コロナ陽性患者の救急搬送を5割削減 持続可能な緊急医療体制の構築

高齢化社会の進展と現役世代の急減による「2040年問題」を間近に控え、地域では持続可能な医療・福祉体制をどう実現していくかが課題だ。そうした中で昨年、旭川市はファストドクター等と連携して、コロナ陽性患者への新たな救急体制を構築、不必要な救急搬送の減少を実現した。

今津 寛介 旭川市 市長(右)
菊池 亮 ファストドクター 代表取締役、医師(左)

── 救急隊との医療連携の取り組みを始めた背景についてお聞かせください。

旭川市 今津 寛介市長 2021年9月の市長就任以降、市民の命と健康を守ることを第一に、様々なコロナ関連事業を行ってきました。繁華街での感染予防の啓発、飲食店関係者の無料PCR検査などのほか、市内5つの基幹病院が連携し、コロナ陽性患者の外来や救急搬送の受け入れを輪番制で実施してきました。ところが2022年1月、オミクロン株の流行による第6波に突入し、状況は一気に深刻化します。受診先が少ない平日夜間や休日に救急要請が殺到し、救急出動回数が過去最大を記録するなど、市内の医療体制が逼迫してきたのです。保健所ではコールセンターを設置して、市民からの電話相談に24時間対応してきましたが、特に夜間の緊急電話では、保健所職員が帰宅後も持ち帰った携帯電話から対応せざるを得ず、職員の疲労は限界に達していきました。

このような状況を改善するために委託先を探し、2022年9月からコロナ対策のノウハウを持つ民間企業のコンソーシアムによる総合委託事業を開始しました。このコンソーシアムの中で、コロナ陽性患者の救急相談支援業務(相談・オンライン診療・受診入院調整)を担当したのがファストドクターでした。

── 本取り組みの概要と成果を教えていただけますか。

今津 まず、コールセンターへの相談の場合、症状に応じて健康相談/翌日の受診相談/オンライン診療にわけられます。オンライン診療の場合は、ファストドクターの医師による緊急度判定のもと、連携薬局から薬を宅配、受診が必要な方は輪番病院の調整と、通院手段がない場合に移送タクシーの手配を行います。

119番通報の場合、心肺停止状態など即時の対応が必要であれば救急車が出動し救急隊のみで対応します。そうでない場合は、救急車の出動とオンライン診療を同時に走らせ、救急車到着までにオンライン診療で診察と緊急度判定を行います。そのうえで、翌日の処方薬宅配または輪番病院への搬送に振り分けます。通報内容によっては、救急車の出動なしで、オンライン診療のみを依頼することもあります。

2022年11月から今年3月までの期間、コロナ陽性患者からの119番通報に対し、消防からファストドクターへの依頼件数は154件で、そのうち医師によるオンライン診療で救急受診の必要性がないことが判断でき、不搬送となった件数とオンライン診療のみ依頼した件数を合わせると約5割になります。平日夜間や休日の相談・診療を代行して頂いたことで、地域医療体制と保健所業務の逼迫を回避すると同時に、市民の皆様に安全で安心な医療体制を提供することができました。救急隊との連携について、当初はコロナ陽性患者の受診調整を中心とした連携を考えていましたが、実際の現場では救急隊がオンライン診療ではできない呼吸音の聴診やバイタルサインの測定結果を医師に報告するなど、救急隊が実施できる範囲で医師の診察を補助したことも効果を高めたと考えています。

ITに不慣れな人でも利用は簡単

── ファストドクターは「生活者の不安と、医療者の負担をなくす」をミッションに掲げ、2025 年までに「不要な救急車利用を3割減らす」を目指しています。

ファストドクター 菊池 亮代表 我々は夜間や休日に、救急車以外の「選択肢」を提供するために患者さんと医療機関をつなぐ医療プラットフォームを構築・普及に務めてきましたが、民間の力だけでは認知形成に大きな苦労がありました。救急車を呼ぶ患者の多くは高齢者のため、新しい医療サービスを認知してもらうこと自体が困難ですし、救急車を超える第一想起を形成するということも極めて大きなチャレンジでした。

今回の医療連携では救急隊と連携することによって、中高年を中心に、救急車の代わりにファストドクターをご利用頂けたことは我々にとって大きな一歩となりました。今回の取り組みは平時の医療にも活用できるため、今後は官民連携を促進していきたいと考えています。

── 救急隊と連携するにあたり、どのような点に配慮されましたか。

菊池 ユニバーサル性と安全性の担保です。通常のオンライン診療では、事前にスマートフォンに専用アプリをダウンロードし、個人情報などを登録することが求められます。このような手間が掛かってしまうと、一刻一秒を争う緊急性が高い救急医療の現場には馴染みません。ファストドクターの場合は診察を申し込むと、患者のスマートフォンにショートメールが届き、記載のリンクをタップするだけでビデオ通話が立ち上がり、即座に診察が受けられるデザインです。スマートフォンをお持ちでない人へは電話診療でも対応します。安全性に関しては、医師の診療内容をAIが監視する仕組みを開発し、バイタルサインや診察所見に異常値のある場合はアラートが発せられ、別の医師や看護師がダブルチェックを行い、診療内容に問題がないかを監視できる仕組みを構築しました。

旭川市モデルを全国へ

── 今回の取り組みを活かした、今後の構想についてお聞かせください。

今津 旭川市の構想として描いているのが「健幸福祉都市」です。基幹病院での医療データを活用した最先端の取り組み、かかりつけ医や歯科医師、薬剤師と連携した取り組み、地域でのサークル活動などの健康づくりを三位一体で推進することで健康寿命を延伸していくというものです。2023年度は、デジタル技術を使って市民の健康づくりを支援する「スマートウエルネスあさひかわプラン」を推進します。歩数や体重、血圧など日々の健康データをスマホアプリで管理し、歩数に応じて獲得したポイントを買い物に使えるなどのサービスを検討しています。

旭川市は高齢化率が34.7%と高い水準にありますが、5つの基幹病院を始め医療施設と福祉施設が充実した旭川だからこそ、誰もが健康で充実した人生を送ることができるのだと捉えています。今回の取り組みを活かしながら、市民の皆様に「旭川に住めば、様々な取り組みを通じていきいきと暮らしていける」と思って頂けるような町にしていくことが目標です。

菊池 コロナ禍で様々な自治体の取り組みを見てきましたが、共通しているのはかかりつけ機能を強化していく必要があるということです。結果として、救急隊や病院に多大な負担が掛かり、各地で医療崩壊が起こってしまいました。このような事態は今後も起こり得ます。当社はかかりつけ医の皆さんと連携しながら、課題解決の一端を担いたいと考えています。

ファストドクターは「生活者向けの救急サービス」と見られがちですが、見据えるのは都道府県が策定する「5疾病6事業および在宅医療」の医療計画を多面的に支援し、様々なステークホルダーの皆さまが利用できる医療インフラを構築することです。地域の医療ニーズに対応したソリューションを提供することを目指しています。

今回の「旭川市モデル」では、市との連携により不要不急の救急車の削減という大きな目標達成に貢献できたと考えています。今後はこのモデルを全国に広げることでも、持続可能な地域医療のあり方を追求して参ります。