全庁導入から1年が経過 生成AIを活用した横須賀市の取り組み

生成AIは自治体の業務内容に大きな変革を起こしている。特に横須賀市はチャットGPTを1年前から全庁に導入し、さまざまな施策を行い、具体的な成果をあげてきた。現在は既に60%以上の職員が生成AIを活用するという同市の取り組み内容や考え方について、導入をけん引してきた太田耕平氏が紹介する。

太田 耕平(横須賀市 デジタル・ガバメント推進室室長)

生成AIは導入してからが本番
利用喚起の3つの取り組み

横須賀市は令和5年度から生成AIの全庁導入を進めてきた。今回のウェビナーでは「導入から1年、横須賀市の現在地」をテーマに、取り組み内容や現在の状況を伝えることを目的にしている。

登壇者は、神奈川県横須賀市 経営企画部 デジタル・ガバメント推進室室長の太田耕平氏。2030年に向けた横須賀市の未来像を掲げ、全ての政策の基礎となる「YOKOSUKAビジョン2030」の策定を担当し、その後は生成AIやスマートシティ領域のチームリーダーを経て、令和6年度から現職を担っている。

同市は市役所内でチャットGPTの普及を進め、現在はビジネスチャットツールを使える環境にある職員3800人中2300人と、全体の約60%が利用する状況にある。利用トークン数は月3000万に及ぶという。

「AIを導入したけれど普及しないという自治体の声を多く聞きます。我々が心がけていることは、まず触ってもらうこと。新しい技術は得体が知れないので怖く、やらない理由を作る方が簡単です。でも、まずは実際に触ってみてから決めませんかという気持ちで普及に取り組んでいます」

具体的に利用促進のために取り組んだことは主に3つある。継続的な利用喚起を図るマガジン「チャットGPT通信」の発行、チャットGPT研修の実施、そして継続した内部イベントだ。

「チャットGPT通信」は表紙を生成AIで作成し、約20ページの内容には基礎知識や便利な使い方、最新情報、横須賀市の取り組みなど、職員が興味をもち使いたくなる要素を意識している。「コンセプトは真面目にふざけるです」と太田氏。現在は月刊で、19号まで刊行している。

表紙画像をAIで制作する社内マガジン「ChatGPT通信」

研修は横須賀市のAI戦略アドバイザーである深津貴之氏(note株式会社CXO)監修のプログラムを行い、職員のチャットGPTの活用スキルの底上げを図った。アーカイブ化して職員が確認できるようにしており、直近ではリアルと合わせて400名以上が参加し、自主参加の研修としては市役所史上最大数を記録している。内部イベントは、チャットGPTの熟練者のモチベーション向上も目的として、チャットGPTの活用コンテストを実施。最終審査は市長などの前でプレゼンにより優勝者を決定した。

「生成AIの普及のためにこのような泥臭いことをやっています。システムはお金で買えますが、職員のモチベーションはお金で買えないと思っているからであり、導入してからが本番です」

生成AIによる市長アバター
英語で情報を発信

横須賀市は自治体間連携にも昨年から積極的に取り組んでいる。「みんなで生成AIを使いこなし、自治体の集合値で日本の行政をアップデートしたい」と太田氏。この目標に向かって、チャットGPTをパーツとして、他自治体向け問い合わせ応対ボットを開発し、運用を開始した。

応対ボットは、横須賀市のチャットGPTの取り組みに関するデータや他自治体からの問い合わせデータを追加のデータベースとして整備することで、他自治体が気軽に問い合わせできるようにしている。

また、noteと連携協定を締結し、生成AIの情報を全国に発信するポータルサイト「自治体AI活用マガジン」を立ち上げた。

「AI先進自治体である東京都やつくば市など11の団体に集まってもらい、立ち上げて運営を開始しました。現在22自治体の生成AIの取り組みを見ることができます。活用のノウハウや 試行錯誤の過程を誰にでもオープンにして全国に共有することで、生成AI導入の是非を含めて検討し、うまく共存できる未来を目指しています」

今年度は生成AIの市民サービスへの活用に力を入れている。その1つが市長アバターを活用した英語での情報発信により、市内に住民登録のある約7000人の外国籍住人や米軍基地関係者に情報を届けることだ。

「生成AIの力で言語の壁を超えることをテーマにした取り組みで、市長の記者会見の際はその内容を英語のテキストに翻訳し、市長の姿や仕草、声を学習させたリアルアバターに読み込ませました。それにより誕生した市長アバターが英語版の記者会見を実施。これは市長が英語で喋ったものは全く使ってなくて、日本語で学習したものをAIが英語に生成しています」

この取り組みのポイントは、「生成AIありき」ではなく、課題を解決するために生成AIを活用したことにあると太田氏は話す。

「市は多くの人に情報を届けたいのですが、外国籍の方が多く住む横須賀は言語の壁があるという課題がありました。その課題に対して特別なツールを使ったわけではなく、すでに存在する生成AIツールを課題解決のために使っただけです。我々が認識すべきことは、生成AIという新たな技術により、これまで解決できなかった課題を解決する便利なツールがとてつもない早さで、かつ安価に生み出されていく世の中になっていくということです」

8月には産学官で連携し、生成AIの音声会話機能を活用した、認知症予防音声サービスの共同開発を発表。10月から順次横須賀市内への介護施設、施設利用者等への導入を進める。学術機関がその効果検証を行い、横須賀市のみならず、全国への普及を目指しているという。

生成AIの音声会話機能を活用した「認知症予防音声サービス」のイメージ図

従来のインターネットサービスと異なる
生成AIのインパクト

他にもユニークな取り組みがある。「ニャンぺいプロジェクト」はセンシティブな相談に対しても絶対に失言をしないチャットボット構築を目指す、開発期間が半年に及ぶプロジェクトだ。

まずは、絶対に失言しないAIのプロトタイプを構築し、その後、市役所内部でホワイトハッカーコンテストを実施した。

「相談ボットにニャンぺいという名前を付けて、いかに不適切な発言をさせるのか、嘘をつかせるかを競うコンテストにしました。より不謹慎なことを言わせた人を表彰するという立て付けです。イベントにして、より多くの目でチェックをしてもらおうと考えました」

その結果、2週間の期間で参加者のホワイトハッカーから合計4600回の攻撃を受け、101件のバグ報告があがった。

「出現率は2.2パーセントと厳しい結果となりました。これをそのまま市の公式チャットボットとして展開していたら、失言の会話を切り取られて大変な問題になる案件だったと思います。ここで出たバグを改修して、未完成品と銘打って今年5月にニャンぺいは全国デビューを果たしました」

最後に太田氏は、最も声を大にして言いたいことは「まず触ってみること」と話す。

「触ったうえで必要か不要かという判断をぜひしていただきたいです。生成AIは単なるインターネットサービスではなく、世界の人々に簡単にアウトプットを生み出す機会を与えるものです。先ほどご紹介した市長アバターも簡単につくれるようになっていて、これまでのインターネットサービスとは社会に与えるインパクトが異なります」