(DMOさかい観光局 事務局長)

「三国湊は、『続日本紀』に高麗への使節団が到着した地として記載され、室町時代末期に編纂された『廻船式目』では日本の三津七湊の一つに位置づけられるなど、海運業で隆盛を極めた地域です。江戸時代には大坂と北海道間の物資輸送で差益を得る北前船交易の寄港地としてにぎわい、往時の繁栄ぶりは西洋建築の旧森田銀行本店や三国港突堤などの建造物からも窺い知ることができます。ただ、1911年に旧国鉄が三国線を敷設したことで陸送が輸送手段の中心となり、まちの様態や産業構造が大きく変わりました。まちそのものの活力が失われていく中で、往時の姿をいまに残す三国湊の歴史文化にスポットを当て、それを磨き上げることによって活力を創出していこうと活動をしています」

古民家をリノベーションしたオーベルジュほまち 三國湊は、「かぐら建て」をはじめとした日本の伝統的な建築がモチーフで、まちの風情や風土が感じられる施設として注目を集めている。DMOさかい観光局はオーベルジュほまち 三國湊と情報共有しながら準備を進め、開業後は観光客を誘客するためのプロモーション活動に力を注いできた。9棟ある宿泊棟は三国のまちに分散して配置されており、来訪者は各施設に滞在しながらも、まち全体に出迎えられているようなアットホームな宿泊体験ができる。

また、食文化も三国湊エリアの大きな魅力であることから、レストラン棟の「タテルヨシノ 三國湊」では四季折々の地元の食材をふんだんに使った料理を提供し、リピーターを飽きさせない工夫をしているという。三国湊の食文化の自慢は三国港で獲れた越前がにで、「現在も天皇皇后を含む宮家へ献上されている逸品です。11月6日から翌年3月20日までが漁期なので、ぜひその機会に味わっていただきたい」と、八杉氏は笑顔を見せる。

左/レストラン棟「タテルヨシノ 三國湊」 右/レストランのみの利用も可能

地域の目印である
NTT通信局舎を活用

9棟16室の宿泊棟、タテルヨシノ三國湊が入るレストラン棟、レセプションを置くフロント棟からなるオーベルジュほまち 三國湊。宿泊棟は町家をリノベーションしており、柱や軒についている釘や傷など昔の暮らしの息遣いを残しながらも快適に過ごしやすいように仕上げた。インテリアは三国祭や湯屋、武道、花街などをモチーフに、それぞれ異なる世界観を表現し、土地の歴史と文化に想いを馳せることのできる空間に仕上げている。

フロント棟は地域のシンボルでもあったNTTの通信局舎を活用し、新たな観光拠点としての魅力を存分に発揮している。さらに、経験豊富な地元ガイドによる「まち歩き体験ツアー」などのアクティビティを用意しているのも、地域の魅力を存分に味わってもらいたいとの思いからだ。

グランドオープンから約半年が過ぎ、総支配人の関田清志氏は「まちの見どころを紹介する機会も多く、地域の方から『オーベルジュほまちに紹介されたという方がきたよ』との声をいただくなど、お客様に三国湊のまち歩きやお店巡りを楽しんでいただけていることを実感」しているという。

関田 清志(オーベルジュほまち 三國湊 総支配人)

地域との連携は当初からの命題であり必然でもあった。オーベルジュほまち 三國湊の事業主はActibaseふくい(アクティベースふくい)。観光サービスとまちなみの整備を通じて「古き良き三国湊」の価値を高め、その魅力を国内外に発信することで観光客誘致とエリア内消費の促進を図るために、福井内外の事業者等11社が出資して、2022年10月に設立した企業だ。全国で24のホテルを手掛けるコアグローバルマネジメントはアクティベースふくいの委託を受けて、オーベルジュほまち 三國湊を運営している。

施設名に冠した「ほまち」は、北前船を出港するために良い風が来るのを待ってその時間を生かして商売をしたという「帆待ち」と、そこから転じて子どもたちへのお小遣いのことを「帆待ち」と呼んだことにちなんだ。ほまちで良い時間を過ごすことが、宿泊客ご自身へのご褒美になればという思いが込められている。

左/フロント棟ではウェルカムドリンクをふるまう 右/エントランスの装飾は九頭竜川をイメージ

古き良き三国湊の魅力を
いかにして未来へつなぐか

北前船の寄港地として栄えた三国湊エリア。その古き良き独特の文化や、伝統あるまち並みを生かしながらも、現代の観光客が求める快適性や利便性を備えた宿泊滞在施設を整備することで、更なる観光需要の創出をめざしている。

オーベルジュほまち 三國湊の施設内に飾られている、いくつもの引き札は実際に江戸時代から大正、昭和にかけて配られていたチラシで、地元のコレクターから借り受けた。総支配人の関田氏は「三国湊が以前のような繁栄を失いつつあるなかで地域を活性する起爆剤としての期待をひしひしと感じていますし、私どもとしても地域のみなさまと共に三国湊を元気づけていきたい」と語る。

三国地区には温泉もあり、海岸エリア特有の海を活用した体験アクティビティも豊富。DMOさかい観光局の八杉氏は「温泉とアクティビティと食事を楽しみながら、心身ともにリフレッシュできるウエルネスの聖地」をめざしたい考えだ。

一方、坂井市の谷根氏は、かつて三国湊のエリアに住んでいたことがあり、一時は古い町屋がなくなりかけていったところへ、住民との協力でまち並みが保たれていく様子を目の当たりにし、住んでいる人の気持ちを汲みながらまちづくりをしていくことの大切さを実感したのだという。

谷根氏は「三国湊エリアの特徴は、そこに住まわれている方、働いている方の息遣いが聞こえるまちだと思っています。インバウンドの方々が増えていった時にも、まちの人たちと当たり前のように触れ合えるような、生活に溶け込むような観光まちづくりというのを心がけていきたい」と締めくくった。