山陰に新たな活力を 地域企業の「共創」と「人材育成」先進事例

課題が山積する地域において新ビジネスを生み、持続させるには何が必要か。官民共創による地域での新事業創出に成果を挙げ、人材育成にも積極的に取り組む山陰酸素グループをモデルに、地域活性化のポイントを検証する。

事業構想大学院大学 事業構想研究所は8月5日、地域課題解決と自社成長の両立を志す地域企業や、今後地域でのビジネスを展望する企業を対象にオンラインセミナー「新事業の勝機は地域にあり ~牽引する人を育て、イノベーションを創出~」を開催した。山陰酸素グループの並河元会長(ローカルエナジー取締役)を招き、同社の取り組み事例を交えつつ、地域発の新事業創出や地域を牽引する人材育成のポイントを議論した。

並河 元(山陰酸素グループ会長、ローカルエナジー取締役)

課題先進地から新ビジネスを

セミナー前半では、並河氏が山陰の未来創造に向けた他社との共創や社内風土改革について紹介した。

山陰酸素グループは、鳥取県や島根県を基盤に、地域の産業と生活を支える様々なインフラサービスを展開している。エネルギー事業ではガス及びガス関連器材の製造・販売を行い、自動車事業では自動車販売やメンテナンスサービスを展開、食品事業では業務用食材の販売を中心にカニなどの山陰の特色を生かしたオリジナル商品の開発・販売を行う。

グループ全体の売上高は700億円を超える(コロナ禍以前)が、並河会長は「バリューチェーンで捉えると、消費者に近い中流(物流・流通)や下流(小売・サービス)に事業ボリュームが集中しており、人口動態や人流動向に相関しやすい事業構成をしています。これは地域の企業が共通で抱える課題と捉えています」と話す。

「バリューチェーンの最上流に資する事業がなく新規事業開発が十分ではない」、「食品などメーカー事業のポテンシャルはあるが実行するノウハウが足りない」、「従来型のビジネスモデルでは成長に限界がある」という3つの課題に対処するために、山陰酸素グループでは、発想力を持った人材の確保・育成と、地域で成立するバリューチェーンの構築を目指している。

「山陰の“課題先進地”という特性を活かし、地域経済を活性化させるビジネスモデルを開発できれば、日本の他の地域にも“Local to Local”でビジネスが拡大できるのではないか、ひいてはそれが日本全体の活性化に繋がるのではないかと考えています」

官民でエネルギー会社を共創

その事例のひとつが、2015年に電力小売・卸売や地域熱供給、電源熱源開発を行う官民出資の自治体新電力会社として設立したローカルエナジーだ。同社取締役も務める並河氏は「自治体では米子市と境港市、民間では山陰酸素工業のほか中海テレビ放送などが出資しています。大手エネルギー会社の資本を一切入れず、地域の企業が地域の行政と一体となって起業した、非常に珍しい会社です」と話す。

ローカルエナジーはパーパスとして「エネルギーの地産地消による地域資金循環」を掲げる。従来、電力などのエネルギー供給は地域外の大手企業が担い、資金の域外流出が続いていた。これを地域内でできるだけエネルギーを賄う仕組みに転換し、資金循環の促進と地域経済の活性化を目指していく。

同社が提供する電力は、米子クリーンセンターの廃棄物を利用したバイオマス発電や、太陽光発電、地熱発電、中小水力発電、風力発電など地産電源を含む。2016年に米子市の公共施設向けに電力供給を開始して以降、業績は右肩上がりで成長を続けており、2022年には環境省の「脱炭素先行地域」に米子市と境港市が認定された。

「ローカルエナジーにとっての事業継続のカギは共創です。その設立自体が、地域の異業種共創活動の成果ですし、面的熱供給事業の事業性調査ではドイツから専門エンジニアを呼び国境を超えた共創活動をしたり、電力取引市場価格を予測するAIを共同開発した実績もあります。7年間、色々な方とアイデアを出し合い共創してきたからこそ今のローカルエナジーがあるのです」

さらに、地域の未来を担う人材育成のために、事業構想大学院大学 事業構想研究所の「山陰未来創造プロジェクト研究」をローカルエナジーが事務局となって2022年度から開始している。事業構想修士を育てる大学院のエッセンスを活かして新規事業開発と人材育成を支援するプログラムであり、初年度は14名でスタートしている。「まちにエネルギーを与えることもローカルエナジーの責務です。私達は“ファーストペンギン”として地域活性化に資する取り組みに積極的にチャレンジしていきます」

地域活性化へ、人材への投資を

続いて、並河氏と事業構想大学院大学の井手隆司教授(エアアジア・ジャパン前会長)がトークセッションを行った。

並河氏と事業構想大学院大学の井手隆司教授(右)は、「地域活性化に取り組む企業には人材への投資が求められる」と強調する

並河氏は、地域活性化に取り組む企業には人材への投資が求められると指摘する。「人材の確保だけでなく、地域活性化に資する人材を自ら育成しなければならないし、私達はプロジェクト研究を含めて投資を強化しています。やりたいことがあれば自ら手を挙げられる人材や、課題を何でも指摘できる人材を育てるとともに、それを許容する企業文化を醸成していきます」

井手教授もこれに同意し、「生産性が低く、付加価値が生まれにくいという日本企業の課題を解決するためには人材育成が重要です。また、1社単独で地域活性化を目指したり、事業構造を大きく転換するのは非常に難しい時代になっています。その際に重要なのが並河会長の指摘する“共創”です。アウトバウンド・インバウンドでお互いの経営資源を共有することは、経済圏が小さい地域ほど積極的に推進すべきですし、今回のプロジェクト研究でも参加企業の積極的な姿勢が見られます」と話す。並河氏も「山陰酸素グループは地域では大きな事業体ですが、リソースは足りていません。アイデアと実行できるプレイヤーを集めなければ優れた事業は生まれません。自分たちのリソースやノウハウをシェアし、そこから新しい価値を創造していきます」と同意する。

多数の地域活性化プロジェクトに携わってきた井手教授は「地域の課題だけでなく、地域の価値や経営資源を見直し、維持し、価値を高めることも大切です」と指摘。並河氏も「ポジティブな地域資源には意外と地元の私達も気づきません。プロジェクト研究ではその重要性に改めて気付かされました」と述べ、最後にプロジェクト研究を通じた今後の構想を語った。

「1年間のプロジェクト研究を通じて、少なくとも3つは地域課題解決のシーズを生み、育てていきたいですね。また、課題先進地としての実証フィールドを提供する仕組みも作りたいと思っています。実績ができれば、こんな面白いことを山陰でやれるんだという機運も高まり、地域に新たなエネルギーが湧いてくると思います」

セミナーアーカイブ動画視聴
お申込み受付中

アンケートにてご質問や個別のご相談も承っております
URL:https://www.mpd.ac.jp/events/local-innovation/

 

並河 元(なびか・げん)
山陰酸素グループ会長、ローカルエナジー取締役