『稼ぐ地方 日本のさまざまな地域で「新しい価値」を生み出す人たち』

人口減少、産業の空洞化、担い手不足。地方を語る言葉として、これらはすでに聞き慣れたものになった。だが本書を読むと、そうした定型的な語りとは異なる風景が立ち上がってくる。テクノロジーの進化を追い風に、現場では、新しい稼ぎ方や関係のつくり方が静かに動き始めている。本書が描き出すのは、課題の列挙ではなく、地方が経済活動の主体として再び輪郭を取り戻しつつある現在進行形の姿である。

本書の出発点には、地方創生を理念やスローガンで終わらせないという明確な問題意識がある。各種データをもとに、地方の中小企業が直面してきた課題を整理したうえで、人口減少を前提条件としてどう受けとめるかを考える。そのうえで、地方が「稼ぐ」ために何ができるのかを、実例を通して掘り下げていく。

象徴的なのが、プロローグで紹介される地域通貨の事例である。長野県白馬村や小谷村で始まった「アルプスPay」は、単なるキャッシュレス決済の手段ではない。海外観光客の増加と物価上昇によって、地元住民が利用しづらくなっていた飲食店の価格問題に対し、「地元割引」という発想で応えた。観光客には正規価格、地域通貨利用者にはポイント還元を行うことで、2つの価格帯が両立。地元を守りながら収益を確保する実践例だ。

同じ地域通貨でも、千葉県木更津市の「アクアコイン」は狙いが異なる。歩くことでポイントが付与され、住民の健康増進を促し、結果として医療費の抑制につなげようとする試みだ。著者が強調するのは、テクノロジーそのものではなく、地域固有の課題にどう組み込むかという設計の違いである。

第1章と第2章では、地方創生の現在地と、中小企業が抱えてきた課題が整理される。そのうえで第3章以降では、地域の魅力を起点に、課題解決と事業性を両立させている企業や起業家、金融機関の事例が紹介されていく。

とくに示唆的なのは、「つながり」を価値の源泉として捉える視点である。地方企業が単独で成長を目指すのではなく、地域内外の関係を編み直すことで、新たな市場や役割を獲得していく。その先に、地域で育った価値が、全国や世界へと広がっていく可能性も見えてくる。

本書は単に理想としての「稼ぐ地方」を描いているわけではない。地域の事情に根ざした課題設定と、それに応答するテクノロジーの使い方を1つずつ積み重ねていくこと。その蓄積によって、静かな変化が現実の動きとして、すでに各地で姿を現し始めている。地方が再び経済の担い手として語られる理由を、読者は具体的な事例を通して理解することになるだろう。地方企業の経営者はもちろん、自治体や金融機関など、地域に関わる人にとって、次の一歩を考えるための足場となる一冊である。

 

『稼ぐ地方 日本のさまざまな
地域で「新しい価値」を生み出す人たち』

  1. 近藤 繁 著
  2. 本体1,600円+税
  3. クロスメディア・パブリッシング
  4. 2025年12月

 

今月の注目の3冊

戦略、組織、そしてシステム

  1. 横山 禎徳 著
  2. 東洋経済新報社
  3. 本体2,800円+税

 

マッキンゼー・アンド・カンパニー東京支社長を務め、日本を代表する経営コンサルタントとして、晩年には東大EMP(エグゼクティブ・マネジメント・プログラム)の企画推進責任者も務め、大学教育や企業の社外取締役など多方面で活躍した横山禎徳氏。逝去から間もなく2年、その遺稿を単行本としてまとめたのが本書である。

生前の講義録画などを書き起こした原稿をもとに、話の重複や展開はなるべく変えないこと、話し言葉を少しだけ書き言葉に寄せていくこと、補足・追加説明が必要な部分には注をつけ話の展開を極力遮らないこと。この3点を編集方針として編まれたという。その結果、横山氏が戦略・組織・システムに向き合ってきた歩みと、社会システム・デザインという方法論に至る思考の筋道が立体的に浮かび上がる。組織のあり方を考え直したい読者に、ぜひ手に取ってほしい。

 

税の日本史

  1. 諸富 徹 著
  2. 祥伝社
  3. 本体1,000円+税

 

 

減税を求める声がかつてなく高まり、税のあり方そのものに、私たちが否応なく向き合わざるを得ない状況に置かれている。

本書は、古代から現代まで、日本の歴史を税という側面から描き出す試みだ。単に年表を追うのではなく、社会・経済・政治の文脈に置き、幅広い視点で俯瞰する。

国家が生き残るには、経済成長の果実を税収という形で取り込む必要がある。産業界が生み出す富に課税できるかどうかは、国家の盛衰を左右する。

加えて、民主主義と税制を通じた所得配分の重要性も見逃せない。格差を放置すれば国家の基盤が揺らぐ。再分配機能を働かせるには、民主主義の力が欠かせない。

財政学の第一人者として、政府税制調査会特別委員などを務めた著者の経験に支えられ、制度論と歴史叙述が噛み合う。平易な文体ながら読み応えもあり、未来の税制を考える手がかりを与えてくれる。

 

リレーとしての建築

  1. 宮部 浩幸 著
  2. 学芸出版社
  3. 本体2,400円+税

 

 

オリジナルの保全か、改変を強調する刷新か。その枠組みでリノベーションを捉えるのではなく、建築を過去から未来へと受け渡す「リレー」として捉え直す。その考え方を、具体的な実践と言葉の両面から示しているのが本書だ。

例えば東京の兜町第5平和ビル。一見しただけでは分からないほど控えめな更新によって、建築に刻まれた時間の厚みそのものが浮かび上がる。一方、蔦の家や下北沢のプロジェクトに貫かれているのは、古さや前用途、再開発による時間の断絶を消し去るのではなく、それらを引き受けながら次の使われ方へとつないでいく姿勢だ。

本書は、そうした判断や設計を個人の感覚ではなく、文脈の読み取り方や企画との関係として整理し、共有可能な方法として提示する。建築を残すとは、更新するとはどういうことか。著者の経験に根ざし、建築行為そのものを問い直す実践と思想の書だ。